5話 意地悪なアンソニー様
「アンソニー様。
せっかく長い休暇をいただいたのですから、新婚旅行をかねてルルお嬢様をハイランド公爵家へお連れしてはどうでしょうか?」
モリスが私とアンソニー様の顔を交互に眺める。
「いやーね、モリス。新婚旅行だなんて。
私とアンソニー様は契約婚なのに」
「そうおっしゃらずに新婚旅行ごっこを楽しんできてはどうですか?
パリスもアンソニー様のご結婚を待ち望んでいるのて、大喜びするでしょうし」
「本当に結婚したわけじゃないのに大喜びさせたら悪いじゃない。
ところでパリスっていうのは何者なの?」
「ハイランド家で執事をしている私の双子の弟でございます。
そして、私とアンソニー様と同様独身!!!」
独身の所で、モリスは一段と声を張った。
「私達はともかく、ハイランド家の当主であるアンソニー様がいつまでも一人でいるのは問題ですが」
「モリスにそんな弟がいたなんて知らなかったわ」
「私は主にむやみに自分語りをいたしませんから」
それでモリスがアンソニー様の事情に詳しいわけね。
モリスとパリスの関係性がわかるとアンソニー様へ少し親近感がわいてくる。
なんて思っていると、
「ルル。これから新婚旅行へ出発するぞ」
といきなりアンソニー様に後ろから両手で抱きしめられた。
「きゃああああ。
無意味なスキンシップと呼び捨ては禁止していいですか?」
「そう怒るな。
俺たちはこれから夫婦を演じるんだ。
見破られないように、この程度のことは普通にできる事が必要だろ?
それとルル。
俺のことは呼び捨てにしろ」
アンソニー様はそう言うと、「アハハハ」と天井を見上げて弾けるように笑う。
「案外、乱暴なんですね」
気分を害したフリをしたのは、アンソニー様のささいな行動に心をゆさぶられている自分を悟られないためだった。
どうしてなの?
アンソニー様といると私がいつもの私じゃなくなるのは。
ピーターといる時は一度もそんな事はなかったのに……。
「乱暴だって? バレてしまったか。ハハハ。
それとこれからは俺にはため口で接してくれ」
「夫婦だからですよね。
わかったわ。アンソニー」
けど彼の名前を呼び捨てしたとたん、みるみる赤面してしまう。
ひょっとして、アンソニー様はこんな私の反応を面白がっているとか。
なんてスネていたら、アンソニー様にグイと腕をつかまれ裏庭に連れていかれた。
「私達は偽の夫婦よ。
そういう事はいたしません!」
茂みの中にドンドン進んでいくアンソニー様に身体をゆらせて必死で抵抗していたら、
「カン違いするな。
この辺にモリスが馬を用意しているはずなんだ」
とイラッとした声がとんでくる。
「馬ですって?」
「ああ、馬だ」
「なんだ。そうだったのね」
「どうした?
ひどくガッカリしているように見えるが、まさか俺に襲って欲しかったとか?」
「失礼ね!!!
そんな事あるわけないでしょ!」
自分でも驚くほどムキになっていると、
「あそこだ」
とアンソニー様が声を弾ませる。
「さすが。モリス。何もかも用意周到ね」
草むらで待っていた艶々した毛並みの黒馬はとても優しい瞳をしていた。
「久しぶりだな。ポリス」
アンソニー様は喜しそうに目を細めポリスの背中を撫でると、片足で地面をけり上げ軽々と馬の背に乗る。
「貴方は魔法で飛びのれ」
「意地悪ね。
私が魔力を失っている事を知っててそんな事を言うなんて」
「貴方が魔力を失っている?」
「そうよ。
失ったものは魔力だけじゃない。
お父様も婚約者もフィフィ伯爵家まで、ネーネ母娘に奪われてしまった。
きっと私はピーターが言うように神様に見捨てられたハズレ令嬢なんだわ。
どうせ私なんか、どんなに頑張っても一生幸せになれないのよ」
話しているうちに感情が高ぶり、不覚にもポロポロ涙をこぼしてしまう。
「おい。自分の不幸に酔うのはやめろ!
貴方はただ言いなりになっているだけで何も頑張っていないだろ。
なのに決めつけな」
「貴方なんかに私の気持はわからないわ!」
「ああ。俺は弱虫の気持なんかわからない。
けど両親を失ったのは俺も同じだ。
母親が他の男と逃げて、そのショックで父親がピストル自殺。
どうだ。笑えるだろ」
「そんな……笑えるわけない……」
あまりに痛ましい過去を聞いた私は押し黙った。
いくら最強公爵家といっても、彼の両親の起こした事件は酷すぎる。
ハイランド家を快く思わない貴族達は永遠にその件を持ち出して、アンソニー様を貶めようとするだろう。
アンソニー様が滅多に社交界に顔をださないのはそういう事だったのね。
「憐れむような顔で俺を見るな。
お前と違って俺にはプライドがあるんだ」
「確かに貴方は私なんかとは違うわね」
「その『私なんか』というのもやめろ。
過剰な卑下を聞くと不快になる」
「卑下なんかじゃないわ。
ただ事実を言っているだけよ」
「嘘だ。
貴方は強力な魔力を持っているじゃないか。
その証拠にさっき魔法で俺を吹っ飛ばしただろう」
「あれは魔法じゃないわ。
ただの偶然よ」
「違う。
ただの突風が俺の魔法まで破れるわけない。
貴方の身体にはまだ魔力が宿っている。
それを使えないのは貴方の気持ちの問題だろう」
「私の気持ち?」
「ああ。大事なモノを奪われても、何もしないであきらめている弱い心のせいだ。
きっと貴方の両親も弱虫だったんだ。
だから今、フィフィ伯爵家がネーネのいいようにされているんだ」
アンソニー様は嘲笑うような目を私にむけた。
それはかつてネーネ、マリン、ピーターからうけた目差しとまるで同じだ。
「許さない」
私はグイと顎を上げる。
「なんだその目は」
「私はともかく、お父様とお母様の事まで悪く言うのは許さないわ」
「悪口じゃない。
俺はただ事実を言っているだけだ。
フィフィ伯爵家は代々馬鹿の腰抜けばかりだ、ってな」
もうこれ以上我慢できなかった。
激しい怒りが身体に満ち溢れたと同時に、
「アンソニー、私の前から消えて!」
とありったけの声で叫んだ。
とたんに私の身体がウワリと空中に浮かび上がり、邸も木々も吹き飛ばしそうな強風が吹きすさぶ。
「ちゃんと見ろ。これが貴方の魔法だ」
いななくポリスの首にしがみつきながら、アンソニー様が私を見上げた。
「それはどういう意味なの?」
と視線を落とすと、不思議な事に突風が起きているのはアンソニー様の周りだけだ。
これは風魔法だわ。
「わかったら下りてこい」
「これを見せる為にわざと怒らせたのね。なのに私ったら……ごめんなさい」
私の怒気がおさまると同時に暴風もおさまった。
「アンソニー。ありがとう」
私は素直にポリスの背にのる。
「貴方は凄い魔法の使い手だ。
だから二度と『私なんか』と言うな」
アンソニー様が、大きな手でヨシヨシと私の頭を何回もなでた。
アンソニー様はぶっきらぼうで一見怖いけれど、本当はとても心の優しい人なのかもしれない。
「わかったわ」
気がつけば、アンソニー様の広くて厚い胸に顔をうずめて泣いていた。
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