第34話 チームという名の盾と剣
レオンが、ジョウイチとの地獄のマンツーマン指導で、肉体と精神の限界を超えようと足掻いている間、他の弟子たちもまた、決して遊んでいたわけではなかった。
これは、レオン一人の戦いではない。チーム全員で、自らの価値を証明するための戦いだ。そのことを、リックも、ゴードンも、痛いほど理解していた。彼らは、リングに上がるレオンのために、自分たちができる、それぞれの戦いを始めていた。他の弟子たちも、情報収集や武具のメンテナンスなど、チーム一丸となってレオンをサポートしていたのだ 。
リックの戦場は、村の中だった。
彼は、自慢の口八丁と、崖道での一件で少しばかり変化した村の空気を巧みに利用し、“紅蓮の”ヒルデガルドに関する、あらゆる情報の収集に乗り出した 。
「いやー、衛兵さんも大変だよな! 今度の決闘、あのヒルデガルド様が出るんだって? やっぱ、すげえのかい?」
リックは、衛兵たちの詰め所の前で、人懐っこい笑みを浮かべながら、下級兵士たちに話しかける。最初は警戒していた兵士たちも、リックの巧みな話術と、崖道を完成させた男たちの一員という、ほんの少しの敬意から、次第に口を滑らせていく。
「当たり前だ! ヒルデガルド隊長は、かすり傷一つで盗賊団を壊滅させたこともあるんだぞ!」
「隊長の必殺剣、『紅蓮斬』を見たら、どんな男も腰を抜かすね」
「だが、あの人の剣は、少し重すぎるのが玉に瑕でな。長期戦になると、少しだけ動きが鈍るなんて噂も…おっと、これは内緒だぞ」
リックは、そうした何気ない会話の端々から、ヒルデガルドの戦い方、得意技、そして、ごく僅かな弱点に関する情報を、一つ一つ丹念に拾い上げていった。それは、レオンが生きて帰るための、重要な命綱となる情報だった。
一方、ゴードンの戦場は、拠点である狩人の小屋だった。
彼の役目は、決戦でレオンが使う、武具のメンテナンスと強化だった 。
レオンが使うのは、森で手に入れた樫の木を削って作った、ありあわせの槍と、なめし革を繋ぎ合わせただけの、粗末な胸当てだけ。お世辞にも、立派な武具とは言えない。だが、ゴードンは、その限られた資材の中で、最高のパフォーマンスが発揮できるよう、持てる全ての力と、そして想いを注ぎ込んだ。
彼は、巨大な砥石で、槍の穂先を、来る日も来る日も磨き続けた。その瞳は、普段の気弱な彼とは別人のように、真剣そのものだった。
胸当てには、魔猪の硬い皮を、何枚も重ねて縫い付け、強度を上げた。さらに、崖道で手に入れた、硬い黒曜石の欠片を埋め込み、即席の複合装甲を作り上げた。
それは、決して見栄えの良いものではなかった。だが、その一つ一つの縫い目、磨き上げられた切っ先には、「友に、生きて帰ってきてほしい」という、ゴードンの無言の、しかし、誰よりも熱い祈りが込められていた。
そして、決闘前夜。
地獄の訓練を終え、満身創痍で帰ってきたレオンを、リックとゴードンが待っていた。
「レオン、お疲れ。…いいニュースと、悪いニュースがある」
リックが、神妙な顔で切り出した。彼は、その日一日の情報収集の結果を、レオンとジョウイチに報告する。
「ヒルデガルドの剣は、やはり初撃の破壊力に特化してる。まともに受ければ、盾ごと叩き割られると思え。だが、噂通り、連発はできないらしい。五回…いや、三回猛攻を凌げば、必ず一瞬だけ、呼吸を整えるための『隙』ができるはずだ」
それは、まさに、ジョウイチが立てた「負けない」ための戦術の、正しさを裏付ける、あまりにも貴重な情報だった。
「…そして、これが、俺たちからの、お前への最後の武器だ」
ゴードンが、おずおずと、しかし誇らしげに、一晩かけて完成させた武具をレオンの前に差し出した。
槍の穂先は、月明かりを反射して、妖しいほどに鋭く輝いている。胸当ては、無骨だが、どんな攻撃も受け止めてくれそうな、圧倒的な安心感があった。
レオンは、言葉を失った。
自分だけが、戦っているのではなかった。リックが、ゴードンが、そして、全てを導いてくれるコーチが、みんな、自分のために戦ってくれている。自分は、一人ではない。
レオンは、生まれ変わった槍を、その手に握りしめた。その重みが、仲間の想いの重さのように感じられた。
「…ありがとう。リックさん、ゴードンさん」
レオンは、深々と頭を下げた。
「俺は、リングには一人で上がる。でも、決して、一人で戦うわけじゃない。みんなの想いを、この槍に乗せて、戦ってきます」
その瞳には、もはや一片の迷いもなかった。
レオンという名の剣は、リックという名の情報によって研ぎ澄まされ、ゴードンという名の想いによって鍛え上げられた。
チーム『ジョウイチ』は、今、完全に一つとなった。
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