第23話 見せしめの崖、試練の舞台
ジョウイチの規格外な反撃宣言に、弟子たちの心には再び闘志の火が灯った。だが、彼らが具体的な行動を起こすよりも早く、代官ロザリアは、次なる、そしてより悪辣な手を打ってきた。
数日後、彼らの拠点に、再びロザリアの衛兵隊が訪れた。しかし、今回は罰金の徴収ではない。隊長が読み上げたのは、代官ロザリアの名で発せられた、一枚の「公的労働命令書」だった。
「…以上をもって、貴様ら四名に、西の崖道の復旧作業を命じる。これは、滞納している罰金の代わりとして、貴様らに課せられた法的義務である。拒否は、代官への反逆とみなし、即刻、実力をもって拘束する」
西の崖道。
その名を聞いた瞬間、リックとレオンの顔色が変わった。ゴードンも、意味は分からずとも、その不吉な響きに体を震わせる。
西の崖道は、この村と隣町を結ぶ、かつての重要な交易路だった。だが、数週間前の豪雨による大規模な土砂崩れで、道は完全に崩落。巨大な岩石が道を塞ぎ、足場は極めて不安定で、一歩間違えれば遥か眼下の谷底へ真っ逆さまという、危険極まりない場所と化していた。
村の労働力では、到底復旧の目処が立たず、事実上、放棄されていた曰く付きの難所。そこに、彼らを送り込むというのだ。
それは、もはや嫌がらせの範疇を超えていた。見せしめを目的とした、過酷な強制労働 。ロザリアの狙いは明らかだった。
一つは、彼らを肉体的に徹底的に消耗させ、その気力を削ぐこと。常人には不可能な作業量を前に、彼らの心は必ず折れると踏んだのだ。
もう一つは、その無様な姿を、村人たちの目の前に晒すこと。魔猪を討伐した英雄気取りの男たちが、泥と汗にまみれ、危険な作業に音を上げる姿を見せつければ、彼らに向けられた憧憬や期待は、たちまち軽蔑へと変わるだろう。
それは、彼らの肉体と精神、そして社会的な尊厳の全てを、同時に打ち砕こうという、ロザリアによる仕上げの一撃だった。
「…ふざけてやがる…」
リックの唇から、怒りに満ちた声が漏れた。
「これは、ただの強制労働じゃねえ…俺たちを、合法的に殺す気だ…!」
「崖の上なんて…僕、高いところは…」
ゴードンが、青ざめた顔で呟く。彼の巨体は、その繊細な心とは裏腹に、高所での作業には最も不向きだった。
レオンも、唇を固く噛み締めていた。これは、罠だ。断れば反逆者として追われ、受ければ、待っているのは地獄のような日々。まさに、八方塞がりだった。
三人の弟子たちが、絶望と怒りに打ち震え、次に取るべき行動も分からずにいる。その視線が、一斉に、彼らの師であるジョウイチへと注がれた。誰もが、この理不尽な命令を、ジョウイチがどう一蹴するのか、固唾を飲んで見守っていた。
ジョウイチは、衛兵隊長から命令書を受け取ると、その内容にゆっくりと目を通した。そして、弟子たちの予想に反し、彼の口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「…面白い」
彼は、たった一言、そう呟いた。
そして、衛兵隊長に向き直ると、あまりにもあっさりと、しかし堂々とした態度で告げた。
「分かった。その命令、受けよう」
「「「コーチ!?」」」
三人の弟子たちが、驚きの声を上げる。正気か、と。この、死刑宣告にも等しい命令を、なぜ受けるのか。
だが、ジョウイチは、動揺する弟子たちを、力強い視線で制した。
「貴様らは、まだ分からんのか。あの女狐が、俺たちに何を与えてくれたのかを」
彼は、命令書を弟子たちの前に突きつけた。
「これは、処罰じゃない。試練だ。いや…最高の『舞台』だ」
ジョウイチの瞳は、まるでこれから始まる壮大なスペクタクルに心を躍らせるかのように、爛々と輝いていた。
「あの女は、俺たちが無様に失敗し、村中の笑いものになることを期待している。だが、俺たちは、その期待を、最高の形で裏切ってやる」
彼は、西の崖道の方角を、ぐいと親指で指し示した。
「俺たちの敵は、もはや代官でも、衛兵でもない。あの、崖だ。あの、自然が作り出した圧倒的な絶望だ。そして、観客は、この村の全ての人間だ」
彼は、弟子たちの顔を一人一人見回した。
「俺たちは、あの舞台の上で、証明する。鍛え上げた肉体と精神が、不可能を可能にするところを。男たちが、ただの労働を、魂を揺さぶるスペクタクルへと昇華させるところを、見せつけてやるんだ」
その言葉は、もはや狂気とも言えるほどの、圧倒的な自信に満ちていた。
弟子たちの心にあった、絶望や怒りは、いつしか、ジョウイチの放つ途方もない熱量に飲み込まれ、未知への挑戦に対する、武者震いへと変わっていった。
ジョウイチは、呆然とする衛兵隊長に、ニヤリと笑いかける。
「代官によろしく伝えておけ。『最高の舞台を用意してくれた礼に、最高のショーを見せてやる』とな」
こうして、四人の男たちは、自ら、最も過酷な試練の舞台へと、その足を踏み入れた。
それは、見せしめのための崖ではない。彼らが、その肉体と魂の全てを懸けて、世界の常識に戦いを挑むための、栄光あるステージだった。
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