27話 黒猫の正体

「ふーむ。わからないわ」


 顎に手をそえ、天井を見つめながら首を深く傾ける。


「ルル。そうしているとイッパシの探偵みたいじゃないか」


「アンソニー。悪いけど今は冗談につきあっている気分じゃないの」


 ゆっくりと下げた視線を窓の外に向けたとたん、私は庭園にむかって駆けだしてゆく。


「急にどうしたんだ? なにかわかったのか?」


 アンソニー様の期待まじりの声が背中から聞こえてくる。


「そうじゃなの。今にも猫が鳩に襲いかかりそうなの。阻止しなくっちゃ」


「自然界ではよくある事だろ。ほっとけばいいじゃないか」


「そりゃそうだけど。目に入ったからにはどうしても無視できないのよ。


 鳩が私で猫がネーネのような気がして、落ちつかないの」


 早く助けなくては鳩がやられてしまう。


 焦ってよりスピードをだす。とたんにスカートがフワリと翻って足が露わになった。


 それは令嬢らしからぬ様子だけれど、今さらそんな事どうでもいい。


「なるほど。なら急がないとな。


 それにしてもルルはなんて感受性豊かなんだろう。


 また惚れてしまったぜ」


 もうう。こんな時に惚れたも晴れたもないでしょ。


 ここだけの話、アンソニー様にちょっとだけイラッとする。


 けどそれが顔に出ていたみたい。


「おいこら。今、俺にイラッとしただろ。


 悪い女だな」


 アンソニー様は笑い声を上げると、一気に私を追い抜いてしまった。



「ニャーアアアン」


 花壇の前では爪をたてた黒猫が、羽を震わせておびえている小鳩に飛び掛かろうとしている。


「コラ。やめなさい! やめないと痛い目にあうわよ!」


 フィフィ家では邸に迷い込んできた猫達に名前をつけて世話をしていた。


 けどこの猫は初顔だ。


 きっとどこからか迷いこんで来たのだろう。


 私は魔法で取り出した長い箒の柄を手にして、名無しの猫に声を張る。


「猫に言葉がわかるはずないだろ。


 あんなヤツこうすれば簡単に追い払えるぜ」


 アンソニー様は足元の砂をすくって猫に向かってぶつけようとしたが、急に動作を止めて私を振り向く。


「ルル。あれは鳩じゃない。


 俺の家の魔法便ケイだ」


「魔法便のケイ?」


 その存在を知らなかった私はアンソニー様の言葉を繰り返しながら、目を丸くする。


 その瞬間、ケイはポンという音をたてて消えてしまった。


 そしてその後には封筒が蝶々のようにヒラヒラと宙を舞っている。


「二ヤ―ン」


 突然の出来事に驚いたのだろう。


 黒猫は情けない声を上げながら、背中を向けて退散してゆく。


 その姿は愛嬌たっぷりだったから、


「お腹がへった時は邸の裏口へ来るのよ。ミルクをあげるから」


と優しい言葉を口にした。


「手紙の主はシモンか。アイツ、一体何を言ってきたんだ」


 アンソニー様は近くにあったベンチに腰を下ろすと長い足を組み、ハイランド家の家紋が入った便箋にせわしく視線を走らせる。


「まさかノワール様に何かあった、とか?」


 ノワール様はお元気に見えても高齢だ。ちょっと不安になる。


「いや。何もない。


 最後にシモンに会ってから、なんの連絡もしてなかったから俺達の近況を知りたいようだ」


「今までナシのつぶてじゃ、そりゃ心配するわよね。


 毎日がバタバタと忙しすぎて気が回らなかったわ。反省しなくちゃ」


 貴族の世界では社交性が重要だ。


 趣向をこらしたお茶会、コマめな連絡は基本中の基本である。


 落ち着いたらアンソニー様は私をハイランド家の嫁にしてくれるそうだけど、私はその手の方面にまったくうとい。


 こんな私はハイランド家の嫁にはふさわしくないんじゃないかしら。


 なんだか急に不安で胸がいっぱいになり、太いため息をついてしまう。


「はあああああああああー」


「今、ルルが考えている事は間違っているぞ。


 社交性があるかないかなんて、些細な問題だ。気にするな。


 俺は今のままのルルが好きなんだから」


 アンソニー様はそう言うと、私の背中に手を回して自分の方に抱き寄せる。


「ずるいわ。読心術を使って人の心をよむなんて」


 顔を真っ赤にしてアンソニー様の厚い胸を軽く手でおした。


「俺は読心術は使えない。それより自分でわかっていないのな?


 ルルはわりと考えている事が顔にでやすいタイプなんだぞ」


「ええ。そうなんだ」


 そう言われるとそんな気もする。わかりやすい人間かあ。


 だから、余計マリンがからかいたがったのかも。


 妙に納得して大人しくしていると、アンソニー様が私の前に便箋をかざす。


「ほら。これを見ろ。


 バジルが自分とルルの絵を描いている。


 これはニ人でお茶をしている所かな」


 アンソニー様の指先に視線を移せば、可愛いドレスを着た私達が描かれていた。


 ールル。早く帰ってきてね。また一緒に遊びたいなー


 絵の横には子供らしい丸っこい字も添えられていて、思わず笑顔になる。


「バジルはまた絵が上手くなったみたいね。


 確か前にもらった絵もあったはずよ」


 そう言いながらスカートのポケットをまさぐる。


 これはただのポケットじゃない。


 どんな物でもそのまま保管できる魔法の空間ポケットだ。


 けど今はたいした物ははいっていない。


「あったわ。この絵だわ」


 ポケットから取り出した絵を膝の上に置いて、改めてマジマジと見ていると頭をハンマーで殴られたような

衝撃をうける。


「思い出したわ! ネフトリアはこの男の名前だったのよ!」


 パチンと両手をうって、ベンチから立ち上がった。


「ピーターが言ってた男はたぶんこの男の事だろう。


 砂漠の国を追放された元王室専属魔導士だったな。これは面白くなってきたぞ」


「しかもネフトリアはネーネの父親に間違いないはずよ」


 力をこめて私が言った時だった。どこからか聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ネフトリアは妾の姉から魔石を奪った悪党でもあるぞ」


「お願い! その話をもっと詳しく教えて下さい」


 声の主を探してキョロキョロしていると、さきほどの黒猫が私の足元に鎮座して、こちらを見上げているのに気がついた。


「まあ。さっきの黒猫ちゃんね。


 いつのまにか戻ってきてたのね」


 黒猫に手を伸ばして、抱き上げようとする私を猫は金色の大きな瞳でジーと見据える。


「まだわからないのか。妾は猫ではない。


 バシルの母のアントワープじゃ」


「うそ!!!


 猫がしゃべった!!!」


 つくった拳を胸にあてて絶叫していると、ポンと音をたてて黒猫が美しいアントワープ様に変わった。


「退屈なので猫に化けて遊んでいたのじゃ。


 けど、憎きネフトリアが現れたとなると、こんな事をしている暇はない」


 アントワープ様は形のいい細い眉をギュッとしかめると言葉をつむぐ。


「ネフトリアは砂漠の国に住む以前には妾の国にいたのじゃ。


 さして妾の双子の姉。聖女セントワープの魔石を盗んで逃亡した。


 聖女の魔石は特別な威力をもつ。そんな石を盗まれたのじゃ。姉は責任を問われ処刑された」


「そんな事があったんですね。お気の毒に」


 アントワープ様の白い手に自分の手を重ねて慰めようととしたが、私の手はアントワープ様の半透明な

身体をすり抜ける。


「同情はいらない。


 それより、一刻でも早くネフトリアを倒してくれ。もちろん妾も最大限の強力をする」


「もちろんよ」


 私は深く頷いた。




 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

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