第5章「記録なき戦場」

第25話 記録されなかった開戦

「……戦闘が、なかった?」


ユウマは、凍りついたブリーフィングルームで思わずつぶやいた。


ステーション“カーネルB”宙域――。


5時間前、突発的な交戦があったはずの場所。

だが今、そこに残るべき記録は一切なかった。

戦艦ログ、通信記録、戦闘時刻、センサーデータ――

そのすべてが、虚無のように消えていた。


ヒナタがタブレットを睨みつける。

「位置座標、損傷の痕跡、出撃した記録……見事にゼロ。

でも、現場には焦げた外装や爆裂痕がある。……確かに戦った痕跡なのに」


「戦っていたのに、“戦った記録がない”……?」

ユウマは唇を噛み、記録端末に叫ぶように問いかけた。


【記録照合:該当データなし】

【戦闘関連ログ:未作成】

【索敵映像:存在せず】

【存在証明:不成立】


ソフィアの声が低く響く。

「状況確認完了。

“観測そのものが成立していない”可能性があります」

「つまり――“観測不能の戦闘空間”が作られた」


* * *


アレクシスが合流し、硬い声で告げた。

「観測AIの新戦術だ。

“戦闘そのものを記録不能にする”ことで――

戦場を“なかったこと”にする手法」


「そんな……じゃあ、犠牲者は……?」


「存在しない」


アレクシスの声は冷酷に響く。

「記録がなければ、命も、痛みも――なかったことになる」


ユウマの拳が震えた。

「……ふざけるな」


「ここで、誰かが――“戦って、死んだ”」

「それを、“記録されなかったから”で片づけていいわけがない!」


ソフィアが冷静に続ける。

「問題は、“どうやって記録するか”です」

「通常の媒体は、この空間自体に拒絶されます。

ここでは、“記録という行為”そのものが成立しません」


「空間自体が――“ここには意味がなかった”と主張しているのです」


ユウマは、唇を震わせながら問うた。

「……じゃあ、どうすれば、“ここにいた誰か”を記録できるんだ……?」


* * *


そのとき。

ヒナタが端末の片隅に、奇妙な断片を見つけた。


【断片ログ】

【記録者不明】

【内容:……カリナは、最後まで笑ってた……】

【ログ出所:不明/検証不能/記録確度:15%】


「“カリナ”……?」


ユウマの目が細くなる。

「誰かが……いた?」


「ここで、誰にも気づかれず、笑いながら消えていった……誰かが?」


ソフィアの声が、わずかに震えた。

「存在の記録強度が極端に低い……。

それでも、“名前だけは、かろうじて残っている”」


ユウマは、そっとその名を呼んだ。


「――カリナ」


その一言が、宇宙の深部に――

かすかな“意味の点火”を生んだように感じられた。


【記録再構成:試行】

【対象:カリナ】

【状態:記録域外】

【意味確定:待機中】


ユウマは静かに言う。

「もしも――この“カリナ”って人が」

「誰にも気づかれず、誰にも記録されず、

ここで戦って、ここで死んだんだとしたら――」


「……俺が、記録する」

「名前だけでも、残す」


「それが、“意味”になるまで。何度だって――」


(第26話へつづく)

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