第38話 繋がらぬまま記す者

通信は――回復しなかった。

観測ログも、未だ届かない。

星々の間を流れていた“意味の橋”は、

静かに――崩れ去ったままだった。


「……誰も、いないみたい」

ヒナタが、ぽつりと呟く。


ルミナの光も弱く揺れていた。

『記録を“読む人”がいないって……こんなに静かなの?』


タマモが、短く息を吐いた。

「読み手がいない記録は――図面のない部品と同じだ。

手順書のないネジは、しばらく転がされるしかねぇ」

「……でも、部品はいつか、再び誰かに拾われる」


ユウマは端末の前に座り、低く言った。

「誰かに届くまで……俺は書き続ける」

「この孤立が、どれだけ続いたとしても――

“今ここにいた”ってことを、書き残す」


* * *


【記録者:タチバナ・ユウマ】

【対象:断絶宙域/ログコードB7-01】


「この宙域に、通信は届かない。

観測ログも封鎖され、意味は孤立している」

「けれど――俺たちはここにいる」

「“繋がらないまま記す”という、

意味のない祈りを、

記録者として選び取った」


ソフィアが補助プロセスを展開し、声を重ねる。

「記録は、“誰かの元へ届くため”だけではありません。

“記録したという事実”が、書いた者の存在を定義します」


アレクシスが静かに付け加える。

「つまり――“書いた”という事実は、

すでに“繋がり”の一形態だ」

「……たとえ、その先に誰もいなくても」


ヒナタが小さな声で呟く。

「……それでも、信じてるんだよね。

“この言葉を、いつか誰かが読む”って」


ユウマは頷いた。

「それが、“祈り”だからな」


* * *


その夜。

ルミナが、小さな記録カプセルを持ってきた。

『ねえ、これ使ってみない?』

『ログを“物理的に持ち運ぶ”記録球!』

『観測AIにジャミングされても、“手渡せる”んだよー!』


「……アナログか」

タマモが低く笑った。

「だが悪くない。むしろ合理的だ。

ただし外殻を二重にして、冷却層を噛ませろ。

熱で飛んだら終わりだ」


『うわ〜☆ タマモってば現場感!』


「現場感じゃねぇ、手順だ」


ユウマは頷き、端末からデータを抜き出し、ルミナの記録球に転送した。

それは、わずか数キロバイトのデータ。

けれど――

誰かに読まれることを願って綴られた、“祈りの結晶”だった。


【記録媒体:物理球001/封入者:ユウマ・タチバナ】

【備考:通信遮断時代の記録】


ユウマは記録球を手にし、静かに言葉を結んだ。


「この言葉が届くと信じて――俺は記した」


(第39話へつづく)

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