第3話「初めての挫折」
ギルド登録から三日が過ぎた。この間、レエヴンはタンクロールということで、誰からも依頼に誘われることはなかった。掲示板の雑用依頼を眺めても、一人でできるような内容は報酬が僅かで、到底生活していけるようなものではない。
レエヴンは灯火亭で朝食を取りながら、今日こそは何とかパーティに参加できる依頼を見つけようと考えていた。
「おい、早く食って仕事行け」
マスターの無愛想な声が飛んでくる。レエヴンは急いで食事を終えると、ギルドへと向かった。
ギルド内は相変わらず活気に満ちていたが、レエヴンに向けられる視線は冷たいものばかりだった。掲示板の前で依頼を眺めていると、背後から声をかけられる。
「新人、これから初の依頼に行くんだが、お前もついてくるか?」
振り返ると、そこには立派な装備に身を包んだ男性が立っていた。ギルド内の他の冒険者たちが彼を見る目は明らかに尊敬の念を込めたものだった。
「俺はロドリック、このギルドの第一パーティでリーダーをしている。君は新人のタンクロールだね?」
周囲のざわめきが聞こえる。
「第一パーティのロドリックだ」
「すげぇ、あの豪槍のロドが声をかけてくれるなんて」
レエヴンは緊張しながらも答えた。
「レエヴンです。よろしくお願いします」
「よし、それじゃあ準備して出発だ。君はタンクロールだから、荷物を持ってもらうことになるが、構わないね?」
その言葉に、レエヴンの心は少し沈んだ。やはり荷物持ちとしてしか見られていないのだ。しかし、初めての依頼に参加できることは貴重な機会だった。
「はい、わかりました」
街外れの草原に向かう道中、第一パーティのメンバーたちは装備や戦術について活発に議論していた。レエヴンはその輪に入ることもできず、ただ荷物を背負って歩くだけだった。
「タンクロールの君は、戦闘が始まったら後ろに下がっていてくれ。敵を引き付けるなんて無理だろうからね」
リーダーの言葉は親切を装っているが、その裏には軽蔑の念が隠れていることをレエヴンは感じ取った。
草原に到着すると、確かにモンスターの群れが確認できた。故郷近くで見かけたものより明らかに大きく、凶暴そうだった。
「あれか……」
レエヴンは緊張した。故郷で小さなモンスターと戦った経験はあるが、これほど大きな相手は初めてだった。
「それじゃあ、始めようか。新人は下がっていろ」
リーダーの指示で、レエヴンは後方に下がった。他のメンバーたちは手慣れた様子でモンスターに向かっていく。
戦闘が始まった。アタッカーたちの華麗な連携攻撃、バッファーの的確な支援、ヒーラーの完璧な回復タイミング。第一パーティの実力は確かに本物だった。
しかし、一匹のモンスターが戦線を離脱し、後方にいるレエヴンに向かってきた。
「おい、漏れたぞ!」
「タンク、何とかしろ!」
メンバーたちの声が飛ぶ。レエヴンは慌てて剣を抜いた。故郷での経験を頼りに、モンスターと対峙する。
だが、そのモンスターの動きは故郷で戦ったものとは比較にならないほど素早く、力強かった。レエヴンの剣撃は全て空を切り、逆にモンスターの爪が彼の体を捉えた。
「くっ!」
鋭い痛みが体を駆け抜ける。レエヴンは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
モンスターは追撃を仕掛けてくる。レエヴンは必死に回避しようとしたが、動きについていけない。再び爪が体を襲い、今度は深い傷を負った。
血が流れ、視界がぼやけ始める。このままではやられる——そう思った瞬間だった。
突然、レエヴンの脳裏に見知らぬ光景が浮かんだ。
(これは……なんだ?)
画面のような四角い枠に囲まれた世界。数字で表示されるステータス。技の名前が表示される文字。そして、同じようなモンスターと戦っている自分の姿——。
「ここは……どこだ?」
困惑するレエヴンの前で、モンスターがとどめの一撃を振り下ろそうとした瞬間、第一パーティのアタッカーが駆けつけてモンスターを撃退した。
「大丈夫か、新人!」
リーダーが駆け寄ってくる。その表情には心配よりも、やはりといった諦めのような色が浮かんでいた。
「すまない……足手まといになってしまった」
「いや、初めてならこんなものだよ。タンクロールには厳しい現実だが、これが事実だ」
レエヴンは他のメンバーたちの視線を感じていた。予想通りだった、役に立たない、やはりタンクロールは使えない——そんな声が聞こえてくるようだった。
帰り道、レエヴンは荷物を背負いながら黙々と歩いた。荷物持ちとしての働きに対して僅かばかりの報酬は貰えたが、それは他のメンバーが受け取る額とは比較にならないほど少ないものだった。
それよりも気になることがあった。あの瞬間に見えた光景は一体何だったのか。まるで別の世界、別の自分を見ているような不思議な感覚だった。
「画面……ステータス……技の名前……」
記憶の断片について考え込みながら歩くレエヴンを、他のメンバーたちは奇異の目で見ていた。
灯火亭に戻ると、マスターが一目でレエヴンの状況を理解した。
「ボロボロじゃねぇか。何があった?」
「初依頼で……完敗しました」
マスターは何も言わず、治療用の薬草を持ってきてくれた。
「タンクロールってのはそういうもんだ。だが、今日生きて帰ってきただけでも上出来だろう」
レエヴンは部屋に戻り、ベッドに横になった。体の傷は痛むが、それよりも心の傷の方が深かった。
しかし、一番気になるのはあの謎の光景だった。あれは一体何だったのか。なぜ自分があんなものを見たのか。
「また……明日から頑張らないと」
挫折を味わったが、レエヴンは諦めるつもりはなかった。ただ、自分の中に何か説明のつかない謎があることだけは確かだった。
窓の外では、月光に照らされた石の柱が静かに佇んでいる。まるで、レエヴンの心の中にある謎と同じように、その正体を明かそうとはしなかった。
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