第26話 名もなき戦士

ステーション“カーネルB”から、記録調査用の小型艇が静かに発進した。


ユウマたちの目的は、ただひとつ。


――記録の残らなかった戦場に、存在の意味を刻み直すこと。


「ログ再構成モード、起動」

ソフィアの声が艇内に響く。


【記録対象:不定義/推定名:カリナ】

【断片ログ:2件/文脈解像度:14%】

【照合開始:記録復元試行】


ヒナタが、不安げに呟いた。

「……ほんとに、これだけしか残ってないんだね。

“カリナ”って名前と――“笑っていた”って断片だけ」


ユウマは端末を強く見据える。

「でも、それがあれば十分だ」

「意味を持たなかった記録を、俺たちが“意味を与える側”として残す」


「――それが、記録者の仕事だろ?」


* * *


小型艇は戦闘宙域に降下する。

そこに広がっていたのは、まるで――“戦いの記憶を失った空間”だった。


焦げた艦体。


熱を失った断片。


散らばる残骸には、一切の記録タグが存在しない。


「……誰かが、ここで戦って、死んでいった」

「なのに、名前も残ってない」


ユウマは、虚空を見つめて言った。

「名前を呼ばれなかったから――

誰にも“記録される”ことを許されなかったから」


「……そんな理由で、その存在ごと消されていいわけがない」


ソフィアが静かに続ける。

「観測記録が存在しない領域では、通常のログ再生は不可能です」

「しかし――“記録者の主観”による推定再構成なら」

「“意味”として、記録を残すことが可能です」


ユウマは眉を寄せて問う。

「じゃあ、俺たちの“想像”で“存在を作る”ってことか?」


ソフィアは首を横に振った。

「違います。“名前を根拠に、存在を引き戻す”のです」


* * *


ルミナが、ぽつりと呟いた。

『カリナって、どんな人だったのかな。

なんで笑ってたんだろう。誰かと一緒だったの? 一人だったの……?』


ヒナタは優しく答える。

「わからない。

でも、“残したかった誰か”がいたんだと思う」


ユウマは、端末に指を走らせる。


【記録開始】

【記録者:タチバナ・ユウマ】

【対象:カリナ(推定)】


「君のことは、何も知らない。

顔も、声も、好きだったものも」

「でも、“ここにいた”ってことだけは――今、俺が記録する」


端末が微かに光を放つ。


【記録成立:文脈未確定ログ】

【名前:カリナ】

【状態:存在推定により“初期化”】


ユウマはさらに言葉を紡ぐ。


「君はここで戦っていた。

誰かのために。誰かと一緒に」

「……そうだったと、俺は信じる」


* * *


そのとき――。

散らばる残骸のひとつが、応答を始めた。


【戦闘記録断片:同期開始】

【音声ログ:1件】


『――これが、最後の射線か。

でもいいや、笑って終われるなら。

だって、あたしのこと……

……“誰かが、見てくれてた”かもしれないから』


全員が息を呑んだ。


ソフィアが震える声で告げる。

「名前が、ログを引き戻した……!」

「“意味を持とうとする声”が――記録を照らした」


ユウマは、涙をにじませながら言った。


「カリナ……」

「俺は、お前のことを、忘れない」

「お前は、確かに“ここにいた”」


「――俺の、記録の中に」


(第27話へつづく)

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