12.君の名は
――私はまた、夢を見ていました。
夢の中の私は今よりもずっと背が低くて、守司本家のお屋敷も、庭も、木々も、何もかもを大きく感じていました。
目の前では、私の手を引く男の子の後頭部が揺れています。
迷子になった私の手を引いて、両親のいる場所まで案内してくれたあの子。
名前も顔も思い出せない、思い出のあの人。
今すぐ振り向いて、その顔をはっきり見せてほしいのに、夢の中の私は声をかけることができずに……。
そうして、そのまま目覚めるのです。
***
五月の大連休も終わって、いつもの朝がやってきました。
おじいちゃん、お父さん、お母さん、蓮治くんに翔くん、道輝くん、景くん、そして私。
八人で囲む食卓にもすっかり慣れっこです。
今朝のごはんは、甘い炒り卵、ぜんまいと油揚げの煮物、ししゃも、しょう油漬けたくあん、あおさのおみそ汁に白米でした。
守司本家では、基本的に和食が多いみたいですね。
でも、それは朝ご飯の場合で、晩ごはんにはハンバーグやカレーが出ることもあります。
どれも、お妙さんたち女中さん方が腕によりをかけて作ってくださったもので、とってもおいしいです。
お父さんとお母さんも、たまにお手伝いしているそうで……その内、お店の看板メニューだった「太陽ラーメン」が出てくるかも?
そんなことをぼんやりと考えながら、何とはなしに四人の男の子たちのことを盗み見します。
不器用で不機嫌そうだけど、実は面倒見のいい蓮治くん。
みんなのお兄さん役である翔くん。
いつも元気だけど、時々ドキっとすることを言う道輝くん。
天使のようにかわいいけれど、ちょっと小悪魔なところがある景くん。
まだ、出会ってようやく一か月経つか経たないかくらいですが、そこそこ仲良くなれたと思います。
でも……まだ、誰があの「思い出の男の子」なのかは、分かりません。
雰囲気が一番似ているのは蓮治くんなのですが、なにせ幼稚園に入る前のことです。
性格も見た目も、今とはまったく違っていても、不思議ではないのです。
確実なのは、本人たちに直接訊いてみることなのですが……怖くて訊けていません。
あちらが覚えていればいいのですが、もし誰も覚えていなかったら? そう思うと、怖くて訊けないのです。
そもそも、私もこのお屋敷に来るまで、すっかり忘れていたことですし。
思い出は思い出のまま、大切にしておいた方がいいのかも?
「玲那っち、食べないの?」
「えっ?」
道輝くんに言われて、ようやく気が付きました。
私のお皿は、まだ半分くらいしか減っていません。もうそろそろ、出かける準備をした方がいいお時間なのに!
「わわっ!? い、急いで食べます~!」
「あはは、急いで食べるとのどにつまらせるよ? ――それに、さ」
道輝くんが飲んでいたお茶を置いてから、こう言いました。
「まだ時間はあるんだから、あせらず急がず、着実に、な?」
それははたして、ごはんのことを言ったのか、それとも別のことを言ったのか。
道輝くんはただ、いつものように元気な笑顔を浮かべるだけでした。
***
登校中も、私は「思い出の男の子」のことを考えていました。
つい最近まで忘れていたのに、あの男の子のことを考えると、どうしてこうも私の心は揺れ動くのでしょうか?
もしや、あれが私の「初恋」というものだったのでしょうか。
「おい玲那。ちゃんと前見て歩け。危ねぇぞ」
「あ、はい!」
どうやら、またぼーっとしていたのか、蓮治くんに叱られてしまいました。
いけないいけない。しっかりしなければ!
――そんなことを考えていると。
「蓮治くんさあ。そんなに玲那ちゃんのことが心配なんだったら、手を繋いで登校すればいいのに~」
「は、はぁ!? 景、お前なに言ってんだよ!」
景くんがなにかとんでもないことを言い出しました!
仲良くおててを繋いで登校だなんて、それではまるで……まるで付き合っているみたいじゃないですか!?
「は、はわわっ!? そ、そんな、蓮治くんと手を繋いで登校だなんておそれ多いです!」
「お、おそれ多い……? 玲那、お前もなに言っちゃってるんだ」
「わ、私は一人でも大丈夫ですヨ? ほら、ちゃんと前を見て歩いて――」
などと、強がって歩き出した瞬間、「あっ」となりました。
靴のつま先が歩道につっかかって、体のバランスが大きく崩れたのです。
(あ、これは転びます)
そう悟った私は、来るべき地面との衝突に備えて、ぎゅっと目をつぶりました。ですが、その時。
『あぶない!』
四つの温かい手が私に差し伸べられて、体を支えてくれたのです!
言うまでもなく、皆さんの手でした。
「玲那、お前言ったそばから……大丈夫か?」
「そういえば、朝食の時も少し様子がおかしかったな。大事ないか? 玲那くん」
「玲那ちゃん~! 調子悪いの? 学校着いたら保健室行く?」
「ギリギリセーフだったね、玲那っち」
四人がそれぞれ、優しい言葉をかけてくれます。
それぞれの手が触れたところが、じんわり温かくてとても心地がいいです。
「四人とも、ありがとうございます。もっと気を付けますね」
私が精一杯の笑顔と共に、お礼を言ったその瞬間でした。
『――まったく、子どもの頃と同じで、手間のかかるヤツだな』
そんな、誰かの声が頭の中に響いたのです。
耳を通してではなく、頭の中に、直接聞こえてきました。
普段の皆さんとは違う、強いエコーがかかったような声だったので、誰の声かは分かりませんでしたが……。
これは、まさか「精神感応」?
いいえ、でもでも。同じ能力は一時代に一人しか持たないはず。
道輝くんが「精神感応」の能力を持っている以上、私に発現するはずがありません。
でも、そういえば先日も同じようなことがありました。
翔くんが私の体に触れていた時、まるで「透視」の能力が目覚めたような光景が見えたことが。
そうこうしている間に、四人の手が離れ、ぬくもりが消えています。
もう「心の声」は何も聞こえません。
「おい、玲那。大丈夫か? 足でもひねったんじゃないだろうな」
「……いえ、大丈夫ですよ蓮治くん。行きましょう」
今度こそしっかりした足どりで、私は歩き始めました。
考えるべきことは多いですが、まずは無事に学校に辿り着かねば……!
結局、その日は無事に学校へ辿り着くことができました。
でも、考えるべきことがたくさんあります。
「思い出の男の子」は誰なのか?
翔くんや道輝くんの能力が、一瞬だけでも私に発現したのは何故か?
それからそれから、「お婿さん候補」の件はどうすればいいのか?
一つずつ、考えていかなければなりません。さしあたっては――。
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