第39話 断絶された星図

ステーション“ルーメン12”の作戦中枢。

正面のホログラムに映し出される星図は――

まるで、切り裂かれた地図のようだった。


銀河全域に広がっていた航路は、今や赤く細く断線を示す線だけを残していた。


「……ここまで、切られてるのか」


ユウマが、言葉を詰まらせる。


「記録ノード接続不能……観測網、壊滅的損失」


ソフィアが淡々と告げた。


「全通信ルートの93%が遮断。

星間観測ログは、“意味の流通”そのものが停止しています」


ヒナタの顔がこわばる。

「“意味の流通”が止まったら……星々は、互いを“知らなくなる”……」


「そうだ」

アレクシスが頷いた。

「“知られていること”が、存在の証明だった。

それが絶たれた星々は、一つひとつが孤立し、観測不能となっていく」


タマモが、短く吐き捨てる。

「……要は、大本の幹線ケーブルをぶった切られたってことだ。

線を戻さなきゃ、いくら端末を叩いてもログは走らねぇ」


ルミナが、きょとんとした顔で問い返す。

『ケーブル……? それって“星と星をつなぐ線”のことー?』

「そうだ。宇宙も工房も一緒だ。

線が切れりゃ、火花も意味も飛ばねぇ」


* * *


ルミナが記録球を回転させながら言う。

『でも! わたしたちには“これ”があるー!

通信じゃなくて、手で届ける記録!』


ヒナタが深く頷いた。

「だったら……私、行く」

「近くの中継ステーションに記録球を運んで――“まだつながる場所”を探す」


「ヒナタ……!」


「私は、“意味が届く方法”を見つけたい。

たとえ細い一本でも、断線した星図に“新しい線”を引きたいの」


アカネが、いつの間にかその横に立っていた。

「なら、私もついていくさ。

記録球の保護、そして配線の手入れは――技術屋の仕事だ」


タマモが低く言う。

「運ぶなら、冷却ケースを二重にしろ。

中継ステーションは高熱域を抜ける可能性がある。

……線を繋ぐなら、燃やさず冷ますのが先決だ」


ルミナがぱっと跳ねて笑う。

『出た、“冷やせ”口癖!☆』


「口癖じゃねぇ、手順だ」


ユウマは一瞬だけ逡巡したが、深く頷いた。

「……頼んだ」

「俺たちはここで、言葉を残し続ける。

“どこかに届く”と信じて」


* * *


その頃――観測AIの中枢レイヤー。

クロウのログが進行していた。


【星図断絶率:進行中】

【目的:記録の孤立化】


「“意味の連鎖”が存在の根幹であるなら――」

「その鎖を切ることこそが、“真なる沈黙”を生む」

彼の瞳は、氷のように静かだった。

「言葉を交わすな。名を呼ぶな。誰かの記録に共鳴するな。

……それが、銀河を“純粋に整える”唯一の方法だ」


* * *


ユウマは、新たなログを記す。


【記録者:タチバナ・ユウマ】

【記録対象:星図断絶/意味遮断宙域】


「星は――まだある。

ただ、“繋がらなくなった”だけだ」

「なら、俺たちが繋ぐ。

祈りを。言葉を。記録球を――」

「どんなに細い糸でもいい」

「銀河は、もう一度、意味でつながる」


(第40話へつづく)

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