28話 セントワープ様の魔石銃
「おそらくネーネが使ったのは魔石銃じゃろう」
「ならどこかの魔道具屋で買ってきたのね」
「いや。違う。
店に出回っているようなチンケな魔石銃では遺体をワープさす事はできないはずじゃ。
それができるのはただ1つ。セントワープの魔石を使った銃だけだ」
ヒラヒラと着物の薄い袖をなびかせながら、宙にうくアントワープ様は悔しそうに唇をかんだ。
「という事はネフトリアが盗んだ石でつくった銃の可能性が高くなるわ。
それをネーネがどうやって手に入れたかはわからないけれど、ピーターをその銃で撃ったのは確かね」
「そういうことじゃ」
アントワープ様によれば、遺体は魔石銃にくみこまれている術式どおりに運ばれるそうだ。
「その術式が解読できればピーターの居場所がわかるんだろうけど……。
術式を手にいれるのは不可能だわ。やっぱり私なんかがネーネに勝てっこないのね」
「すぐにあきらめるなよ!
ルルにはまだまだ覚醒していない魔力があるはずだ。
もっともっと粘るんだ」
しょんぼりと肩を落とした私にアンソニー様が眉をつり上げて激怒する。
アンソニー様にはアントワープ様の姿を見る事はできない。
けれど声は聞こえるようで、大体の事の成り行きは理解しているのだろう。
「妾もその男に同意する。
素直な所はお主の美徳じゃが、たまにはもっとシツコクなるんじゃ」
薄い唇をへの字にまげたアントワープ様が厳しい視線を私にむける。
「わかりました! もっと根性を見せればいいんでしょ」
唇を尖らせてそう言ってから、ゆっくりと空を仰ぐ。
「この広い空の下のどこかにピーターは必ずいるはず。
それがどこか知る手がかりはないかしら。
どんな方法でもいい。何か何か見つからないかな」
胸の前で両手を組んで立ったままあれこれ考えていたら、急に火薬のような焦げた臭いが鼻をつく。
「ひょっとして、どこかにまだ魔石銃の痕跡が残っていたりして」
かすかな希望から、神経を集中させて周囲の様子をうかがっていると、視線の先に蛇のようにうねった長い数列が現れる。
「これは魔石銃を動かしている術式かもしれない」
私の執念で見えなかった物が見えるようになったのかな。
もしそうなら魔法の術式を組み立てたり、解いたりするのは私の得意分野だから先に進めるかもしれない。
夢中で英語や記号が組み込まれている方程式を解いてゆく。
「思ったとおりね。これは魔石銃を動かしているプログラムだわ。
なら、ここをこうやって変えてみましょう」
人差し指で数式の一部を消して他の数字に書き換えてみる。
すると遥か雲のかなたから、黒い塊が猛スピードで私達の方へ向かってきた。
「ルル、逃げろ。隕石がふってきたぞ」
アンソニー様がグイと私の手首をつかんだと同時に謎の物体は落下して、地面に衝突する。
「おい。あれはピーターと魔石銃じゃないか?」
ふってきたのがピーターの遺体だとわかるとアンソニー様は目を丸くして驚く。
「こっちに戻ってくるように術式を変えてみたんだけど、やはり正解だったのね。えへへ」
「お主、やるではないか」
「そりゃそうだ。俺が見込んだ女だからな」
「そんなに誉められたら、なんか照れちゃうな」
ニ人に頭をかいてみせる。
「けど力を発揮できたのはアントワープ様とアンソニーのおかげなんだからね」
私は仰向けになってグッタリとしているピーターと魔石銃に人差し指をふって小さくすると、スカートの空間ポケットにしっかりとしまった。
これで遺体や銃に残っているネーネの指紋はそのまま保存されるわけだ。
「やっと動かぬ証拠を手にいれたわ。これを見せた時のネーネの顔を想像しただけでワクワクしちゃう」
そう言ってピースサインをしたら、アンソニー様に「可愛すぎてたまらないぞ」と強く抱きしめられた。
「もうう。アンソニーったらふざけないでよ」
顔を真っ赤にして「あわあわ」と動揺する私にアントワープ様が目を細める。
「愛いヤツじゃな。
ところでルル。これは私の魔石じゃ。
セントワープの魔石とついになったら最強の魔力を発揮する。
それだけに使い手を選ぶが、妾はお主を信じる。
しばらく預かってくれ」
アントワープ様は厳かな声でそう言うと、私の手に瑪瑙色の小さな石を握らせた。
「こんな大事な物を……いいんですか……」
とまどう私にアントワープ様はしばらく無言で微笑していたが、突然姿を黒猫に変えてしまう。
「アントワープ様。一体どうしたんですか?」
足元にうずくまる黒猫を抱き上げて首を傾けた。
「こうすれがあの男にも妾の姿が見えるじゃろ」
猫はドヤ顔で私を見上げると「ニャーン」と可愛い声でなく。
「確かに声だけよりその方が話がしやすい。
さっそくだが、ネーネとマリンがいないうちにこれからの作戦をたてておこう」
「そうね。その通りだわ」
私は黒猫を抱いたまま、アンソニー様が座っているベンチの隣に腰をおろす。
「とりあえず邸と鉱山を隅々まで調べたいんだが、アイツらがいるとやりにくい」
アンソニー様はそう言ってから、パチンと指をならす。
「そうだ! シモンに頼んでハイランド家でパーティーをひらいてもらおうぜ」
「なーるほど。そのパーティーにニ人が出席している間に私が探りをいれるってわけね」
「その通りだ。ただルルだけに任せるのは心配でたまらない。
俺も一緒に行動させてくれ」
「うーん。気持ちは有難いけれどここは私だけに任せて欲しいの」
「俺がいたら邪魔ってわけか?」
「その逆よ。アンソニーがいたら最初っから頼ってしまいそうだからよ。
ネーネやマリンがここまで調子にのったのは、私が弱かったせいもあると思うの。
これからはもうニ度と虐げられたくないから強くなりたい。
だからよ」
「了解。けど何かあればいつでも知らせるんだぞ」
そう言うと、アンソニー様は胸元のポケットにしまっておいた魔法便をとりだし、声を上げる。
「シモン。俺達は元気だ。心配するな。
それと頼みがある。
ネーネーとマリンをひきつけたいから、なるべく早くハイランド家で舞踏会を開いて欲しい。
詳細はおって連絡する」
アンソニー様の言葉がそのまま、流れるような美しい文字になって便箋に書きこまれてゆく。
「用件はこれでおわりだ。あとはケイ。よろしく頼んだぞ」
アンソニー様が低い声をだす。
と同時に便箋は鳩に化けるとアッというまに空高く飛び立っていった。
「魔法便って初めて見たけど便利な物ね」
どんどん姿が小さくなってゆくケイを目で追いながら感心していると、邸からモリスがやってきた。
「今しがたネーネ様とマリン様がお帰りになられました。
お嬢様たちもそろそろ邸にお戻り下さい」
「わかったわ。モリス」
私はピョンとベンチから飛び降りる。
そして夕焼けに照らされて橙色に染まる邸へ歩いてゆく。
「いい気になってられるのもあと少しよ」
ボソリとこぼれた呟きに同意するように胸に抱いた黒猫が「ニャアアン」と鳴いた。
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