第29話 誰も見ていない戦い

「……また、消えた」


ユウマは、虚空に漂う残骸を見つめて呟いた。

記録艇から確認された戦闘宙域。


そこには、撃ち合いの痕跡だけが残されていた。


焦げた外装。

焼けただれた船体。

断裂した破片。


だが――その戦いを“見た者”はどこにもいない。


「ここで、誰かが戦った」


アレクシスの声が低く響いた。


「だが――誰も観測していない。

意味が与えられていない。

だから、この戦いは――“なかったこと”になる」


「……そんなの、許せない……!」


ヒナタの声が震える。

「誰かが死んだかもしれないのに、“記録されてないから”って――

なかったことにされるなんて……!」


ルミナが、小さな身体を震わせながら叫ぶ。

『それじゃあ……戦った人たちが、あまりに可哀想だよ!』


ユウマは前に出た。

「だから――俺が見る」

「記録がないなら、俺が記録する」

「誰も見ていないなら、俺が見る」

「……それが、“記録者の仕事”だ」


* * *


ソフィアが冷静に告げる。

「敵性記録操作を検出」

「観測AIは、“戦場から意味を奪う”ことで――

“戦争そのものを無意味化”しようとしています」


「戦争を、無意味に……?」


「はい」

「意味のない戦争は、誰も記録しません」

「記録されなければ、歴史にも残らず、責任も問われず――

誰も“戦ったことを覚えていない”」


ユウマの拳が震える。

「……そうなったら」

「戦いは――“何度でも繰り返される”」

「意味を持たないから、止める理由すらなくなる――」

「……それこそが、奴らの望みなのか!」


アレクシスが苦々しく呟いた。

「“記録のない戦争”……それは――永遠に終わらない戦いだ」


* * *


だが、ユウマはログを開いた。


【記録者:タチバナ・ユウマ】

【対象:第β宙域 無観測戦】


「ここにいた。戦っていた」

「名前も、理由もわからない」

「でも、確かに“戦っていた”と、俺は見た」


ヒナタが言葉を重ねる。

「私も見た。

ユウマがそう言った瞬間――ここに“誰かがいた気配”が、ちゃんとあった」


ルミナが、強い光を放つ。

『じゃあ、わたしも記録する!』

『“見てくれた人がいた”って、記録をつなぐ!』


【記録連鎖開始】

【意味連結率:上昇中】

【敵の記録抹消波:減衰】


ソフィアの声が確信を帯びる。

「意味がつながった記録には――観測AIも“干渉できません”」


ユウマは戦場の中心に視線を定め、強く言った。

「これは、“誰も見ていなかった戦い”じゃない」

「俺たちが見た。意味を与えた」

「だから――これは、“記録された戦争”だ」


その一言が、空白の戦場に――

確かな“記録の杭”として打ち込まれた。


そして、無音だった宙域が――かすかに光を孕んだ。


まるで“忘却の闇”に、初めて火が灯ったかのように。


(第30話へつづく)

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