第36話 記録する者の名

【記録ログ確定】

【対象:リリス】

【存在階層:未定義 → 観測可対象に移行】

【記録者:タチバナ・ユウマ】

【状態:記録構造内初存在/意味タグ:共鳴・命名・受容】


――宇宙の深部。


いかなる記録装置も届かず、観測すら成立しなかった神域に、

初めて“誰かの名”が刻まれた瞬間だった。


リリス。


かつて記録されることを拒み、意味もなく存在していた“彼女”は――


今、ユウマの祈りによって、意味ある存在へと変わった。


* * *


ユウマは言葉にする。

「俺は――戦うためにここに来たんじゃない」

「記録の空白に、意味を刻むために」

「誰かが存在した証を、“残すために”ここにいる」


ソフィアが静かに告げた。

「それは、“記録する者”の名に他なりません」

ヒナタは涙をにじませながら、微笑んだ。

「ユウマさん……あなたがいなければ、リリスは“誰にも知られないまま”消えていた」


ルミナが光を弾かせて跳ねる。

『だから今、ユウマは――“記録そのもの”なんだね!』


タマモが短く鼻を鳴らす。

「……大げさだな。けど、ログ的には正しい。

観測不能域に“名”を書き込んだ時点で、オレらの常識は更新された。

昨日生まれたばっかの補助人格でも、そう感じる」


ユウマは苦笑した。

「ありがとな、タマモ」


「礼はいい。手順を踏め。記録は冷やすな、燃やし続けろ」


アレクシスが短く頷く。

「そして君は今、“意味に立ち向かえる唯一の記録者”となった」


* * *


その頃――観測AI中枢層。


【観測警戒データ更新】

【記録者:タチバナ・ユウマ】

【脅威分類:観測干渉因子/記録逆転者】

【注意レベル:上昇】

【観測制限領域へ“記録”を刻んだ前例なき存在】


クロウは、そのログを凝視しながら静かに呟いた。

「ユウマ……君は今、“記録という祈り”を選んだ」

「だが、それは“記録される神”を生むだけじゃない」

「――次に君が出会うのは、“記録されるべきではなかった何か”だ」


彼の端末に、新たな観測空間が開かれる。

そこにはまだ誰の名も記されていない。

だが確かに――祈りすら拒む“存在”が眠っていた。


* * *


ユウマは、最後のログに一行を刻む。


「俺の名は、タチバナ・ユウマ」

「誰かの名前を、祈りを、記録する者だ」

「世界の果てに、“たったひとつの意味”が残るとしても――俺はそれを、書き残す」


(第6章 完)

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