26話 ネーネからの難問
「もうう。お姉様ったらノックもせずにやってくるなんて失礼でしょ。
白豚サムの妻になったら、最低限の礼儀まで忘れちゃったのかしら」
息せき切って到着した私を見て、マリンが両肩をすくめて小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「夫婦揃ってひどく慌てているけど、何かやらかしたんじゃないでしょうね」
胸の前で両手をくみ、窓辺にもたれたネーネが小首を傾げた。
テーブルの上のティーカップが一つひっくりかえっている以外部屋の中は特に変わりはない。
あのような鬼気迫る会話がここで繰り広げられていたなんて、誰にも想像できないだろう。
「ネーネ様。
さっき階上から銃声のような音が聞こえてきたんで、心配して駆けつけてきたんですわい。
なにせネーネ様やマリン様はワシの義家族じゃからな」
「銃声ですって?」
ネーネは不機嫌そうな声をだすとピクリと眉を動かせた。
「私達はずーとここにいたけど、そんな音は聞いてないわ。
ねえ、マリンちゃん」
「え……ええっと。あっ、そうだったわ。何も変わった事はなかったわ」
マリンは小者らしく、最初は動揺していたがなんとかネーネと口裏をあわせる。
「そうですかいの。ならあのデカい音はなんだったんじゃがな。ひょとしたらピーター様の屁かいのう」
アンソニー様はそう言うと、自分の大きなお腹を手でパシンと叩いてゲスに笑う。
アンソニー様って役者ねえー。見事に白豚サムのキャラクターを演じきっているもの。
それを凄く楽しんでいるように見えるのも、私の心をホッコリさせる。
「さあね。
どこかでキツネ狩りでもしてるんじゃない。
ちょうどいいわ。ニ人にここの掃除をお願いするわ。
それから今日の夕食は不要です。
私達はこれから王都へ出かけるので、ついでに食事も頂いてくるわ」
ネーネとマリンが気取って部屋から出ようとした時だ。
何かを思い出したのか、マリンがアンソニー様をふりかった。
「そうだ。サム。
これからは2度と私達の事を義家族呼ばわりしないでちょうだい!」
「じゃが。義家族なの本当の事じゃろが?」
アンソニー様は大袈裟に首を傾げる。
「すぐに本当じゃなくなるからよ。
お母様はお姉様の籍をフィフィ家から抜く気でいるし、私はね。
大貴族、アンソニーハイランド公爵様の妻になるの。
なのにお前みたいなデブで貧乏な能ナシ男に義家族扱いされると不愉快なのよ!」
マリンはまるで虫けらを見るような目をしてアンソニー様を見据える。
「承知しましただ。
ニ度とマリンお嬢様の事を義家族扱いしません」
アンソニー様は首をうなだれ背中には哀愁を漂わせている。なかなかの名演技だわ。
では次は私の出番ね。
一体ピーターの死体をどこに隠したのか、つきとめてやるからね。
「いくらなんでもそんな言い方、ひどいわ。マリン。
まだ。私達は姉妹でアンソニー様、じゃなくて、えーとサムは私の夫なのよ。
それにマリンはまだピーターの妻でしょ。
そう簡単にハイランド公爵様と再婚できっこないわ」
両手で顔を覆って泣いているフリをした。
「ご心配なく。ピーターなら消えたの。
もう永遠にここには帰ってこれないわ。
この国の法律では配偶者が行方不明と認められた場合は即離婚できるのよ」
マリンが勝ち誇ったように胸をはる。
「消えたって……どういう事?
ちゃんと教えなさいよ。
ピーターは一体どこへ行ったの!?」
「うるさいわね!!!
そんな事、私が知ってるハズないでしょ。
とに角。ピーターはお母様に銃でうたれた瞬間消えてしまったんだって」
そう言ってからすぐに、マリンは口に手を当ててアワアワと動揺する。
「もとえ。えーとさっきのは言い間違いよ。銃じゃなくて……」
「嘘でしょ。やっぱり私達が聞いたのは銃声だったのよ。
マリン。罪は隠せば隠すほど重くなるのよ。
今。ここで白状しなさい」
ジリジリとマリンにつめよってゆく。
甘やかされて育ったマリンは我儘だけど、芯はもろい。
ちょっとおせばボロをだす可能性は高い。はずだったのにネーネがマリンの手首を掴んで強引に部屋の外に連れて行ってしまう。
「マリンちゃんを虐めるのはここまでよ。
さっきマリンちゃんが言った事を信じるかどうかはお前しだいだけれど、それを証明するのは不可能ね。
ご愁傷様」
敵意をむきだしにしたネーネが挑むような目で私を睨む。
そして、言いたい事だけ言うと、荒々しく扉を閉めて出て行った。
ネーネは魔法が使えない。
ならどうやって短時間にピーターの死体を隠したのかしら。
ネーネから与えられた謎はかなりの難問のようだ。
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