24話 戦いの始まり

数日後何の前触れもなしにネーネが戻ってきた。


 あわてて迎えにでたピーターが差し出した手に自分の手をそえて、ネーネが優雅に馬車から下りる。


「門を入ってすぐに驚いたわ。


 庭園のあちこちが見違えるほど綺麗になっているんだもの。


 ありがとう」


 出先で買ったのだろう。


 見覚えのない見るからに高価そうなドレスに身をつつんだネーネが微笑んだ。


 あのネーネが私をほめるって……嘘でしょ。


 きっと聞き間違えだわ。


それとも出先で何か悪い物でも口にして神経がやられちゃった?


 ポカンと口をあけて、戸惑っているとネーネが朗らかな声を上げる。


「いやーね。その顔は何?


 ほめられたら、ふつう素直にお礼を言うべきでしょ」


 ふつうはね。


でも相手が貴方なら話は別だわ。


ひょとして私を潰せるメドがついて余裕シャクシャクってことなの?


「ま。いいわ。


可愛げがないのはいつもの事だし」


「お母様。急用はもうかたずいたの?」


「ええ。問題は全て解決しました」


「さすがお母様ね。


 ねえ。聞いてちょうだい。


お母様が留守をしてるのをいい事にお姉様やピーターがいい気になって……」


 邸の奥に急ぐネーネの腕に自分の腕をからめて、マリンが鼻にかかった声をだす。


「マリンちゃん。


悪いけど私はとても疲れているの。


 そういう話なら聞かなくても大体わかるから、後にしてくれない?」


「ええええ! いやいやいや。お母様あ」


「我儘を言って、困らせないでちょうだい。


 私がいつもマリンちゃんを一番に考えているのはわかっているでしょ。


 心配しないで。


 もうすぐ全てがマリンちゃんの思う通りになるから」


 ネーネはマリンを抱きしめると愛しそうに髪をなでる。


 私のお母様も生きていたら、あんな風に慈しんでくれたのだろうか。


 見慣れている母娘ベッタリの光景のはずなのに、なぜか今は胸がチクチク痛む。


 けどウジウジしている暇はない。


 ネーネにハーブティーと甘いお菓子を用意するように指示されていたからだ。


「いそがなくちゃ」


 足早に食堂へ向かう自分に思わず苦笑する。


「私ってやっぱり使用人向きね」

 

 ネーネのお気に入りは青いバラが描かれた白のテイーカップ。


 マリンのお気に入りはピンク色のバラが描かれた白のテイーカップ。


 間違えないようにそれぞれを本人の前にそっと置く。


 窓からレースのカーテンの隙間をぬって光がさし込むティールームは、重厚な応接室のつくりと違って

何もかもが繊細で優しいつくりになっている。


 白いテーブルについているネーネとマリンを除けばね。


なんて心で毒を吐きながら、甘く香りたつお茶をポットからカップにトロトロと注ぐ。


 そして上段に様々な種類のプチケーキ、中断にサンドイッチ、下の段にはスコーンとジャムにクロテッドクリームがのったケーキスタンドを二人の前に並べる。


 我ながら、なかなかの出来だと思う。


 けど二人はチラリとスイーツに目をやっただけで「ありがとう」の一言もない。


 ま、これがいつもの光景だけどね。


「ところでマリンちゃん。


 ハイランド公爵家から舞踏会の招待状はまだ届いてないの?」


「ええ。まだよ。


 私、その日の為に自分を磨いているの」


「まあ、大変。


これ以上可愛くなったら、アンソニー様がマリンちゃんをあきらめられなくなるわよ」


 ネーネは満足そうに目を細める。


「それが目的なの。


 だって私、ピーターと離婚してアンソニー様と結婚したいんだもの」


「まああ。よく言ったわ。


 大丈夫よ。お母様がすべてうまく仕組んであげるから。


 マリンちゃんは安心してアンソニー公爵様の所へ嫁げばいいのよ」


「お母様、ありがとう!」


 マリンは指先にクロテッドクリームをつけたまま、隣に座るネーネに抱き着いた。


 大好きなお母様のドレスが台無しじゃない。バーカ。


「けれどネーネ様。


 ピーターが簡単に離婚を承知するように思えないし、第一マリンはフィフィ家の跡取りでしょ。


 嫁いだらフィフィ家はどうなるの?」


 黙って部屋の片隅に立っていたけど、大事なフィフィ家の一大事だ。


 激怒されるのを承知で2人の会話に口をはさむ。


「いくら由緒ある伯爵家といっても、脱税疑惑がかかっているのよ。


 そんな家、存続させる価値なんかないわ。


 だからフィフィ家はブッシェラン伯爵に売却する事に決めたのよ」


「そんな事私が許さない!」


 たとえ相手がどんなにいい人でもフィフィ家は渡したくない。


なのによりにもよって悪名高きブッシェラン伯爵に売ろうとしているなんて……。


「お黙り。


 大体お前が脱税なんかするから悪いんでしょ」


 ネーネはテーブルをバンと叩いて勢いよく立ち上がる。


「帳簿も見た事がない私が脱税なんかできるわけないじゃない」


「あら。ならなぜ帳簿にお前のサインがしてあるのかしらね」


「帳簿に……私のサインが……。


 まさかまた私のサインを真似たのね」


「ふん。どこにそんな証拠があるのかしら。


 お前は脱税をして、ピーターと駆け落ちをする。


 残されたマリンちゃんはアンソニー公爵様の同情を一身に浴びて、ハイランド家へ嫁ぐの。


 どう。見事な筋書きでしょ」


 勝ち誇ったようにネーネは私を見据えた。


「その様子じゃあ。


もうあちこちに手を回しているようね」


「そうよ。その為に邸から消えていたんだもの」


「罪を私になすりつけて、フィフィ家を破滅さすなんて酷すぎるわ」


 取り乱す私の様子をみて、マリンが薄笑いをうかべた時だった。


 荒々しく扉を開いて、ピーターが部屋に飛び込んできたのは。


「なにが離婚だ。


 僕は絶対にマリンとは別れないぞ。


 一生つきまとってやる!」


「立ち聞きしてたなんて。


やる事が汚いわよ、ピーター」


「黙れ。マリン」


 怒りでワナワナと肩を震わしながら、ネーネとマリンを交互に睨みつけるピーター。


 昨日の敵は今日の友。


じゃないけどここはピーターにぜひ踏ん張って欲しい。


 ぜひ事の成り行きを見届けたかったけれど、ネーネに「出ておいき」と目で合図をされた私は部屋の外に出る。


 どうやら戦いの始まりの幕は切って落とされたようだ。

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