第7話「権力の影」

 パーティを組んでから数日が経ち、レエヴンとミンクスは安定して依頼をこなせるようになっていた。最初は疑いの目で見られていたが、確実に依頼をこなしていく姿に、少しずつ認められつつあった。


「おはよう、ミンクス」


「おはようだし」


 いつものようにギルドで待ち合わせた二人は、掲示板を眺めていた。すると、見知った顔の冒険者が近づいてきた。


「君たち、ちょっといいかな?」


 声をかけてきたのは、第三パーティのリーダーをしている中堅の冒険者だった。レエヴンは少し緊張した。


「はい、何でしょうか?」


「実は依頼があるんだ。君たちにお願いしたいことがある」


 男は周囲を見回してから、声を潜めて続けた。


「ダンジョンでの素材回収を手伝ってもらいたい。うちのパーティだけだと荷物を持ちきれなくてな」


「ダンジョン……ですか?」


 レエヴンの声に、わずかな期待が込められていた。


「ああ、街から離れた場所にある25階層のダンジョンだ。深層までは行かない、せいぜい5階層程度までの予定だ」


 ミンクスはレエヴンを見た。レエヴンは頷く。


「報酬はどの程度でしょうか?」


「荷物持ちとしては破格の条件を出そう。ただし……」


 男は少し言いにくそうな表情を見せた。


「第一パーティも同じダンジョンに入る予定なんだ。君たちは俺たちと行動してもらうが、何かあっても第一パーティには関わらないでくれ」


 レエヴンは眉をひそめた。


「何かあるんですか?」


「まあ……色々とな。とにかく、向こうとは距離を置いてくれ」


 男の表情には、明らかに困惑と諦めが混じっていた。


 ダンジョンの入り口は街から馬車で一時間ほどの場所にあった。到着すると、まず目に入ったのは立派な検問所だった。街の兵士たちが警備しており、特定の冒険者ギルドに所属していることを示す証明書を確認している。


「ギルド登録証を提示してください」


 兵士の厳格な声に、第三パーティのリーダーが書類を差し出した。レエヴンとミンクスも慌てて自分たちの証明書を取り出す。


「第三パーティと同行の荷物持ち、了解しました。お気をつけて」


 検問を通過すると、石造りの階段を降りていく。古代の遺跡を思わせる荘厳な空間が広がっていた。


「すげーし……」


 ミンクスが感嘆の声を上げた。レエヴンも同じ気持ちだった。壁や天井には古代文字らしき刻印が施されており、微かに光を放っている。


(これも古代文明の遺跡なのか……)


 レエヴンの探究心が疼いた。だが今は依頼を優先しなければならない。


 第三パーティは4人構成で、レエヴンとミンクスを含めて6人でダンジョンに挑むことになった。


「基本的に君たちは後方で待機。戦闘が終わったら素材を回収してくれ」


 リーダーの指示に、レエヴンとミンクスは頷いた。


 1階層から3階層までは順調に進んだ。モンスターも比較的弱く、第三パーティの連携も良好だった。レエヴンは戦闘を観察しながら、この世界の冒険者たちの戦い方を学んでいた。


 4階層に到達したとき、前方から騒がしい声が聞こえてきた。


「なんだ?」


 第三パーティのリーダーが眉をひそめた。声の方向に向かうと、そこには第一パーティがいた。8人の大所帯で、装備も一流のものを身につけている。


 だが、その中の一人——長い髪を持つ女性の冒険者が、明らかに疲弊していた。彼女の装備は他のメンバーより劣り、身体のあちこちに傷を負っている。


「ジナ! もっと前に出ろ! お前の勝手な行動がパーティを乱してるんだ!」


 第一パーティのリーダー——ロドリックの怒鳴り声が響いた。


 レエヴンは息を呑んだ。ジナと呼ばれた女性は、明らかに一人だけ不自然にモンスターから狙われ続けていた。まるで囮のように扱われている。


「すみません……」


 ジナの声は震えていた。だが、その戦い方には確かな技術があった。剣と魔法を巧みに使い分け、不利な状況でも的確にモンスターと戦っている。


 しかし、ロドリックの指示は明らかに理不尽だった。一人に全ての危険を押し付けているようなものだった。


 戦闘が終わり、第一パーティは休憩に入った。第三パーティも少し離れた場所で休息を取る。


「あの女性……」


 レエヴンが呟くと、第三パーティのリーダーが苦い表情を見せた。


「ジナ・ユーティライオンだ。元貴族の娘らしいが、今は……」


 男は言葉を濁した。


「以前のロドリックは、もう少しまともだったんだがな。最近は特にひどい」


「最近?」


「ここ数ヶ月かな。ダンジョン攻略を始めてから、人が変わった。権力に酔ったというか……特に女性への態度が」


 レエヴンの胸に不快感が広がった。


 その時、ミンクスが立ち上がった。


「ちょっと様子を見てくるし」


「ミンクス、危険だ」


「大丈夫だし。隠れて見るだけだし」


 ミンクスが去った後、レエヴンも気になって第一パーティの方向に向かった。岩陰に隠れて様子を窺う。


 そこで目にしたのは、信じられない光景だった。


「ジナ、俺の女になれば、もっと楽な思いをさせてやれるぞ」


 ロドリックがジナの肩に手を置いていた。ジナは明らかに嫌がっているが、断り切れずにいる。


「お、お断りします……」


「なんで嫌がるんだ? 俺はこのパーティのリーダーだぞ? お前の立場を考えろ」


 ロドリックの手がジナの腰に回る。ジナは必死に距離を取ろうとするが、逃げ場がない。


 レエヴンの怒りが沸点に達した。だが、同時に無力感も感じていた。自分が飛び出していったところで、どうにもならない。第一パーティリーダーに逆らえば、ギルドでの立場も危うくなる。


 その時、ロドリックの身体から奇妙な気配を感じた。まるで何かが彼に力を与えているような……ダンジョンの奥深くから、何かがロドリックに流れ込んでいるように見えた。


(あれは……何だ?)


 レエヴンには見えているが、他の人には見えていないようだった。ミンクスも気づいていない様子だ。


「やめてください!」


 ジナの声に、レエヴンははっと我に返った。だが、第一パーティの他のメンバーは見て見ぬふりをしている。誰も助けようとしない。


 結局、ジナはロドリックを振り切って逃げるように立ち去った。ロドリックは舌打ちをしながら、他のメンバーに八つ当たりを始める。


「まったく、生意気な女だ。次はもっときつく言ってやる」


 レエヴンは拳を握りしめた。こんな理不尽が許されていいはずがない。


 ミンクスが戻ってきた時、その表情は暗かった。


「見てたし?」


「ああ」


「あーしの……幼馴染だし、ジナは」


 レエヴンは驚いた。


「幼馴染?」


「うん。昔から知ってるし。でも、あーしがネクロマンサーだから、一緒にいると迷惑かけちゃうし……だから離れて行動してるし」


 ミンクスの声には、自分を責める響きがあった。


「あーしがもっと強ければ、ジナを助けられるし……」


「ミンクスのせいじゃない」


 レエヴンは断言した。


「悪いのはあのリーダーだ。権力を濫用している」


 そして、レエヴンは決意を固めた。


「ミンクス、オレたちで何とかしよう」


「でも、どうやってやるし?」


「まだわからない。でも、必ず方法はある」


 レエヴンは先ほど感じた奇妙な気配を思い出していた。ロドリックに力を与えている何か。それを断ち切ることができれば……


「とりあえず、今は依頼を完遂しよう。その後で作戦を考える」


 ミンクスは頷いた。だが、その表情には希望よりも不安の方が強く表れていた。


 依頼は無事に完了し、第三パーティから報酬を受け取った二人は街に戻った。


 灯火亭で、レエヴンはマスターに相談を持ちかけた。


「権力の濫用か……難しい問題だな」


「何か方法はないでしょうか?」


「正攻法で行くなら、ギルドマスターに直訴することだ。だが……」


 マスターは困った表情を見せた。


「第一パーティは稼ぎ頭だからな。簡単には動いてくれないだろう」


 レエヴンは歯噛みした。


「だったら、別の方法を考えるしかない」


 その夜、レエヴンは一人でダンジョンのことを考えていた。ロドリックに流れ込んでいた謎の力。それは一体何なのか。


 窓の外の石の柱を見つめながら、レエヴンは決意を新たにした。必ずジナを助ける。そして、ダンジョンに隠された謎も解き明かす。


(ロドリックを変えている力の正体……それがわかれば……)

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