第6話「隠された可能性」
ミンクスとの出会いから三日が経った朝、レエヴンは灯火亭でいつものように朝食を取っていた。
「今日も頑張ってこい」
マスターに見送られ、ギルドへ向かう道中で、レエヴンは昨夜考えていたことを思い返していた。ミンクスという存在が示す謎——なぜ敵専用だったはずのジョブが、この世界では味方として存在するのか。その答えを見つけるためには、彼女ともっと深く関わる必要があるだろう。
ギルドに到着すると、いつものように掲示板の前で依頼を眺める冒険者たちの姿があった。その中に、黒いローブの少女の姿を見つけてレエヴンは近づいた。
「おはよう、ミンクスさん」
「あ……レエヴン」
ミンクスは振り返ると、以前よりも警戒の薄れた表情を見せた。むしろ、どこか安堵したような様子さえ感じられる。
「一人で依頼を探してるのか?」
「まあ、そうだけど……あーしにできそうな依頼って少ないし」
ミンクスの言葉には、諦めにも似た響きがあった。レエヴンは思い切って声をかけた。
「ミンクスさん、この前話した発見のことなんだけど、詳しく話したいと思ってるんだ」
「発見って……?」
「この前、オレには色々な可能性があるかもしれないって言ったよな?」
ミンクスの目に興味の光が宿った。
「うん、覚えてるし」
「実際に見てもらった方が早いかもしれない。時間あるか?」
少し考えてから、ミンクスは頷いた。
「あるけど……どこで?」
「街の外で話そう。ここじゃ、ちょっと人目が気になるから」
二人はギルドを出て、街の外へ向かった。歩きながら、レエヴンはミンクスの様子を観察していた。相変わらず他の冒険者たちとは距離を置いているが、レエヴンに対しては心を開き始めているように見える。
「ねぇ、レエヴン」
「ん?」
「あーしのジョブのこと、本当にすごいって思ってくれたの?」
ミンクスの声には、確認したいような響きがあった。
「ああ、本気だ。普通の人たちが気味悪がるのは、単に知らないからだと思う」
「そう……かな」
薬草群生地の近くまで来ると、レエヴンは人気のない木陰を選んで立ち止まった。
「ここなら誰にも見られない。ミンクス、オレの話を聞いてくれるか?」
「うん」
レエヴンは少し躊躇してから口を開いた。
「ロールの制限って、絶対だと思う?」
「え? そりゃあ……ミストロットに決められてることだし」
「でも、もしその制限を超えられるとしたら?」
ミンクスは困惑したような表情を浮かべた。
「超えるって……どういうこと?」
レエヴンは腰の剣を抜いた。
「実際に見てもらおう。ミンクスさん、あそこの木に向かって攻撃してみてくれ」
「えっ? いきなり?」
「大丈夫、誰も見てない。オレに見せてくれるだけでいい」
ミンクスは戸惑いながらも立ち上がり、杖のような武器を取り出した。
「えーっと……『ネクロマジック・ボルト』」
詠唱が始まった。ミンクスの周囲に暗紫色の魔力が渦巻き、徐々に弾状に収束していく。レエヴンはその様子を注意深く観察していた。
(詠唱時間は約十秒……確かに長いな)
完成した魔力弾が木に向かって放たれ、幹に命中して黒い焦げ跡を残した。
「威力は十分だな。でも確かに詠唱が長い」
レエヴンの分析に、ミンクスは少し沈んだ表情を見せた。
「だから実戦では使いにくいのよ。詠唱中に攻撃されたら終わりだし」
「そこなんだ」
レエヴンは剣を構えた。
「今度はオレに向かって撃ってみてくれ」
「えっ!? ダメだし! 危ないし!」
「大丈夫、受け止めてみせる。オレを信じてくれ」
ミンクスは不安そうな表情を浮かべたが、レエヴンの真剣な眼差しに押し切られるように頷いた。
「本当に大丈夫なのし……?」
「ああ、任せて」
再び詠唱が始まった。レエヴンは剣を構えながら、体の奥底にある感覚に意識を向ける。あの鮮明な記憶にある感覚——完璧なタイミングでの受け流し技術。
(来る……今だ!)
魔力弾がレエヴンに向かって飛んできた瞬間、彼は剣を振るった。それは攻撃ではなく、魔力弾の軌道を僅かにずらし、受け流すための動作だった。
魔力弾は剣に触れた瞬間、軌道を変えて地面に逸れていく。完璧なパリィだった。
「え……嘘だし……」
ミンクスは目を見開いて呆然としていた。
「どうして……そんなこと、誰にもできないはずなのに……」
レエヴンは剣を納めながら微笑んだ。
「これがオレの発見だ。この街では魔法攻撃をパリィで受け流すなんて聞いたことがないだろう? タンクロールは荷物持ちで、ひたすら耐えるだけだって思われてる。でも、本当は違うかもしれない」
「でも、そんなの……信じられないし……」
レエヴンの言葉に、ミンクスは混乱したような表情を浮かべた。
「もしかして、あーしも……普通じゃできないことができるってことなのし?」
「わからない。でも、可能性はあると思う。ミンクスさんのネクロマンサーだって、この街の人たちは敵だと思ってるけど、実際は仲間として戦えるじゃないか」
二人は再び木陰に座った。ミンクスは自分のミストロットを見つめながら考え込んでいる。
「なんで教えてくれたのし? こんな大切な秘密」
「ミンクスさんなら信用できると思ったから。それに……」
レエヴンは少し躊躇してから続けた。
「一人だけじゃ限界がある。お互いに協力すれば、もっと色々なことがわかるかもしれない」
ミンクスは顔を上げてレエヴンを見つめた。
「協力って……?」
「パーティを組まないか? お互い、今は一人で依頼を受けてるだろう? 二人なら、もっと幅広い依頼を受けられる」
ミンクスは驚いたような表情を見せた。
「あーしと……パーティなのし? 本気で言ってるのし?」
「本気だ。ミンクスさんの能力は本物だし、オレだけじゃできないことも、ミンクスさんとなら可能かもしれない」
長い沈黙の後、ミンクスは小さく頷いた。
「……やってみたいし」
「本当に?」
「うん。誘ってくれて、ありがとうだし」
ミンクスは少し照れたような表情を見せてから続けた。
「あと、呼び捨てでいいし。ミンクスって呼んでほしいし」
レエヴンは安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう、ミンクス。それじゃあ、早速二人で受けられる依頼を探してみよう」
街に戻った二人は、ギルドの掲示板で適当な依頼を探した。
「これなんてどうだ?『薬草群生地に出没するボア討伐』」
レエヴンが指さした依頼書を見て、ミンクスは少し不安そうな表情を浮かべた。
「ボアって……結構強いんじゃない?」
「推奨人数は2~3人となってる。二人でも十分だと思う」
「でも、あーしの攻撃は詠唱が長いから……」
「だからオレがいる」
レエヴンは自信を込めて言った。
「さっき見せたパリィもそうだけど、オレには敵の注意を引きつけるスキルもある。ミンクスが安心して詠唱できるよう、オレが盾になる」
ミンクスは少し考えてから頷いた。
「わかった……やってみる」
依頼を受けた二人は、再び街の外へと向かった。薬草群生地の近くで、ボアの足跡を探しながら歩いていると、茂みの向こうから何かが近づいてくる音が聞こえた。
「来たな」
レエヴンは剣を構えた。茂みから姿を現したのは、体長2メートルほどの巨大なイノシシ——ボアだった。鋭い牙を持ち、筋肉質な体からは圧倒的な力を感じる。
「ミンクス、詠唱開始」
「う、うん!」
ミンクスが杖を構えて詠唱を始めた瞬間、レエヴンは前に出た。
「こっちだ!」
レエヴンの声と動作に反応して、ボアの視線が彼に向く。レエヴンは意識的に挑発的な動作を取り、ボアの注意を完全に自分に向けさせた。
(挑発成功……これもあの記憶の通りだ)
ボアが突進してきた。巨大な体躯から繰り出される突進は、まさに破壊力の塊だった。だが、レエヴンは慌てることなく剣を構える。
(タイミングを見極めろ……今だ!)
ボアの突進が最も速度を増した瞬間、レエヴンは剣を振るった。ボアの頭部を真正面から受け止めるのではなく、その力を横に流すような動作。完璧なパリィが決まり、ボアは体勢を崩して横に逸れていく。
「今だ、ミンクス!」
「『ネクロマジック・ボルト』!」
完成した魔力弾がボアの側面に直撃した。ボアは苦痛の声を上げながらも、再びレエヴンに向かって突進してくる。
「まだまだ!」
レエヴンは再び挑発を行い、ボアの注意を維持した。ボアは完全にレエヴンにしか意識を向けておらず、ミンクスの存在など眼中にない様子だった。
(これがタンクの真価か……)
レエヴンは感動していた。ボアがどれだけダメージを受けても、どれだけ苦痛を感じても、その怒りと敵意は全てレエヴンに向けられている。まるでミンクスが存在しないかのように、ボアはレエヴンだけを見つめ続けていた。
二度目の突進も完璧にパリィで受け流し、ミンクスの二発目の魔力弾が命中する。三度目、四度目と同じパターンを繰り返し、ついにボアは力尽きて倒れた。
「やった……やったじゃないの!」
ミンクスが駆け寄ってきた。その表情は興奮と達成感に満ちている。
「ミンクスの魔力弾の威力が高かったからな。オレ一人じゃ絶対に倒せなかった」
「でも、レエヴンがいなかったら、あーしも攻撃できなかった……」
ミンクスは感動したような表情でレエヴンを見つめた。
「あんなに安心して詠唱できたの、初めてだし」
レエヴンも実感していた。一人でモンスターと戦っていた時とは、全く違う感覚だった。自分が攻撃を受け、自分が敵の注意を引きつけることで、アタッカーが力を発揮できる環境を作る——それこそが、タンクロールの本当の価値なのだ。
「これが……タンクの本当の役割か」
レエヴンの呟きに、ミンクスは首をかしげた。
「どういうこと?」
「今まで、オレはタンクロールを荷物持ちとしてしか使われてこなかった。でも、本当は違うんだ」
レエヴンは倒れたボアを見つめながら続けた。
「アタッカーが安心して攻撃に集中できるようにする。敵の攻撃を全て自分に向けさせる。それがタンクの本当の価値なんだ」
「そうね……あーし、今回初めて戦闘中に恐怖を感じなかった」
ミンクスの言葉が、レエヴンの確信を深めた。今まで「役立たず」「荷物持ち」と言われ続けてきたタンクロールが、実は最も重要な役割を担っていたのだ。
「みんな、タンクの本当の価値を知らないんだな」
「でも、レエヴンなら証明できるよ」
ミンクスの言葉に、レエヴンは頷いた。
依頼を完了して街に戻った二人は、ギルドで報酬を受け取った。周囲の冒険者たちからは、相変わらず好奇の視線を向けられていたが、二人はもう気にしていなかった。
「お荷物同士が組んだのか? 何ができたんだ」
「なんの依頼を達成できたんだ? 無理だと思って帰ってきたのかよ」
そんな陰口が聞こえてきたが、受付で依頼完了の手続きを見た周囲の冒険者たちは、どよめきを上げ始めた。
「マジかよ……本当にボア討伐を達成してる……」
「どうやって? あの二人で?」
ギルド内にざわめきが広がったが、ミンクスは少し不快そうな表情を見せただけで、以前のように縮こまることはなかった。
「また明日も一緒に依頼を受けようか」
「うん、お願いするし」
ミンクスの表情は、初めて会った時とは全く違っていた。自信と希望が宿っている。
その様子を、ギルドの奥から観察している人物がいた。第一パーティのリーダーだった。彼の表情には、明らかな不快感が浮かんでいる。
「調子に乗りやがって……」
小さく呟かれた言葉は、誰の耳にも届かなかった。
灯火亭に戻ったレエヴンは、マスターに今日の成果を報告した。
「パーティか。いいことじゃないか」
「はい、一人ではできないことも、二人ならできることがわかりました」
「それが冒険者の基本だからな。お前も一歩前進したってことだ」
その夜、レエヴンはベッドに横になりながら今日の出来事を振り返った。ミンクスとのパーティ結成、初めての共同戦闘、そして発見したタンクロールの真価。
何より重要だったのは、あの鮮明な記憶が現実でも通用することを確認できたことだった。パリィ、挑発、敵意の固定——全てがあの記憶の通りに機能した。
窓の外に見える石の柱が、今夜はより一層謎めいて見えた。この世界には、まだ知らない可能性がたくさん隠されている。そして、それを探求するための仲間を得ることができた。
(これで、もっと深い謎に挑戦できる……)
レエヴンの心は、新たな冒険への期待で満たされていた。だが同時に、今日ギルドで感じた視線——誰かからの不快そうな敵意も気になっていた。
(誰だかわからないが……何か企んでいるのか?)
小さな不安を抱えながらも、レエヴンは希望に満ちた眠りについた。これからは、本当の意味での冒険者生活が始まったのだ。
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