6話 ハイランド家の人々
「ねえ。アンソニー。
ハイランド家から我が家の鉱山は近い?」
王都の街を疾走するポリスに振り落とされないように、アンソニー様の背中に必死でしがみつく。
けどスピードがこわくてギュツと目を閉じた。
「近いぞ」
「なら、鉱山によりたい。
久しぶりにドアーフの顔が見たいから」
「変わってるな。
ふつう女性はドアーフは嫌いだろ」
「それは皆、ドアーフの事を知らないからよ。
ドアーフはとっても純粋なの。
見た目だけ綺麗な人間より100倍素敵なんだから」
「そっか。
けど鉱山へ行くのはハイランド家へ着いてからにしてくれ」
アンソニー様は邪魔くさそうな声を上げると、ポリスの背に密着しそうなほど身体を低くした。
と同時にスピードは加速する。
アッという間に周囲の人影や人家はかげをひそめ、変わりに鬱蒼とした木立やゴツゴツとした岩肌が現れた。
頬にあたる空気も刺すように冷たくなっている。
しばらくポリスは薄暗い山道を駆け上がっていたが、突然私の視界の先に天に届きそうなほど高い塔が現れた。
「あそこに見える塔がハイランド家だ」
動きを止めたポリスの背の上でアンソニー様は塔を指さしする。
「え! あれが邸? なんかすごく変。
あ、じゃなくて個性的なのね」
上へ向かうにつれ、少しずつ傾いている円錐形の建物は王都によくある貴族の邸とは全く違う。
ポリスから下りた私は、口をポカンとあけて邸を見上げる。
「変わっているのは邸だけじゃないぞ。
中にいる連中も変人ばかりだ。
俺以外はな」
いやいや。アンソニー様は変人筆頭のようですけど。
「これから俺はポリスを小屋にかえしてくるから、ルルは玄関で待っていろ」
ぶっきらぼうに用件を告げたアンソニー様はサッサとポリスを連れて邸の裏手へ消えてゆく。
「私だって、ちゃんとポリスとサヨナラしたかったのにな」
口を尖らせて玄関口に立っていると、風にのって流れてきたアンソニー様の声が耳をかすめる。
「ポリス。
今日はご苦労様。
ルルは重たかっただろ。
おっと。これはルルには内緒だぞ。
ハハハ」
アンソニー様の声はいつもと違ってとても柔らかくて、聞いているこっちまで胸がジンワリ温かくなってゆく。
あんな話し方ができるなんて、本当は彼はとても優しい人じゃないのかな。
けどそれを周囲の人に悟られたくなくて、わざと素っ気ない態度をとっている。
これは私の直感でしかない。
けど当たっている可能性は高い。と思う。
「それって子供みたいでカッワイイ!」
口元に手を添えて「ぷっ」と吹き出すと、いつのまにか戻ってきていたアンソニー様が太い眉をよせる。
「可愛いって何がだ?」
「いえ。何でもないです」
「そのわりにはニタニタして気持ち悪いな」
「気持ち悪い、だなんて失礼ね」
「ルルはやっぱり変わっている」
「すいません」
どうして急に変人認定されたのかわからないけど、ここは素直に謝っておく事にした。
「気にするな。
変人には慣れている」
そう言うと、アンソニー様は大きな手で私の頭をクシャとなでる。
「子供扱いはやめて」
「子供を子供扱いして何が悪い」
頬を染めてドギマギしている私を無視して、アンソニー様は重厚な扉のトッテに手をかけた。
とたんにギギーと扉が開き、
「お坊ちゃまあ。お帰りなさいませええー」
ピンク色の執事服に身をつつんだ男が甲高い声を上げながら、邸の奥から一直線にこちらに向かって走ってくる。
「え!?
どうしてモリスがここにいるの。
それにその恰好……一体どうしちゃったの!?」
「いやだわ。私は双子の弟のパリスよ。
貴方がルル様なのね。
兄からこちらにいらっしゃると聞いているわよ」
「兄?
あ!」
弟がハイランド家に仕えている、って聞いていた事を思い出した。
「貴方がモリスの双子の弟さん……なのよね」
たしかに顔立ちはそっくりだ。
けれど髪の色は全然違う。モリスは黒でパリスはピンク色だから。
あと話し方もまるで似てない。
モリスはできる執事って感じだけど、パリスは女の人っぽい口調だもの。
うん? あの口調って。
それってそういう事でいいのかな。
「どうした?
人は皆、違っているから面白いんだ」
私の耳元でアンソニー様が囁いた。
「わかっているわ。
ただちょっと驚いただけよ。
初めましてパリス。
私はルルフィフィです。
しばらくここに滞在するのでよろしくね」
とびっきりの笑顔(自分ではそう思っている)をそえて、パリスに手を差しのべた。
「まあ。ちゃんとご挨拶できるいい子ちゃんね。
こんな可愛い方がアンソニー様の奥さまだなんて感激だわ。
ところでお2人は一体どこでお知り合いになったの?」
パリスがコクンと首を傾ける。
どうやらモリスは私達の本当の関係はバラしてないようだけど、私をアンソニー様の妻と伝えたみたい。
「えーと。それは。
サムがアンソニーで……」
嘘が超苦手な私が言い淀んでいると、アンソニー様が見かねたのか口をはさんだ。
「仕事先だ。ルルに一目惚れをした俺が必死で口説きおとして、やっと結婚してもらった」
ええ? そうなるのかな。
私はサムと仮の夫婦になる約束を交わしたけれど、アンソニー様とは何もないんですけど。
けどサムはアンソニー様なのだから、アンソニー様の妻でもいいのかな?
うーん。ややこしいわね。
ま。どっちにしろ脱税の件がはっきしりたら終わる関係だから、深く考えるのはやめよう。
「まああああ。仕事人間の坊ちゃまらしいわね。
ノワール様も『私が目の黒いうちにアンソニーが身を固めてくれてよかった』って大喜びしてるわ」
「なんだって!?
お婆様も知っているのか……」
あら、珍しい。いつも冷静なアンソニー様が目を泳がせて動揺している。
「ええ。モリスに聞いてすぐに報告したわ」
パリスがドンと胸を叩いた時だった。
「ふうーん。
これがアンソニーが選んだ女とはね。
どんな美女が現れるんだろうと期待してたけど、まるでガキじゃないか」
開けっ放しの扉から一人の男が部屋に飛びこんできて、不作法に私の顔を覗きこんだのは。
「俺にはわからねえ」
男は顎に手をそえてポツリと呟いた。
「ガッカリさせてごめんなさい」
ふつうは怒るところなんだろうけど、あまりに男の人が落胆しているのでペコリと頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
こいうう弱気な所が皆につけいられるのかな。
「気にするなって。
人の好みをとやかく言う権利は俺にはないんだから。
それよりアンソニー。
お前の愛妻を早く俺に紹介しろよ」
そう言って、爽やかに微笑む男はよく見ればとても美しい。
腰まで伸びたサラサラの銀髪。
ひきこまれそうな空色の瞳。
陶器のような白い肌。
スラリとした身体。
ジャラジャラと何本もの腕輪やネックレスをつけている彼はアンソニー様とは違うタイプのイケメンである。
「いやだね」
「ならこれまでのお前の恥を全部彼女にぶちまけるぞ。
いいのか?」
ニヤリと笑って、額へ落ちてきた長い髪をかき上げる仕草はそのへんの女よりずーと色っぽい。
「俺に恥などないだろ。
ルル。コイツはシモンと言ってスライス公爵の三男で俺の幼馴染だが、今はここの居候にすぎない。
なので無視しろ」
「スライス家って言うとあのスライス家しかないわよね」
スライス家はかつて王女様が降嫁されたほどの名門中の名門である。
どうりでシモン様がまとっている雰囲気がやたら煌びなわけね。
それにしても、超絶美形がじゃれあっている姿は眼福でしかない。
「しあわせだわ」
うっとりしていたら、突然目の前に現れた老婆に杖で胸をつつかれてヨロケそうになる。
「私の可愛い孫をたぶらかしたのはアンタだね。
どれほどの美女かと期待して来たのにガックリだよ。
ずいぶん貧相な娘じゃないか。
色々と聞きたい事があるので私の部屋にきな」
老婆はグイと顎をもたげると、不満そうに鼻を荒々しくならした。
可愛い孫。確かに老婆はそう言った。
えー。じゃあ。この方がアンソニー様のお婆様なのね。
想像と全然違うけれど。
「ルル様。
いそいでノワール様のお部屋へ向かいましょう」
パリスがそわそわして、あぜんとしている私の腕をグイとつかみ部屋の外に引っ張ってゆく。
確かにこの邸の人々は相当変わっている。
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