第8話「挑戦」
次の日、レエヴンとミンクスは日課となった依頼をこなしていた。街の近くでのモンスター討伐だったが、二人の心は上の空だった。
依頼を完了し、ギルドで報酬を受け取った後、二人は人気の少ない場所で話し合いの場を持った。
「レエヴン、どうしても気になることがあるし」
ミンクスの表情は深刻だった。
「ジナのこと?」
「うん。昨日、第一パーティが戻ってきた時、ジナがいなかったし」
レエヴンも同じことを気にしていた。あの後、第一パーティは何事もなかったかのようにダンジョンから戻ってきたが、ジナの姿はなかった。
「まさか……」
「ダンジョンに置き去りにされてる可能性があるし」
ミンクスの声は震えていた。
「でも、オレたちだけでダンジョンに入るのは……」
「お願いだし! あーしだけでは行けないし!」
ミンクスの必死の訴えに、レエヴンは決意を固めた。
「わかった。今すぐ行こう」
二人は急いで準備を整えダンジョンへ向かった。検問所では昨日の登録が残っていたため、スムーズに通過できた。
「第三パーティとの同行じゃないが、大丈夫か?」
兵士の問いに、レエヴンは頷いた。
「はい、短時間の調査です」
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、レエヴンの中で何かが変わった。
(この感覚……)
視界が二重に見える。まるで何度も来たことがある場所を歩いているような、強烈な既視感に襲われた。脳裏に情報が次々と浮かんでくる。
(1階層……洞窟ウルフとストーンビートルが出現する……北東通路に落とし穴、中央広間に毒ガスの罠……)
この知識がどこから来るのかわからないが、確信に満ちていた。
「レエヴン? どうしたし?」
ミンクスの声で現実に引き戻される。
「いや、なんでもない。行こう」
だが、レエヴンの心は躍っていた。あの鮮明な記憶がより詳細に蘇ってきている。ダンジョンの構造、モンスターの配置、罠の場所——全てが記憶の奥から湧き上がってくる。
1階層を進んでいく中で、レエヴンは完璧にモンスターの出現場所を予測し、罠を回避していく。
「なんで知ってるのし?」
ミンクスが困惑した表情で尋ねた。
「なんとなく……わかるんだ」
レエヴンは曖昧に答えた。説明しようにも、自分でも理解しきれていない。
5階層、10階層と順調に進んでいく。レエヴンの指示は的確で、ミンクスも安心してついてくることができた。
15階層に到達した時、ついにジナを発見した。
「ジナ!」
ミンクスが駆け寄った。ジナは壁に寄りかかって座り込んでおり、身体のあちこちに傷を負っていた。意識はあるが、明らかに衰弱している。
「ミンクス……? なぜここに……」
ジナの声は掠れていた。
「迎えに来たし! 一人で置いていくなんてひどいし!」
ミンクスの目には涙が浮かんでいた。
「すまない、ミンクス。オレがもっと早く動けば……」
レエヴンも自分の無力さを痛感していた。
「い、いえ……助けに来てくれてありがとうございます」
ジナは疲労困憊していたが、目には確かに希望の光が宿っていた。
「とりあえず地上に戻ろう」
レエヴンがそう提案した時、突然床が光った。
「転移トラップ!?」
レエヴンの警告も虚しく、三人は強制的に下層へ転移させられてしまった。
気がつくと、そこは明らかに上層とは異なる空間だった。石の壁は白く整形された金属に変わり、天井からは温かみのない煌々とした光が照らしている。
「ここは……20階層!?」
ジナが驚愕の表情で呟いた。
「ジナさん、ここに来たことがあるのか?」
レエヴンの問いに、ジナは頷いた。
「第一パーティで一度だけ……でも、すぐに撤退したの」
レエヴンは頭の中で情報を整理した。記憶が告げている——この階層以降は古代文明の遺跡だ。
「二人とも、聞いてくれ」
レエヴンは振り返った。
「この20階層から下は古代文明の遺跡になる。構造が全く違うんだ」
「どうしてそんなことを?」
ジナが困惑した表情で尋ねた。
「詳しくは後で説明する。でも、下層には必ず入口への転移ポイントがあるはずだ。20階層登るよりもずっと楽に帰れる」
ミンクスとジナは不安そうな表情を見せた。
「でも、下層のモンスターって……」
「確かに強い。上の階層とは段違いだ」
レエヴンは正直に答えた。
「でも、どのみち20階層登っても、5階層降りても、三人だけで帰還するのは……」
言葉を濁したが、三人とも理解していた。生きて帰れる保証はない。
だが、レエヴンの心の奥では別の思いが渦巻いていた。
(ここまで来れたということは、もっと先に行けるはずだ。古代文明の秘密がすぐそこまで来ている……もっと知りたい、もっと見てみたい……)
探究心が理性を上回ろうとしていた。
「なら……」
ジナが顔を上げた。
「冒険者らしく挑んでみましょう」
「あーしも同じ気持ちだし」
ミンクスも頷いた。
「レエヴンを信じるし」
「そういえば……あなたたち、どうやって15階層まで来れたの?」
ジナが不思議そうに尋ねた。
「普通、2人だけでこんな深いところまで……」
「どうして知ってるのよ」
ジナの問いに、レエヴンは困った表情を見せた。
「わからない。でも、記憶の奥から思い出すんだ。まるで何度も来たことがあるような……」
「それって……」
「生きてダンジョンから出たら説明する。今は脱出を優先しよう」
レエヴンは周囲を見回した。この階層の構造も記憶にある。だが、上層とは比べ物にならないほど危険だ。
「ジナさん、傷の具合はどうですか?」
レエヴンはジナの怪我を確認してから、手を彼女の肩に置いた。
「『ヒール』」
温かい光がジナの身体を包み、傷が癒えていく。
「えっ……嘘……タンクロールなのにヒールが使えるの!?」
ジナは目を見開いて驚愕していた。
「これなら……これなら下層まで行けるかもしれない」
ジナの表情に希望の光が宿った。レエヴンの異常な能力に困惑しながらも、生きて帰れる可能性を感じ取っていた。
「二人とも、オレについてきてくれ」
レエヴンの真剣な表情に、二人は頷いた。
20階層を進んでいく中で、レエヴンの指示はさらに精密になっていく。まるで何度もここを攻略したことがあるかのような動きだった。
「右の通路は罠がある。左を通ろう」
「この先にメカニックゴーレムが2体いる。ミンクス、詠唱準備」
「ジナさん、無理はしないで。遠距離攻撃だけで十分だ」
最初のメカニックゴーレムが姿を現した時、ジナは息を呑んだ。上層のモンスターとは比べ物にならない威圧感と殺気を放っている。
だが、レエヴンは慌てることなく前に出た。
「来い!」
挑発と共に、ゴーレムの注意を完全に自分に向ける。巨大な拳が振り下ろされるが、レエヴンは剣一本でその攻撃を受け流した。
(嘘……あんな攻撃を受け流すなんて……)
ジナは驚愕していた。ゴーレムの攻撃は岩を砕くほどの威力があるはずだが、レエヴンは涼しい顔でそれを逸らしている。しかも、全くダメージを受けていない。
その間に、ミンクスは集中して詠唱を完了させていた。
「『ネクロマジック・ボルト』!」
完成した魔力弾がゴーレムの急所に命中し、大きなダメージを与える。ジナも疲弊した状態ながらも、後方から魔法による支援攻撃を放った。
「『マジック・アロー』!」
小さな魔法矢だったが、ミンクスが作った隙を確実に狙い撃ちしている。
三人の連携は徐々に向上していく。レエヴンがすべてのモンスターを引きつけ、完璧に受け流しでダメージを無効化する。その間にミンクスが決定打を与え、ジナが的確な支援攻撃で勝利に導いていく。
21階層、22階層と進むにつれて、古代文明の痕跡はより色濃くなっていく。壁には幾何学的な光の線が走り、まるで回路のようなパターンが浮かび上がっている。
レエヴンの興奮はさらに高まっていた。新しい古代の仕掛けを発見するたびに、目を輝かせて詳しく観察している。
「これって……」
ジナが壁に刻まれた文字を見つめた。
「古代文字だ」
レエヴンの表情が急に生き生きとし、声にも明らかな興奮が含まれていた。まるで子供が宝物を見つけたような嬉々とした様子だ。
「読めるの?」
「いや、読めない。でも、古代文明のものだということは確実だ」
レエヴンの目は輝いていた。危険なダンジョンの最深部にいるというのに、まるで研究者が貴重な発見をしたかのような表情を浮かべている。
「レエヴン、なんだか楽しそうだし……」
ミンクスが不思議そうに呟いた。
「ああ、なんかワクワクするんだ。こういう古代の謎に触れると、血が騒ぐというか……」
24階層に到達した時、ジナの体力も限界に近づいていた。
「少し休もう」
レエヴンの提案で、三人は安全な場所で休息を取った。
「レエヴン、本当にありがとう」
ジナが心からの感謝を込めて言った。
「私、もうダメだと思ってた」
「諦めるのはまだ早い」
レエヴンは微笑んだ。だが、その目には古代文明への探究心が燃えていた。
「転移ポイントを探しに、最後まで行こう。25階層まで」
ミンクスとジナが頷いた。
「最下層までほんとに行けるし?」
「ああ。転移ポイントがあるはずだ。それに……」
レエヴンの声には、抑えきれない期待が込められていた。
「そこに何かがある……きっと、すべての答えが」
25階層への入り口は、巨大な円形の扉だった。扉には複雑な古代文字が刻まれている。
「すごい……こんな精密な彫刻、見たことない……」
レエヴンは扉に近づき、目を輝かせて古代文字を観察していた。まるで宝物を前にした子供のような表情だ。
「開くのかしら……」
ジナが不安そうに呟いた時、扉が勝手に開き始めた。
「反応した!? 何かのセンサーか……古代技術ってすげー!」
レエヴンの興奮した声に、ミンクスとジナは呆れたような表情を見せた。
中に入ると、そこは広大な円形の空間だった。天井は高く、中央には巨大な青い球体が浮いている。
「あれは……」
ミンクスが息を呑んだ。
「ダンジョンコアだ」
レエヴンは当然のように答えた。青い球体は直径2メートルほどもあり、内部で光がゆらめいている。だが、その表情は冷静というよりも、むしろ興奮を抑えきれずにいるようだった。
(もしかして……これが古代文明の中枢システムなのか?)
レエヴンの心の中で確信が芽生えていた。
「信じられないし……本当にあったし……」
ミンクスの声は興奮と驚愕に満ちていた。
「まさか本当に最下層まで来られるなんて……」
ジナも感動していた。
レエヴンは冷静に見えて、冷静ではなかった。探究心で胸が躍り、あの記憶が告げていた——ここからが本番だった。
「ダンジョンのボスが出現するはずだ。倒して帰ろう」
だが、その声にはワクワクするような期待が隠しきれずに滲んでいた。
ミンクスとジナの表情には希望が宿っていた。レエヴンを信じてついてきて良かった、という安堵と達成感が感じられる。
「レエヴン、あんたって本当にすごいのね」
ジナの言葉に、ミンクスも頷いた。
「レエヴンがいてくれて本当に良かったし」
レエヴンは少し照れくさそうに微笑んだ。だが、心の奥では新たな疑問が湧いていた。同時に、古代文明の謎を解き明かせるかもしれないという期待で胸が躍っていた。
(なぜオレはこんなに詳しく知っているんだ? これは一体何なんだ? でも……ワクワクが止まらない……)
ダンジョンコアは静かに光を放ち続けている。その光を見つめながら、レエヴンは確信していた——ここに、すべての答えがある。
古代文明の謎、ダンジョンシステムの真相、そして自分自身の正体。すべてが明らかになる時が来たのだ。
「さあ、行こう」
レエヴンは二人を振り返った。その表情には、宝物を発見した子供のような純粋な興奮と、未知の冒険に挑む冒険者らしい輝きが浮かんでいた。
「真実を確かめに」
三人はダンジョンコアに向かって歩き始めた。
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