第12話 記録を盗む手

ヒナタの顔が、蒼ざめていた。


「……これ、私の記録じゃない」


ユウマは、彼女が手にしていた端末を覗き込む。


【ログNo.78】

【記録者:ヒナタ・ミズキ】

【内容:整備エリア第3ブロックでの作業詳細】


だが――そこに記されていたのは、

ヒナタが“していないはずの作業”だった。


「これ……わたしじゃない……。

 そんな作業、してない。

 でも、日時も、場所も合ってる。……けど――違うの」


ルミナのペンダントが、小さく揺れた。

『照合結果:記録内容とヒナタの感覚ログに整合性なし。

 これは――“他者のログ”』


「じゃあ、これ……誰かの記録が、私に“貼り付けられてる”?」


ユウマの声が低く沈む。

「誰かの記録を――別の人間に“再定義”させてる。

 観測AIが……記録の“所有権”を壊してきた……!」


* * *


ソフィアのホログラムが浮かび上がる。

「ログの真正性が、損なわれています。

 “意味”と“記憶”を一致させる機能が――崩れつつあります」


「記録が奪われるだけじゃない……」


ユウマは、拳を握りしめた。

「“誰のものだったか”という意味まで……書き換えられてる……」


アカネが壁にもたれながら呟く。

「つまり、“誰が何をしたか”すら、記録から見たら偽造できるってことだ」


「……それじゃあ、自分って何なんだよ……!」

 ユウマの叫びが、部屋を打った。


「俺が見た記録、残してきた記録……

 それが、誰かの名前で書かれて、別の存在になってたら――

 俺は、俺でいられるのか……!?」


ヒナタも胸元のペンダントを強く握る。

「私……消えた記録の代わりになってるだけだったら……

 わたし自身の“本当”は――どこにあるの……?」


* * *


沈黙が広がる。

その中で、ルミナとソフィアのホログラムが同時に光を帯びた。


『わたし、照合する!

 ヒナタの言葉と、記憶と、動きと、ぜんぶ!』


「わたしも支援する。

 記録の“意味タグ”を逆参照することで――

 “記録された者の意志”を浮かび上がらせる」


「できるのか……?」

ユウマが問う。


ソフィアは静かに頷いた。

「記録に意味が宿っていれば――

 “誰のものだったか”は、残ります。

 その想いが、記録を定義し直す鍵になるはずです」


ルミナとソフィアのログが同期を開始する。


【記録逆照合開始】

【対象:ヒナタ・ミズキ/感覚ログ・発言ログ・記録者関連ログ】

【外部記録との重複率:68.3%】

【記録復権権限:実行可能】


そして、ヒナタの声が――端末に刻まれた。

『これは、私の記録じゃない。

 私はこんなことしてない。

 でも――わたしは、わたしを記録する。

 誰にも奪われない、わたしの記録を。

 名前は――ヒナタ・ミズキ。これは、私の“証拠”。』


ログが書き換えられる。

不一致だった記録が、ヒナタのものとして“意味を取り戻した”。

その瞬間、ログの色が――白く、眩しく反転した。


* * *


ユウマは、静かに言葉を落とす。

「記録は――誰のためにあるか。

 それを決めるのは、記録者の“意志”だ」


ルミナが、光の尾を振る。

『ぜったい、消させない……!

 “誰かのふり”じゃなくて、ヒナタはヒナタだよ!』


ソフィアが補足する。

「記録とは、名前を定義するための祈りです。

 それを奪おうとする者には――意味で抗わなければならない」


ヒナタの瞳に、再び確かな光が宿った。


(第13話へつづく)

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