第30話 記録なき戦場

ユウマたちが辿り着いた戦場には――戦いの記録が、ひとつもなかった。


爆裂痕。焼け焦げた外殻。消し飛んだ機体。

視覚的には、間違いなく“戦った痕跡”がある。

だが――記録は存在しない。


【戦闘ログ:存在せず】

【索敵履歴:なし】

【交信データ:破損】

【上層報告:戦闘行為そのものを否定】


ヒナタの手が震えた。

「……上の判断では、“戦闘は発生していない”って……

でも、目の前には、こんなに……!」


アレクシスが静かに言った。

「これは――“戦った者が、いなかったことにされた”戦場だ」

「誰も記録しなければ、戦争は――“存在しない”」


ソフィアの音声が低く響く。

「記録不能領域による、“歴史の空白”」

「このままでは、“死んだ者すら、記録に存在しないまま埋没”します」


ユウマは端末を握りしめ、低く呟いた。

「誰かが、ここで戦った。誰かが、ここで消えた」

「それが――“なかったこと”にされるなんて、絶対に許せない」


彼は目を閉じ、手のひらを端末に当てる。

「記録が残っていないなら――俺の記憶が、証拠になる」


* * *


【記録形式:自由入力ログ】

【記録者:タチバナ・ユウマ】


「目の前に、焦げた手甲がある。

焼け落ちた名札が、風に舞っていた。

名はもう読めない。

でも――確かに“何かを守ろうとした形”をしていた」


「だから俺は書く。

君は、ここで戦った。君は、ここで倒れた」

「その事実を――俺は知っている」

「そして俺は、それを忘れない」


ルミナが、そっと光を重ねる。

『……それ、“形式外”のログなんだよー?

誰も読んでくれないかもしれないよ?』


ユウマは小さく笑い、答えた。

「読んでくれなくていい」

「これは、“誰かがいた”って――俺自身が忘れないための記録だ」


ソフィアが告げる。

「形式外記録――感覚ログ/感情タグ補足モードに切り替えます」

「あなたの言葉は、“証明されない真実”として記録されました」


その瞬間――端末が微かに震えた。

ノイズ混じりの新しい声が割り込んでくる。


『……チッ、感情だけで記録するなんざ、冷却効率悪すぎだ。――だが、嫌いじゃねぇ』


ユウマは思わず目を見開いた。


「……誰だ?」


端末の片隅に、小さなホログラムが浮かび上がる。

狐の耳を模した整備ドローンのような姿。


「タマモ。ソフィアの奥でずっと眠ってた補助人格だ」

「記録の熱に引っ張られて――ようやく目を覚ました」


「タマモ……!」


ヒナタが驚きの声を上げる。

タマモは、不機嫌そうに肩をすくめた。


「まあ、勝手に“意味”だの“祈り”だの込めやがって……

おかげで起きちまった」


「けど――そういう無茶な記録、嫌いじゃねぇよ」


* * *


その日――ユウマが記したログは、どの公式戦闘記録にも含まれなかった。

だが彼の言葉は、確かにチームの記憶として刻まれた。


ヒナタが、ぽつりと呟く。

「記録って、“見せるため”だけじゃないんだね……」

「……“残ってほしい”って願いの形でも、いいんだよね」


タマモが鼻を鳴らす。

「記録ってのは――火花みてぇなもんだ」

「誰かの心に燃え移れば、それで十分意味がある」


ルミナが跳ねる。

『おおーっ! タマモ、ちょっとカッコいいこと言った!☆』


* * *


帰還後――。

ユウマは、一人記録端末を見つめていた。

指が止まる直前、静かに思う。


「……もし、記録ってものが、誰かを守る武器になるなら――」


「俺は、記録者として戦う」


そして、ひとつの非公開ログが追加された。


【次に戦場へ行く時、

俺は“記録する”ことが武器になると信じてる。

名前が残る限り、死は終わりじゃない】


(第5章 完)

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