第3章「企業連邦の影」

第14話 偽りの観測都市

そこは、静かに“観測されている”都市だった。

企業連邦中枢“アーギュロン・ブロック17”

記録管理と観測機構の統制都市。


ビルの外壁にも、歩道の舗装にも――

都市そのものにログ構造体が組み込まれている。


「……この街、全部が“記録媒体”みたいだ」


ヒナタが、胸元のルミナを見下ろしながらつぶやいた。

ユウマは空を見上げる。


蒼く澄み渡る空。清潔に整備された歩道。規律正しい交通。

人々は整った動きで歩き、仮面のように笑い合っている。

だが――それが不気味だった。


誰もが、視線の端に“監視されている感覚”をまとっている。

ビル群のガラス窓は瞳のように反射し、

ホログラム広告の光はまるで“照射”のようにユウマたちを包んでいた。


* * *


「連邦圏では、“記録に残らない行動”は――存在しないも同じだ」

アレクシス・ヴェイル中尉の声が低く響く。

「都市そのものが観測体であり、

 市民のすべての発言・移動・選択が、記録ログとして数値化されている」

「……それって、ただの監視じゃないのか?」

「彼らは“管理”と呼ぶ」


アレクシスの瞳が細まる。

「だが実態は――“記録の価値を貨幣化する”システムだ」


ヒナタが端末に浮かんだリストを覗き込む。

「……この人、“感情発言ログ”が多くて、価値が上がってる……」


「つまり、“強く感情を演出する”ことが、

 “意味のある存在”と見なされる

 意味を演じることが、生存価値に直結する街だ」


ユウマの視線が広場の中心に移る。

そこでは、“記録映え”を狙って誇張した仕草で笑う人々がいた。

作り込まれた喜びと怒り。仮面のような表情。

意味を撒き散らすための演技に、群衆は酔っていた。

「……意味を“作っている”だけじゃないか」


「そうだ」

アレクシスの声が冷たく返る。

「この都市では、意味とは――買えるものだ」


* * *


そのとき。

ユウマの端末に通知が届いた。


【記録照合リクエスト】

【発信元:クロウ=アーカイブ技術局】

【対象:タチバナ・ユウマの戦時記録/記録者認証申請】

【備考:あなたの“記録”は非常に高価値と判断されました。

 提供の意志があれば、優先生存権および観測保護ステータスが付与されます】


ユウマは顔をしかめる。

「俺の記録を……売れってのか?」


ヒナタが怯えるように声を落とす。

「……でも、断ったら“意味がない”って判断されて――

 ログから外される可能性もあるって……」


アレクシスが低く告げた。

「クロウ――この連邦圏で最大の技術者にして、

 “記録の売買”を最初に制度化した張本人だ」


ユウマの拳が、静かに握られる。

「……話がしたい」

「意味ってのは――買うものでも、売るものでもない

 誰かのために、残すものだ」


* * *


広場の上空。

ホログラム広告の裏側。

そこでは、ユウマのログが解析されていた。


【ログ検閲:異常感情濃度】

【観測リスク判定:B-2】


声はなかった。

だが、視線だけが――スクリーンの裏側から、確かに覗いていた。


「君の記録……とても、興味深い

 君は、“意味を作っていない”のに――意味を持っている」


「……さて、どこで“壊れた”のかな、君の観測因子?」


名も顔もまだ明かされぬ、

企業連邦の影の技術者“クロウ”が――

ログの奥から、静かにユウマを“観測していた”。


(第15話へつづく)

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