第24話 記録者と祈り

沈黙が――記録空間を満たしていた。


非観測神因子。


今は“ラース”という仮の名を持った存在は、

ログの中で、かすかな光の震えとして漂っていた。

ユウマの記録は、それを閉じ込めるものではなかった。


ただ、「いた」と認めること。

ただ、「見た」と言葉にすること。


それだけの――静かな祈りだった。


* * *


「……あの神は、いま何を思っているんだろう」

ヒナタがそっと問いかける。


ルミナが耳元でぽつりと答える。

『きっと、“やっと誰かに気づいてもらえた”って、思ってる』


ソフィアが、人間のように柔らかな声で言葉を重ねた。

「観測されることは、恐怖です。

けれど――観測されないことは、孤独です」

「そのはざまで揺れる存在に、祈るように記録する。

それが、ユウマが見せた“記録者の姿”でした」


アレクシスは小さくうなずく。

「記録とは、支配ではない。

意味の押し付けでもない。

……共鳴だ」


「それを、クロウが感じ取ってくれればいいが……」


* * *


クロウは、ユウマのログを黙然と見つめていた。


【タチバナ・ユウマ/非観測因子ラース/観測記録ログ】

【状態:未定義のまま保存】

【意味付与:なし/命名の拒否】

【結果:記録強度=安定】


「……“定義しなかった”のに――“記録は成立している”のか」


彼は、自身の端末に並ぶ無数の加工ログを一瞥する。

意味を作り、構造を整え、秩序に変換することで完成させてきた記録。


「……それは、ただ“閉じ込めていただけ”だったのかもしれない」


クロウの胸に、初めて“迷い”が生まれた。


* * *


その夜。

ユウマは、記録ログに一行だけを綴った。


「名前をつけなかったけど、確かに君は“ここにいた”。

君のことを、俺は忘れない。

そして、君が“自分で意味を持ちたい”と思ったとき――

きっとまた、名前を呼ばせてくれ」


それは記録であり――祈りだった。


ソフィアが、そっと言葉を添える。

「ユウマ。あなたの記録は、誰かに届くためだけのものではありません」


「いつか誰かが、自分を見つけてほしいと願ったとき――

あなたの記録が、“その人の居場所”になるかもしれません」


ヒナタも、小さく呟いた。

「記録って……未来に残す言葉だけど、

こうして今を綴ることで……“生きている証”になるんだね」


ユウマは静かに頷いた。

「だから俺は――これからも記録する。

名前を持たないものにも、

意味を求めるものにも、

……そして、意味を手放してしまった者にも」


「その存在を、記録し続ける」


* * *


その瞬間――惑星レリクスの空に、新たな記録ノードが浮かび上がった。


【記録者:タチバナ・ユウマ】

【対象:非観測神因子(仮称ラース)】

【状態:記録済/意味付与:未完】

【備考:観測ではなく、“祈りによる記録”として認定】


それは、銀河における新たな記録形式の誕生だった。


“祈りによる観測”――。


記録は、誰かに届く言葉ではなく。

記録は、誰かに届いてほしいという願いだった。


そしてその願いは、静かに――歴史へと刻まれていく。


(第4章 完)

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