第2話「冒険者という現実」

―数ヶ月前―


 故郷を離れてから数日、レエヴンは冒険者ギルドの建物を見上げていた。石造りの重厚な建物は、多くの冒険者たちの拠点として機能している。入り口には既に何人もの冒険者が出入りしており、活気に満ちていた。


「今日からオレも正式に冒険者か」


 胸に秘めた古代文明への探求心を胸に、レエヴンは扉を押し開けた。ギルド内部は思っていたよりも広く、受付カウンターの向こうには依頼を記載した掲示板が並んでいる。多くの冒険者たちが集まり、それぞれの目的に向かって活動している様子だった。


 レエヴンは受付カウンターに向かった。そこには制服を着た女性職員が座っており、事務的な表情で彼を見上げる。


「冒険者登録でしょうか?」


「ああ、頼む」


 レエヴンはミストロットを取り出して受付嬢に渡した。彼女は慣れた手つきでミストロットを専用の装置にかざし、何かを読み取り始める。


「少々お待ちください。ロールとジョブを確認いたします」


 装置から微かな光が発せられ、ミストロットの情報が読み取られていく。レエヴンは結果を待ちながら、周囲の冒険者たちを観察していた。皆、自信に満ちた表情で活動している。


「確認できました。ロールは……タンク、ジョブ名は……」


 受付嬢の表情が困惑に変わった。装置をもう一度確認し、首をかしげる。


「申し訳ございません。ジョブ名が読み取れませんね。文字がかすれているようで……まあ、ロールがタンクということは確認できましたので、それで登録させていただきます」


 その瞬間、ギルド内がざわめき始めた。


「タンクロール?」


「荷物持ちがまた一人増えるのか」


「なんで冒険者になろうと思ったんだ?」


 周囲の冒険者たちからの視線が痛いほど感じられた。レエヴンは状況を理解するのに数秒を要した。


「えっと……タンクロールというのは?」


 受付嬢は申し訳なさそうな表情を浮かべながら説明を始めた。


「タンクロールは戦闘時に敵の攻撃を引き受ける役割ですが……現在の戦闘環境では、あまり重要視されていません。戦闘時間が短縮化され、アタッカーロールの火力が向上したため、敵を引き付ける必要性が薄れているのです」


 レエヴンの心に冷たいものが走った。


「つまり……役に立たないということか?」


「いえ、そのようなことは……ただ、現実的には荷物運びや雑用が主な仕事になることが多いです」


 ギルド内の誹謗中傷の声が耳に入ってくる。


「足手まといが増えるな」


「荷物持ちかあ」


「よく冒険者になろうと思ったもんだ」


 レエヴンは体温が急激に下がっていくのを感じた。故郷で応援されて送り出されたこと、古代文明の謎を解き明かしたいという夢、全てが急に遠いもののように思えてきた。


「登録は完了いたしました。こちらがあなたの冒険者証明書です」


 受付嬢から渡された証明書には、確かに「タンクロール」と記載されていた。


「ありがとう……ございます」


 レエヴンは証明書を受け取ると、足早にギルドから出ていった。


 外に出ると、街の喧騒が耳に入ってくる。だが、その全てが遠くに聞こえていた。


(こんなはずじゃなかった……)


 故郷の人たちの期待、自分自身の夢、全てが重くのしかかってくる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。


 レエヴンは実家から紹介された居候先へと向かった。大通りから何本か入り組んだところにある、酒場のような建物だった。看板には「灯火亭」と書かれており、庶民的な雰囲気を漂わせている。


 扉を開けると「いらっしゃい」という声が聞こえた後、店主が怪訝な表情を浮かべた。


「お前さん、レエヴンか?」


「はい。マスターは……」


「チッ、汚ねぇな……大通り出て風呂屋があるから身綺麗にしてから戻ってこい。話はそれからだ」


 マスターは無愛想だったが、どこか温かみのある人物のようだった。レエヴンは言われた通り風呂屋に向かった。


 湯に浸かりながら、レエヴンは今日の出来事を振り返った。タンクロールの現実、周囲からの視線、自分の置かれた状況……全てが重い現実として彼にのしかかっていた。


 だが、昨日街道で見せた自分の力は確実に存在していた。あの時のモンスターとの戦い、相手の攻撃パターンを読み取った感覚……何か特別なものがあることは間違いない。


「まだ諦めるわけにはいかない」


 レエヴンは湯から上がり、店に戻った。


「どうせ何も食ってないんだろう、さっさと食え」


 マスターは温かい食事を用意してくれていた。レエヴンは感謝しながら食事を取る。


「食いながらでいいからミストロットを見せろ」


 レエヴンは言われた通りミストロットを見せた。


「チッ、タンクか……親は何も言わなかったのか、全く何考えてんだ」


 マスターもタンクロールの厳しさを知っているようだった。


「レエヴン、明日からどうするんだ?」


「働きます。雑用でも、何でも」


 レエヴンははっきりと答えた。現実は厳しいが、ここで諦めるつもりはない。


「一ヶ月だけは面倒を見てやる。だが、厄介ごとは起こすなよ」


 マスターの言葉には、厳しさの中にも優しさがあった。


 与えられた部屋は、倉庫のような場所だった。簡易的なベッドと鍵はついている。決して快適とは言えないが、住める環境だった。


 レエヴンはベッドに横になりながら、今日の出来事を整理した。厳しい現実を突きつけられたが、同時に新たな出発点でもある。


 レエヴンはベッドに横になりながら、今日の出来事を整理した。厳しい現実を突きつけられたが、同時に新たな出発点でもある。


「荷物持ちと言われようと、オレは冒険者になるんだ。ミストロットを拾ったあの日から、ずっと憧れていた冒険者に……どんなに困難でも、必ず道は開けてみせる」


 窓の外を見ると、街道沿いに突き出ている石の柱が月光に照らされていた。何の遺跡なのかは分からないが、この世界にはまだまだ知らないことがたくさんある。


 明日からは冒険者としての新たな生活が始まる。どれほど困難な道のりが待っていようとも、レエヴンは歩み続ける決意を固めた。


 荷物持ちと呼ばれようと、必ず道は開ける。そう信じて、レエヴンは静かに目を閉じた。

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