25話 鉱山の秘密と捨てられたピーター
しぶしぶ部屋を出ると、ティーセットがのった銀のトレーを手にしたモリスに出くわした。
「ピーターにお茶をだしにいくのね。
でも、今、この中は修羅場よ。
悪くしたら、モリスも頭からお茶をかけられるかもね。
だからこのまま戻った方がいいと思うわ」
執事服を着て美しい姿勢でたたずむモリスに耳打ちをする。
「だいたいね。
律儀にピーターなんにお茶をださなくてもいいのよ」
「実はルルお嬢様。
ピーター様のお茶はただの口実で、私は皆様の修羅場を拝見したくてたまらないのです」
モリスはほんの少し口元をゆるめると黒い笑みを浮かべる。
「そうだったのね。私と同じね。
本当は私、部屋に残って三人の会話を聞きたかったんだけど、ネーネに追い払われちゃった」
残念そうにため息をつく。
するとキリリと表情をひきしめたモリスが一言。
「お嬢様には魔法があるじゃないですか」
「魔法? ああ、そうね。
でも私には盗聴魔法はハードルが高いの」
「簡単にあきらめずに、もう少し知恵をしぼって下さい」
モリスは熱のこもった目を私に向ける。
その様子はまるで熱血教師みたい。
「あ! 魔石の力を借りたら、なんとかなるかもしれないわ」
スカートのポケットに忍ばせておいた、丸い小さな黒い石を2つ取り出して、掌に並べてみる。
そしてダメ元で石に向かって呪文を唱えた。
「盗聴器になれ」
すると石は一瞬宝石のようにキラキラと輝く。
学校の魔法教科書によれば、それは呪文がちゃんと通じた証のはずだ。
「じゃあ、モリス。お願いね」
二個の石のうち一つをテイーカップの底にペタンとはってから、モリスに片目をつぶる。
「これは愉快だ」
モリスは満足そうに目を細めると、コツコツと扉をノックした。
神様! お願いします。
どうか上手くいきますように。
扉を開いてモリスが部屋の中へ進んでゆくのを確認してから、残りの石を自分の右耳にはめる。
それからアンソニー様の待つ夫婦の部屋へイソイソと戻ってゆく。
ーコンコンココココンー
夫婦の部屋に入る時は、このリズムで扉を叩くのがお約束だ。
アンソニー様が思いついた合図だけどスパイごっこみたいでちょと面白い。
フィフィ家のルールは、階下でも階上でもノックの数は三回と決められている。
なのでこのノック音の主は、私かアンソニー様のどちらかでしかない。
「お帰り。ルル。
今日もノック音まで愛らしいぞ」
バタンと扉が開いて、アンソニー様がたくましい腕で私を横抱きにする。
「アンソニーこそ、今日も愛情表現が過剰よ。ま、悪い気はしないけど」
クスッと笑って広い胸に顔をうずめた。
その瞬間、今日の疲れが一気に吹き飛んでしまう。
私ったらどれだけアンソニー様を好きなのかしら。
もう二度と男の人なんか愛せないと思っていたのに……。
こんな自分に自分が一番驚いている。
私達は実質まだ夫婦ではない。
本物の夫婦になるのはフィフィ家の件を解決させてからだ、とアンソニー様が心に決めているからだ。
アンソニー様にとって物事のケジメが最優先らしい。
確かに正論なんだけど。
星が輝く夜、切なそうな熱い眼差しでアンソニー様に見つめられると、頭から理性がふっ飛んでいきそうでこわい。
そのうち我を忘れて、アンソニー様にせまっていくかも。
なんて事になったら、これから先恥ずかしくて生きてゆけないわ。
だから一秒でもはやくフィフィ家の問題を終わらせなくては。
「あのね。アンソニー。
今日は何か重要な手がかりが、つかめるかもよ」
身体をよじってアンソニー様の腕の中から飛び降りると、近くにあった机に耳から外した小石をパシンと音をたてて置いた。
「それはどういう事だ?
この石コロがどうかしたのか?」
小石をつまんだアンソニー様が矢継ぎ早に質問をした時だ。
石からピーターの怒声が聞こえてくる。
「黙れ! 僕は絶対にマリンとは別れないぞ!」
「おい。ルル。
もしかしたらこの中にピーターを閉じこめたのか?」
アンソニー様はあわてて石を手放すと目を丸くした。
「だったら面白いんだけど、残念ながら違うの。
その石はね。魔石でつくった盗聴器なのよ。
ピーターとネーネ達がいる部屋にモリスに頼んで仕掛けてもらってきたの」
クルクルと床の上で回転する石を拾い上げ、もう一度テーブルの上に置いてからザックリと説明する。
「よくやった、ルル。
それでこそハイランド公爵家の嫁だ」
アンソニー様は破顔した。
「あ、ありがとう」
眩しい笑顔にポッと頬を熱くしてうつむくと、次はマリンとネーネの声が流れてくる。
「無理言わないでちょうだい。
私はもうピーターなんか一ミリも愛してないんだから。
そりゃ、私ほど可愛い女はもう二度と手にはいらないとは思うけど、しかたないでしょ。
わかったら、サッサと離婚してちょうだい!」
「マリンちゃんの言う通りよ。
どんなに頑張ったって、貴方が天下のアンソニーハイランド公爵様に勝てるわけないでしょ」
「うるさああああい!!!
何と言われようが絶対に離婚はしない。
よーし。こうなったら死ぬまでフィフィ家にいすわって、財産を使いはたしてやる。
もし、無理やり離婚させようとするなら、こっちにも考えがあるぞ。
鉱山に隠しているネフトリアという男の事をバラしてやるからな。
どうせ脱税にも、そいつが関わっているんだろ!」
ネーネは「お黙り」とか「それは誤解よ」とか言って、ピーターを静めようとしていたが徒労だった。
私は私ですっかり心をかき乱されている。
ネフトリアですって!?
どこかで聞いた事のある名前だけど、どこの誰だったかしら……。
あせって何度も頭をひねった。けど気持ちだけが先走って、いっこうに思いだせない。
それなら、今すぐ鉱山や飛んでいってその男に会ってみたいわ。
「どうた!僕を甘く見るんじゃないぞ。
ここのところ、マリンが冷たいから何かあった時の保険のつもりで、鉱山をこっそり調べていたんだ。
そして僕は秘密をつきとめた。
ドアーフ達はちゃんと働いているのに金の採掘量がへっている理由をだ。
どうだ。これ以上僕を怒らすとお前らは破滅するぞ!」
ピーターは勝ち誇ったように笑った。
「お黙り。ピーター。
そっちこそ私を甘く見過ぎたわね」
不気味に沈黙していたネーネがドスのきいた声をだす。
そして、ゆっくりと別れの言葉を口にした。
「さよなら、ピーター」
それからすぐに「ズドーン」と重々しい銃声が私の耳をつんざく。
「「あ! ピーターが撃たれた」」
私とアンソニー様は脱兎のごとく三人がいる部屋へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。