第4話「荷物持ちの日々」
ロドリックとの初依頼から一週間が過ぎた。レエヴンの評価は底に落ちていた。
「ああ、あのタンクロールか」
「足手まといだったって聞いたぞ」
ギルド内でのささやき声が耳に痛い。もはや誰もレエヴンをパーティに誘おうとはしなかった。残されたのは、一人でできる雑用依頼だけだった。
荷物運び、掃除、素材の仕分け——どれも報酬は僅かで、一日働いても灯火亭での食費と宿代でほとんど消えてしまう。それでも、レエヴンは文句を言わずに働いた。
「今日も雑用か。まあ、仕方ないな」
朝一番の荷物運びを終えると、レエヴンは灯火亭に戻った。マスターは相変わらず無愛想だったが、彼の状況は理解してくれていた。
「チッ、また雑用かよ。このままじゃ先が見えねぇな」
「すみません、迷惑をかけて」
「迷惑なんて言ってねぇ。ただ、このままじゃお前が潰れちまう」
マスターは店の奥を指差した。
「裏に小さな倉庫がある。鍛錬に使えるぞ。やる気があるのなら好きに使え」
「ありがとうございます」
レエヴンは感謝を込めて頭を下げた。
その日の午後、最後の雑用を終えたレエヴンは、マスターが教えてくれた倉庫に向かった。薄暗い空間だったが、体を動かすには十分な広さがあった。
「ここなら……誰にも見られない」
レエヴンは地面に木の枝で線を引き始めた。あの戦闘で見た不思議な光景——画面のような枠、数字で表示されるステータス、技の名前。それらを思い出しながら、自分なりに整理していく。
「あの時見たものは一体何だったんだ……?」
霞がかかったようにモヤモヤして、はっきりとは思い出せない。だが、確かに感じた既視感がある。ならば、その曖昧な記憶を頼りに、自分の可能性を探ってみよう。
まずはタンクロールのスキルから検証を始めた。地面に「タンク」と書き、その下に思い浮かぶスキル名を列挙していく。
(シールドバッシュ)
盾を使った攻撃技の名前を心の中で唱えながら、手の動きを真似る。だが、何も起こらない。当然だった。盾を持っていないのだから。地面に「×盾なし」と記録する。
「やはり武器がないとダメか……では、これはどうだ」
今度は(パリィ)と心の中で呟きながら、受け流しの動作を行った。瞬間、体に微かな感覚が走った。まるでミストロットと繋がりが強くなったような、不思議な感覚だった。
「これは……!」
心臓が高鳴った。地面に「○成功」と書きながら、不思議なことに、その技の詳細が記憶の奥からじわりと浮かんできた。まるで自分の記憶の一部のように。
レエヴンは興奮を抑えながら、次のスキルを試す。
アタッカーロールのスキルに移った。地面に「アタッカー」と新たに書き、思い浮かぶスキル名を並べていく。槍技の(やり投げ)は武器がないため失敗したが、格闘技の(正拳突き)では再びあの感覚を得ることができた。
(やった! 本当にできるんだ!)
思わず声に出しそうになり、慌てて口を押さえる。だが、全身に鳥肌が立つのを止めることはできなかった。地面にメモを書くと、またしても技の使用感や効果が記憶の中に鮮明に蘇ってくる。
次はバッファーロールだった。支援系のスキルは他者に効果を及ぼすものが多いが、自己強化系の(瞑想)や(集中力強化)なら一人でも試せる。
(集中力強化)
スキル名を心の中で唱えると、頭の中が澄み渡るような感覚があった。いつもより思考がクリアになり、周囲の音も鮮明に聞こえる。地面に記録を書きながら、まるで何度も使ったことがあるような既視感に包まれた。
「信じられない……」
最後にヒーラーロールを試した。自己回復系の(疲労回復)を使うと、一日の雑用で溜まった体の疲れが嘘のように軽くなった。地面に書いた記録を見つめながら、レエヴンは愕然とした。
レエヴンは地面に座り込んだ。手は震え、涙が出そうになっていた。
「オレは……オレは普通のタンクロールじゃない。他のロールのスキルも使えるんだ!」
それはまさに制限突破だった。この世界のロール制限を超越した存在——それが自分なのかもしれない。
だが、疑問も生まれた。なぜ自分だけがこのようなことができるのか。あの不思議な記憶の断片は一体何なのか。そして、なぜこんな既視感を覚えるのだろうか。
レエヴンは地面に描いた検証記録を足で消した。この秘密は誰にも知られてはいけない。少なくとも、今はまだ。
「もっと検証が必要だ。でも、これで……これで道が見えてきた」
夕日が倉庫に差し込んでいた。レエヴンは立ち上がり、拳を握りしめた。
一週間前まで絶望の底にいた自分が、今は希望に満ちている。タンクロールという制限に縛られることなく、自分だけの道を歩むことができるかもしれない。
「明日からも雑用は続く。でも、その合間にもっと検証を重ねよう」
検証を続ける中で、レエヴンの中に眠っていた記憶とも呼べるものが次第に鮮明になってきていた。だが、まだ確信を得ることはできず、靄がかかったような状態だった。しかし、一つ一つの検証結果を地面に記録していく内に判明する事実は、少しずつパズルのピースのように組み合わさり始めている。
「オレには可能性がある。きっと、誰も知らない道がある」
灯火亭に戻ると、マスターが夕食を用意してくれていた。
「どうだった? 倉庫は使えそうか?」
「はい、とても助かります」
レエヴンの表情が明るくなっていることに、マスターも気づいていた。
「なんか顔つきが変わったな。いいことでもあったか?」
「ええ、ちょっとした発見がありました」
「そうか。まあ、落ち込んでるより、そっちの方がいいな」
その夜、レエヴンはベッドに横になりながら今日の成果を整理した。タンクロール以外のスキルが使える。それも、身体を使うスキルなら武器や道具がなくても発動できる。
窓の外の石の柱が、今夜は違って見えた。謎に満ちた存在ではなく、解明すべき挑戦として。
「この世界には、まだまだ知らないことがたくさんある。でも、オレには探る力がある」
希望という名の光が、レエヴンの心を照らしていた。明日からの雑用も、もはや苦痛ではない。それは自分の可能性を探るための、貴重な時間なのだから。
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