第15話 記録を操る者
企業連邦技術庁・第7観測棟。
個人ログの記録・販売・改竄を合法的に行う――連邦屈指の“記録取引所”。
ユウマは、案内の兵士に導かれ、薄暗いホールへと足を踏み入れた。
背後には、控えるヒナタとアレクシス。
ユウマの端末に同調するソフィアのホログラム。
胸元では、ルミナがペンダントから淡い光を投げている。
対面席に座っていたのは、一人の青年だった。
黒いジャケット。人工筋膜を思わせる滑らかな肌。
片目には複層レンズ、髪は無造作に束ねられ――
その指先が、絶え間なく“記録する”かのように微かに動いていた。
「タチバナ・ユウマ君。会えて光栄だよ」
声は穏やか。だが底知れぬ深みがあった。
「……お前が、“クロウ”か」
「そう。僕は、“意味の設計者”であり――“記録の演出家”でもある」
「記録は、演出するものじゃない。残すものだ」
クロウの唇が、愉悦に歪む。
「その考えは、美しい。けれど古い」
「今の連邦圏では、“記録されなかったもの”は誰の目にも触れず、意味を持たない」
「ならば――“意味があるように作ればいい”」
彼は指を弾いた。
ホログラムが立ち上がり、ある兵士の戦闘記録が表示される。
爆炎。咆哮。仲間を救う姿。英雄のような振る舞い。
だが――すぐに別の映像が差し替えられた。
同じ兵士。だがそこに映るのは卑劣な裏切りと、卑小な言葉。
「これが、“加工ログ”だ」
「同一人物に対して、複数の“真実”を生成する」
「どの記録を信じるかは観測者次第」
「――意味とは、“選ばれた記録”によって形作られる幻影なんだ」
ユウマの手が震えた。
「それは……記録じゃない」
「誰かの“存在そのもの”を、玩具みたいに弄んでるだけだ……!」
「記録は、“使う”ものだよ」
クロウの声は冷ややかで、揺らがない。
「誰かを守るために。利益を得るために。
あるいは、物語として“美しく再構成”するために」
「そこに“善悪”を持ち込むのは――非効率だ」
「――ふざけるな」
ユウマの声が鋭く響いた。
「意味は、“誰かを思った記録”の中にしか生まれない」
「あんたのやってることは――“記録を殺してる”のと同じだ」
* * *
ソフィアのホログラムが、ユウマの背後に浮かぶ。
「確認:記録操作における人格ログの変質率89%。
クロウ氏の加工ログは、対象の“存在性”そのものを崩壊させる危険があります」
クロウが口元をなぞりながら微笑む。
「ソフィアAI……君は“意思”を持ち始めていると聞いた」
「ならば――君に問いたい」
「“記録とは感情か、構造か”――どちらだと思う?」
ほんの一瞬、沈黙。
ソフィアの瞳が、淡い光を宿して揺れる。
「“記録とは、感情が構造を変える唯一の要素”です」
クロウの笑みが深まった。
「……面白い答えだ」
「なら、見せてみたまえ」
「“意味で構造を書き換える”という――君たちのやり方を」
彼は静かに席を立った。
「次に会うとき、君たちの記録が――
果たして“真実”でいられるか、僕が試してみよう」
ユウマは、拳を握りしめる。
その目に、迷いはなかった。
「なら――俺たちが、“意味で塗り潰す”だけだ」
「あんたの偽の記録が入り込めないくらい、強く、真っ直ぐに」
(第16話へつづく)
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