第22話 淑女の鞭、陰湿なる圧力

ジョウイチによる宣戦布告とも取れる宣言から一夜。代官ロザリアの報復は、彼らが予想だにしなかった、陰湿かつ徹底した形で開始された 。






暴力ではない。武力による直接的な排除は、魔猪を討伐した彼らを英雄視する村人の一部から、反感を買う可能性がある。ロザリアが選択したのは、彼らの存在を社会的に、そして経済的に抹殺するという、より冷徹な戦術だった。




最初に断たれたのは、彼らのライフラインだった 。






魔猪の素材を売って得た資金を手に、塩や道具を買いに村へ向かったリックとレオンは、愕然とした。あれほど高値で素材を買い取ってくれた武器屋の店主が、今や目も合わせようとせず、「…悪いが、あんたたちに売れる品物はないよ」と、冷たく言い放ったのだ。


他の店も、全て同じだった。パン屋も、八百屋も、全ての商人が、まるで示し合わせたかのように、彼らへの商品の販売を拒否した。


「代官様からの、お達しでね」


一人の店主が、同情的な目をしながらも、小声でそう漏らした。ロザリアは、村の商人たちに圧力をかけ、ジョウイチ一行との取引を一切禁じたのだ。それは、事実上の経済封鎖だった。




食料の購入ルートを断たれただけではない。次に始まったのは、執拗なまでの、法の濫用だった 。






ロザリア配下の衛兵たちが、四六時中、彼らの拠点である狩人の小屋の周りを巡回し、些細なことで因縁をつけてくるようになった。


「貴様ら! 訓練中の掛け声が、風紀を乱す! 罰金だ!」




「森の木を、許可なく薪として使ったな! 罰金だ!」




「代官様の許可なく、この地に滞在していること自体が罪だ! これまでの滞在日数分の罰金を支払え!」




一つ一つが、言いがかりに近い、不当な罰金の請求だった 。その額も、彼らが到底支払えるものではない。それは、彼らを合法的に追い詰めるための、巧妙に仕組まれた罠だった。




その、淑女が振るう鞭のような、陰湿な圧力は、確実に弟子たちの心を蝕んでいった。


「やってられるか、こんなの!」


最初に音を上げたのは、やはりリックだった。


「飯は売ってもらえねえ、外を歩けばすぐに衛兵に絡まれる! これじゃ、まるで罪人じゃねえか! コーチ、いっそ、あいつらぶちのめして…」


「リックさん、やめてください!」


レオンが、リックの過激な言葉を諌める。


「武力に訴えれば、それこそ代官様の思う壺です! 僕たちは、耐えるしか…」


「耐えるって、いつまでだよ!? このままじゃ、俺たちは干上がるだけだぞ!」


二人の口論を、ゴードンは、ただオドオドと見ていることしかできなかった。彼の気弱な心は、村全体から向けられる敵意と、仲間内の不和に、押し潰されそうになっていた。せっかく芽生えた自信が、再び萎んでいくのを感じていた。


チームの絆は、外からの直接的な攻撃ではなく、じわじわと内側から腐敗させられようとしていた。




ジョウイチは、そんな弟子たちの姿を、ただ黙って見つめていた。彼は、ロザリアの狙いを正確に理解していた。あの女は、自分たちの肉体ではなく、魂を折りにきているのだと。怒りに任せて暴発すれば、待っているのは「秩序を乱す危険分子」としての、正当な武力鎮圧。かといって、このまま耐え続ければ、いずれ精神が限界を迎え、チームは内側から崩壊する。


実に、狡猾で、的確な戦術だった。




その夜、三人の弟子たちの間で最も激しい口論が繰り広げられた後、小屋の中には重苦しい沈黙が漂っていた。誰もが、もはや打つ手はないのではないか、と絶望しかけていた。


その、沈黙を破って、ジョウイチが静かに口を開いた。


「…どうやら、淑女の鞭の痛みは、貴様らの魂にまで届いたようだな」


その声には、不思議なほどの落ち着きがあった。


「コーチ…俺たちは、どうすりゃいいんですか…」


レオンが、絞り出すような声で尋ねる。


ジョウイチは、立ち上がると、三人の弟子たちを一人一人、その灼熱の瞳で見据えた。


「ロザリアの狙いは、俺たちの心を折ることだ。俺たちが、自ら『もう無理だ』と、この地を去るのを待っている」


彼は、そこで一度言葉を切ると、不敵な笑みを浮かべた。


「だが、俺たちは逃げん。そして、戦いもしない」


「「「え?」」」


三人が、意味が分からずに顔を上げる。逃げもせず、戦いもしない。ならば、どうするというのか。




「俺たちは、見せつけてやるんだ」


ジョウイチは、まるでこれから最高のトレーニングを始めるかのように、その目を輝かせた。


「どんな理不尽な圧力にも屈しない、鋼の精神を。どんな逆境にも揺るがない、強靭な肉体を。そして、その二つが生み出す、圧倒的な『結果』を、あの女と、この村の全ての人間の目の前に、叩きつけてやる」


それは、彼らの想像の斜め上を行く、あまりにも規格外な、反撃の狼煙だった。

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