23話 返品はお断りします!
「いってらっしゃいませ。ネーネ様」
玄関で馬車に乗り込むネーネに頭を下げる。
すっかり私は邸のなんでも屋さんだ。
ある時は下女である時は料理番やキッチンメイド。
またある時は庭師でもある。
けど案外それが楽しい。
どうやら私は伯爵令嬢より、使用人として生まれてきた方が良かったみたい。
根っからの貧乏性なのかもね。
「どこからお掃除をしようかな」
アンソニー様はネーネに馬車の御者としてかりだされている。
なので今日は完全に一人で仕事をしなければならない。
「けどネーネがいないから安心して魔法が使える。
さて、何から手をつけようかな?うーんと。
決めた!まずは噴水掃除からいこう」
考えがまとまると、さっそく庭園の大きな丸い噴水へむかった。
フィフィ家の庭園は広大だ。
花のアーチ型扉に大理石でできた噴水。
真っ白なガゼボにベンチ。
あちこちに豪華な物が設えられているが、これらはお手入れが大変。
中でも噴水掃除は時間も体力も一番かかって苦手だ。
「水よ。なくなれ」
噴水のヘリに立って、枯れ葉や虫が浮かんだ水面に向かって人差し指を縦にふる。
するとあっというまに噴水は空っぽになり、砂や水垢でよごれた底が現れた。
「ピカピカになーれー」
先ほどと同じように指をふると一瞬で汚れが消える。
そして最後に、
「水よ。もどりなさい」
と唱えて、噴水を元どおりにした。
勢いよく水がふき上がる音を確認してから、次はガゼボへと向かう。
「かなり色あせているから、塗り替えが必要なのよね。
魔法でチョイチョイと片付けちゃいましょ」
鼻歌を口ずさみながらスキップをする。
「お天気はいいし。
ネーネはいない。気分、最高!」
顔をほころばせていたら、向こうからピーターがやってくるではないか。
「あんな奴。無視よ。無視」
自分で自分にいいきかせる。
けどやっぱりそうはいかなかった。
「ルル。えらくご機嫌じゃないか。
僕に会えて、喜びを隠しきれないようだな」
自信たっぷりに青い瞳を私にむける。
けどかつて私を夢中にさせた瞳も燃えるような金髪も、今では少しも心に響かない。
それどころか、吐き気がしそうだ。
「無駄口をたたいてないで、サッサと馬糞を畑に運びなさいよ。
臭いから」
黒いエプロンをして、汚物を山盛りのせた一輪車をひいているピーターに鼻をつまんでみせる。
「はあああ!
ルルの分際で僕のことを馬鹿にするなんて気でもふれたのか!?
だいたい馬糞運びなんか、この僕がやる仕事じゃないぞ!」
怒声を上げたピーターが荒々しく一輪車から手を離すと、一輪車はガタンと倒れて周囲に馬糞を撒き散らす。
「きゃああああああああ!」
ちょうどここを通りかかったマリンが馬糞まみれになって悲鳴を上げる。
「ごめん、マリン。でもワザとじゃないんだ。
またルルが僕にいいよってくるから、逃げようとしたらこうなった」
「ピーターの嘘つきはもう病気レベルね」
ここまでくるともはや怒る気もしない。
ポカンと口をあけて呆れていると、ピーターがマリンのそばへ駆けよってゆく。
「だから許して欲しい。
僕のマリン」
「このドジ! 間抜け!
ピーターなんかお姉様とお似合いじゃない。
黙って誘惑されとけばいいのよ」
甘い声をだしてマリンを抱きしめようとしたピーターだったけど、マリンにピシャリと腕を払われた。
いい気味だわ。
「最近おかしいぞ、マリン。
夫婦の寝室を別々にしようと言い出したかと思えば、サムがするような仕事を僕に押しつけたり。
一体僕のどこが悪いのか言ってくれ。
そうしたら、ちゃんと改めるから」
ピーターはマリンの気持ちを取り戻そうと必死だった。
そりゃそうよね。
マリンに嫌われたら、フィフィ家の財産が手に入らないもの。
お金の為ならプライドも捨てる男って痛すぎる。
「どこがって全部だわ!
ピーターなんかアンソニー公爵様と比べると天と地だもん。
見た目も財産も地位も何もかもがボロ負けしてるでしょ。
私はね。本当はアンソニー公爵様にふさわしい女だったのよ。
なのに貧乏ピーターなんかと結婚してしまって、もの凄く後悔してるのよ!」
キイキイとマリンがヒステリックに叫ぶ。
その度に頭がゆれて頭上の馬糞を周囲にまき散らす形になっている。
とてもはた迷惑なんですけど。
「なんだと、このアマ。
もう一回いってみろ。
首をへし折ってやるぞ」
「何回でも言ってやるわ。
私はアンタと結婚した事をすっごく後悔してます、ってね」
日頃上品ぶっていた二人が本性をむきだしにして争い始める。
「クソー!」
しばらくやりあった後、突然ピーターが大声をだした。
ピーターの目は血走っている。
ひょっとしてピーターは本気でマリンの首をへし折るつもりなの?
だったら喜しくてしかたない。
「きゃああ」
さすがのマリンも何かを感じたみたいで、その場から走って逃げた。
けどピーターはすぐにマリンを追いかけてゆく。
「アンソニー様に好かれているからって、調子にのるんじゃないぞ。
お前みたいな馬鹿に公爵夫人が務まるわけないだろ!」
「そんなのわからないでしょ。
マリンの可愛さがあればなんだってできるはずよ」
二人は噴水の周りをグルグル走っていたが、ついにピーターがマリンの肩に手をかけた。
「捕まえたぞ」
「いやああ。やめてえ」
マリンとピーターが噴水のへりでもみ合っているのを横目で見ながら、過去の屈辱を思い出して唇をギュッとかむ。
『フフフ。
馬車に乗ってきて正解だったわ。
こんな面白いモノが見れたんですもの。
残念だけど、お姉様。
この人が本当に愛しているのはこの私なの。
今までお姉様を愛しているフリをしていたのは、フィフィ伯爵家を手に入れる為よ』
『今から僕はマリンの婚約者だ。だからもう僕の事は忘れろ』
「ふん。あんなにいきがってたくせにお粗末ね。
ざまあみろ」
冷たい視線を二人に向けた時だった。
ーザバンー
足をすべらせたピーターが大きな水音をたてて、噴水の中に落ちていったのは。
「こらあ。マリン。待てよ」
待ってましたとばかりに逃げてゆくマリンをびしょ濡れになってひきとめるピーター。
「惨めな男……」
ほんの少しだけ溜飲が下がる。
けどこの程度じゃあ、私の気持ちはおさまらない。
そう思っていたら、いつのまにか私の隣に立っていたマリンが耳元でささやく。
「お姉様。
ピーターなんかくれてやるから、早く二人で私の前から消えてくんない?」
「悪いけど私もピーターにはもう興味がないの。
なので返品はお断りします!」
「お姉様の分際で私に口答えするねんて生意気だわ」
マリンは頭から湯気がでそうなほどプンプンしている。
「そっちこそ妹の分際で生意気でしょ」
もう私は何を言われても我慢する今までの私じゃないのよ。
「雨よ、ふれ」
呪文を唱えるとマリンの頭上にだけモクモクと雨雲が現れる。
そして激しい雨がマリンをおそう。
「きゃあああ。もういやー」
マリンはスカートの裾を両手で持ち上げると、あたふたと邸に走ってゆく。
けど途中で大きな石にけつまずいて、派手に転んだ。
「痛ーい! 誰よ。
どうしてこんな所に石が転がってるのよ」
教えてあげる。
それは私が魔法で置いたの。
強引に取り上げた物を飽きたからって、私に押し付けようとした罰よ。
私は一度もマリンを振り向かず、サッサとその場を通り過ぎたのだ。
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