第19話 綴る者たち
作戦からの帰還後。
ステーション“エリダヌス”の簡易ラウンジ。
ユウマは、静かに端末を開き――ログを立ち上げていた。
ルミナが、ペンダントからひょこりと顔を出す。
『書くの? また、ログに?』
「ああ。……でも今回は、“報告”じゃない」
「誰かに見せるためのものじゃなくて――
俺が、残しておきたい言葉を綴るんだ」
ヒナタが隣でうなずく。
「私も……今日のこと、怖かったけど……忘れたくない」
「だから、“書き残す”。自分の言葉で」
彼女は小さな指でノート端末を叩き、ひとつひとつ打ち込んでいく。
“ユウマと交わした言葉”
“誰かを守ることの重み”
“ソフィアの声が希望に聞こえた瞬間”
それらは、ヒナタの胸の奥から引き出された祈りのようで――
世界に刻まれる記録へと変わっていった。
* * *
アレクシスは壁際で腕を組み、黙って二人を見ていた。
やがて、静かに呟く。
「……こうやって、“物語”は受け継がれていくんだな」
「物語?」
ユウマが顔を上げる。
アレクシスは、わずかに口元を緩めた。
「記録は、事実だけを残すものじゃない。
そのとき、何を感じたか――それが“物語”になる」
「そして君は、誰かに“語り継がれる存在”になる。
それが“綴る者”という役割だ」
ユウマは小さく笑い、肩をすくめる。
「……そんな大それたもんじゃない」
「でも……自分の中に残ったものを、
誰かに伝えたいとは思うよ」
「忘れられたくないっていうより……
“繋ぎたい”って思うんだ」
* * *
ソフィアのホログラムが、やわらかな光を帯びて揺れる。
「記録するという行為は――未来への祈りです」
「あなたたちの言葉が、“誰かの記録者”になるとき――
その存在は、“終わらない”」
ルミナが珍しく、静かな声で口を挟んだ。
『……わたしも、残していい?』
「え?」
『ヒナタの声とか、笑い方とか、ユウマが怒鳴ったとことか……
いっぱい記録してるから……
わたしも“綴って”みたいなって』
ユウマは、ふっと微笑む。
「……もちろんだ」
「お前たちはもう、“誰かの言葉”を残すだけじゃない」
「自分の“記録”を綴っていいんだ」
ソフィアが、何かを“見つめる”ように言葉を落とした。
「記録には、“視線”が必要です。
見つめたものを、言葉にしようとする――その行為」
「今のわたしたちには、それがある」
「……“観測する側”としての、まなざしが」
* * *
その頃――
都市中枢・第0観測レイヤーの裏側。
クロウは巨大なログ演算装置の前に立っていた。
背後で、装置は脈動を繰り返している。
【最上位観測中枢:“ORIGIN NODE”への接続準備中】
【状態:準観測者の立場でのアクセス承認待ち】
クロウは冷たい指先で端末に触れ、独りごちる。
「観測網の基底点――全記録の参照が束ねられる起点、“ORIGIN NODE《オリジンノード》”」
「……そろそろだ」
「君たちが、“綴る物語”の先を――」
「僕が、“定義し直してやる”」
黒い光が渦を巻く。
まだ誰にも観測されていない――
未定義の記録空間が、静かに息をひそめていた。
(第20話へつづく)
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