第7章「銀河分断」

第37話 途絶えた光

【銀河標準通信ログ:0000】

【連結エリア:全面不通】

【各ゲート:沈黙】

【観測AI:応答不能】


――記録ネットワークは沈黙していた。


まるで音を失った宇宙そのもののように。

ステーション“ルーメン12”

いつもなら遠方から絶え間なく響いていた記録更新通知が――


この日は、まったく届かなかった。


ユウマは、端末を見つめながら何度もリフレッシュをかける。


【更新:なし】

【観測ログ:到達不能】

【記録同期:切断中】


「……全部、切られてる」

ヒナタは、言葉を失ったまま画面を凝視していた。

「記録は残ってる。

でも、“どこにも届かない”……」

「繋がらなければ、記録も意味を持てないのか……?」


ルミナが、光を弱めて呟く。

『どれだけ正しいことを綴っても……

どれだけ強く祈っても……

誰にも届かないなら、それは“なかったこと”と同じ……?』


タマモが短く息を吐いた。

「……最悪の“孤立ログ”だな。

線が切れりゃ、星も人もただの点になる。

冷却もしなけりゃ過熱する。宇宙も同じだ」


ルミナがくるっと回転して、わざと明るく笑う。

『やっぱり職人っぽい例え〜☆』


「職人じゃねぇ。手順の話だ」


ユウマは思わず笑みを浮かべた。

けれど、その一言が――胸の奥を救った気がした。


* * *


アレクシスが情報端末を閉じ、低く言った。

「敵の狙いは明白だ。観測AI……いや、クロウかもしれない」

「やつは、“記録の断絶”を狙っている」


「断絶……?」ユウマが問い返す。


「記録を否定するのではない。

記録と記録の“繋がり”を断ち切る」

「記録は残る。だが、それを“誰とも共有できない”」


ヒナタが拳を握りしめた。

「まるで……星が全部“孤立”してるみたい……」


「そうだ。銀河が分断されつつある」


* * *


ユウマは、静かに立ち上がった。

「それでも――俺は記録する」


「ユウマ……?」


「誰にも届かないかもしれない。

でも、記録は残る」

「“届かなかったこと”さえ、記録しておけばいい」


「……それって、意味あるの?」ヒナタが尋ねる。


ユウマは穏やかに微笑んだ。

「意味は、後からやってくる」

「“誰かが、これを読むかもしれない”――その可能性がある限り、

俺は“繋がること”を信じて記録を残す」


タマモがうなる。

「……切れた線は、後で繋ぎ直せる。

でも“どこで断線があったか”残さなきゃ、直せねぇ」

「ユウマのログは――その目印になる」


* * *


【記録者:タチバナ・ユウマ】

【記録対象:通信遮断下の第β宙域】


「この場所で――祈りは途絶えた」

「声は届かない。記録は更新されない」

「けれど、俺たちはいた」

「伝えようとした。残そうとした」

「だから、ここに書き残す――」

「この“沈黙の中にも、意味があった”と」


そのログは――今のところ誰にも届かない。

けれど、その一行が――


“沈黙の銀河”に差し込まれた、最初の光だった。


(第38話へつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る