7話 ノワール様の魔力

 ノワール様の部屋に入ったとたん椅子に座るように指示される。


「まず自己紹介。


できるだけ手短にだよ」


 仏頂面をしたお婆様は不機嫌な声を上げた。


「初めまして。ノワール様。


 私はフィフィ伯爵家の長女、ルルフィフィです」


「伯爵令嬢だって?


 じゃあ、なぜ使用人の服を着ているんだね」


 ノワール様の枯れ葉色の瞳にくっきりと疑惑の色がうかぶ。


 ほとんど社交界にでていない私の事を知らないのは当然だろうが、あからさまに嫌悪をしめされ気持ちが萎縮してしまう。


「そ、そ、それは……」


 緊張して言葉がすんなりでてこない。


「頼むから、老い先短い私をイラつかせないでちょうだい。


 しかたない。アレを使うしかないわね」


 ノワール様は私の向かえに置かれた椅子に座ると、パチンと指をならした。


 と同時に部屋の隅にひかえていたパリスが素早く小さな木箱を持ってくる。


「この方がてっとり早いからね」


 ノワール様が木箱の蓋をパカッと開いて、中から取り出したのは一本の葉巻だった。


 いえ。


 葉巻の形をした魔道具だった。


「あ! 心読みの葉巻だわ。


 これを使えば、相手の心が色でわかるんですよね」


「そうだよ。アンタ。


魔道具に詳しいんだね」


「ある日突然魔法が使えなくなって、なんとかしようとアレコレと魔道具を探した時がありましたから」


「貴族なのに魔法が使えない!?


 これはとんだハズレ令嬢だね」


 ノワール様はハマキを口に含むとスウーとどす黒い煙を吐いた。


「煙よ。


この娘の本性を教えておくれ」


 呪文のような言葉を唱えると、煙は蛇のようにくねりながら私の耳から身体の中へと消えてゆく。


 そして少しすると、煙は私の口から吐き出された。


「驚いた。まるで初雪のように真っ白じゃないか。


 どうやらアンタの言葉には嘘がないようだね。なのにさっきはあんな酷い態度をとって悪かったね」


 前のめりになり、煙を凝視したノワール様が深々と頭を下げる。


 私より身分も年齢もはるかに上なのに素直に過ちを認めてくれるなんて、素敵すぎる。


「誤解されるのには慣れているから、どうか気になさらないで下さい」


「ありがとう。


 若い時はこんな魔道具に頼らなくても、すぐに人の心が見えた。


 だから息子があの女と結婚すると言ったとき、大反対したんだ。


あの女の心はおぞましいほど真っ黒だったから。


 なのに息子は私の反対を押し切り結婚して、結局裏切られ破滅した。


 残された私と孫のアンソニーが、どれだけ辛い思いをしたかは誰にもわからないだろう。


 孫のアンソニーには息子と同じ過ちを犯して欲しくなくて、つい疑り深くなってしまうんだよ」


 ノワール様は深くて長い溜め息をつく。


「天下のハイランド公爵家の財産を狙っている人達が多いのも事実でしょうから、そのぐらい慎重で正解だと思います」


「アンタは、いや、ルルは優しいんだね。


 顔、形だけじゃない。


そんな所もシーラそっくりだね」


「え! 母をご存知なんですか?」


「何度か社交界で会った事がある。


 私もシーラーもああいう場が苦手で、気が付けばいつも会場の隅っこにいたからね。


 出会った頃は万能の魔力持ち令嬢と騒がれていたのに、結婚してからだんだんと魔力が薄れてきたのは残念だったけど、優しい性格だけはずーと変わらなかった。


 美しくいい子だったから、神様に気に入られて早く天国に召されたんだろうね。


 それに比べて、この私は相当神様に嫌われているようだ。


 アッハハ」


 豪快なノワール様の笑い声につられて、いつのまにか私まで笑顔になっていた。


「母が万能の魔力持ちだなんて知りませんでした。


教えていただいてありがとうございます。


 けどどうして母は私にそんな過去を隠していたのかわからないわ」


「過去の栄光語りなんてミットモナイと思ったんじゃないかね。


 シーラは奥ゆかしい子だったからね。


 ところでパリス。


 ルルに似合いそうなドレスを至急用意してくれないかね」


「ノワール様。どうかお気使いなく。


 私はこの服がけっこう気に入っているので」


「ま。そう言わずに。


さっきのお詫びだから」


「ならお言葉に甘えさせていただきます」


 あまり遠慮するのもかえって失礼になると思ったから、コクンと首を縦にふる。


「ちょうど良かったわ。


 昨日、兄のモリスからお嬢様のドレスが届けられていたのよ。


 ではルル様。


 さっそくあちらのお部屋でお着がえしましょ」


 ウキウキするパリスに手をひかれて部屋をでる。


「正直、ノワール様は怖そうに見えるけど実はとてもいい方なのよ。


 見てのとおり私は女のような男でしょ。


 だからどの邸でも雇ってもらえなかったの。


 だけどノワール様だけは『大事なのは心根だけです』とおっしゃて採用してくれたのよ」


「そうだったの。


とてもいい話だわ」


 大きな窓から差し込む太陽の光に照らされた広い廊下を歩きながら、パリスはノワール様についてアレコレと話してくれた。


 早くに夫を亡くし、自身で領地経営をしていたから男勝りになったけど、それまでは誰よりも淑やかな貴婦人だった事。


 子供が大好きなのに大嫌いなフリをしている事。


 お酒が強そうで実はまったく飲めない事……。


「わかっちゃった! 


パリスってノワール様が大好きでしょ」


 目的の部屋に着いて、私にドレスを着せる準備にとりかかっているパリスの背中におどけた声をあげる。


「あら。バレちゃった?」


「ええ。バレバレよ。


 でも、私もノワール様の推しになっちゃった。


 だからね。


 この先もずーとお元気でいて下さいって、毎日祈る事にするわ」


「なんて素晴らしいの!」


 パリスは真夏の太陽のようなピカピカの笑顔をむけた。


「できれば私。ずーとここで暮らしたいな」


 なんて思ってしまうのは、アンソニー様が言うようにやはり私も変わっているのかな。

 

 

 

 

 

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