第2章「観測者の影」

第11話 赤い整備服と消えた記憶

ステーションE-09“エリダヌス”

銀河辺境に位置する、小規模な補給拠点。


ユウマは、船体修理区画の通路を静かに歩いていた。

記録者としての公式認証が下りてから、彼は“存在を残す者”として、各所の記録支援任務に就いていた。


肩元で揺れるルミナが、明るく声を弾ませる。

『今日の記録も順調☆ ヒナタ、優しいし、ソフィアも元気そうだね!』


「まあな……」

ユウマは応じながらも、胸の奥に針のような違和感を抱えていた。


“誰かを記録する”という行為が――いつしか“責務”へと変わりつつある。


(でも、それが……俺の役割なら)


ふと、通路の先に影が見えた。

赤い整備服。

長い髪が揺れ、整然と部品を並べる無駄のない動作。


――忘れるはずがない。

「……アカネ?」

自然と声が漏れた。


彼女が振り向く。

金色の瞳。軽く整えられた髪。


確かに――あの時ヒナタが“記録しようとした”アカネ・ヴァルガだった。


しかし。

返ってきた言葉は、あまりにも冷たかった。


「……誰?」


その一言が、ユウマの胸を深くえぐった。

「俺は、タチバナ・ユウマ。

 ヒナタと一緒にいた……お前のこと、記録した!」


アカネは眉をひそめる。

「悪いけど、覚えてない。

 その名前も、“ヒナタ”って子も……記録にはない」


「……そんな、はずが……」


ユウマは、反射的に自分の端末を開いた。

そこには、確かに残っている。


【記録:アカネ・ヴァルガ】

【記録者:ヒナタ・ミズキ】

【補完者:タチバナ・ユウマ】

【内容:観測ステーションD-47にて勤務/整備主任/ヒナタの姉代わり】


けれど――

視界に新たな警告が走る。


【対象の“自己記録ログ”との不一致を検出】

【記録同一性:破損/分岐】

【現在のアカネ・ヴァルガには“記録者との関係性ログ”が存在しません】


「まさか……記録そのものが――書き換えられてる……?」


アレクシスの言葉が脳裏をよぎる。

“人間関係すら記録に依存するなら、それを消せば――繋がりはなかったことになる”


「ふざけるな……!」


ユウマは感情のままに叫んだ。


「俺は……ヒナタは、ちゃんと記録した!

 俺たちが残した想いまで、“なかったこと”にされるのかよ……!」


そのとき、アカネが――ほんの一瞬だけ、視線を揺らした。


「……あんた、変なやつだな。

 でも、その目……なんか、昔の整備班にいた子に似てる気がする。

 本当に一瞬だけ、だけど」


それ以上、彼女は何も言わず。

再び工具を手に取り、作業へ戻った。


ユウマは、その場に――ただ立ち尽くしていた。


* * *


「……それで、アカネさん“覚えてない”って?」

ヒナタは、ユウマの話を黙って聞いていた。


その表情は怒りでも悲しみでもなく――ただ深い沈黙に沈んでいた。


やがて、ぽつりと呟く。

「じゃあ、また……記録しよう

 もう一度、アカネさんを“ここにいること”にしよう!」


ユウマは拳を握った。

「……ああ。意味がなければ、記録なんてすぐに消される。

 だったら――俺たちが意味を与え続けるまでだ」


ルミナが、小さく光を放つ。

『じゃあ、私も手伝うね。

 消されないように、今度は私も“記憶する”☆』


* * *


【新規ログ生成:アカネ・ヴァルガ/第2記録開始】

【記録者:タチバナ・ユウマ】

【意味タグ:再会/関係修復/記録復元中】


彼女の記録が――再び書き始められる。

それは、データの更新ではない。

過去の修復でもない。

人と人の繋がりを“もう一度、信じ直す”という行為だった。


世界はまた、静かに。

記録を書き換えながら、存在を選び取ろうとしていた。


(第12話へつづく)

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