11.景くんは天使で小悪魔
五月の大連休も終わりに近づいてきました。
連休中、守司本家のお屋敷はやけに人が少なくて、ちょっと寂しい感じでした。
おじいちゃんも私の両親も、いつも通りお仕事に行っています。
道輝くんは毎日陸上部の練習に行っていましたし、蓮治くんもどこかへ出かけていました。
女中さんたちもほとんどお休みなので、屋敷に私、翔くん、お妙さんだけ、という日も珍しくありませんでした。
一方、そんな中で景くんも連日おでかけで――。
「たっだいま~! あ~つかれた~」
いつもは夕方くらいに帰ってきていたのが、今日はお昼過ぎに帰ってきました。
居間で勉強していた私と翔くんのところへやってくると、景くんはドカッと畳に座り込んでしまいました。大変おつかれのようです。
「お帰りなさい、景くん。今朝までずっとお出かけでしたけど、部活動か何かですか?」
「ううん? デートだよ?」
「へぇ、デートですか~。いいですね~……って、デート!?」
予想外の言葉に、反応が少し遅れてしまいました!
確かに、私の同級生でも小学生の間に彼氏彼女がいる人はいましたが……景くんは、実年齢よりも幼く見える、天使のような男の子です。
そんな人が、連日デートに出かけているとは……衝撃です。
「景くん、お付き合いしている方がいたのですね」
「ええ~? つきあってはないよ~?」
「えっ。でも今、デートって……」
「うん。連休前にたっくさんさそわれたから。おとといは、同じクラスのマリンちゃんとミアちゃんでしょ? 昨日はイツキおねえさんとサラおねえさんで、今日は――」
「ちょ、ちょっとお待ちを!? お相手は、お一人ではないのですか?」
「ええ~? なんで~?」
「なんでって、それは、その……」
何人もの方と同時期にデートする。それは二股というやつではないのでしょうか?
……いえ、この場合は五股? もうわけが分かりません。
「無駄だよ玲那くん。景に普通の感性を求めるのは、無理だ」
私がとまどっていると、傍らの翔くんがボソッとそんなことを言いました。
いかにも「慣れている」といった感じで、目線すら上げません。
「ええ~? やめてよ翔くん、ボクがふつーじゃないみたいな言い方」
「実際、普通じゃないだろう」
「翔くんだって女の子にいっぱい告白されて、デートとかも行ってるじゃない」
「……あれは、先方がどうしてもというから、お試しで行っていただけだ。それに、お前のように同時期に複数人と、なんてこともしてないし、最近は全部断っている」
翔くんにしては珍しく、とても不機嫌そうです。
……でも、やっぱり皆さんモテるんですね。ちょっと複雑な気持ちです。
「景。守司本家の婿になる話を抜きにしても、いい加減そういうことはやめて、もう少し一人一人と真剣に向き合ったらどうだ」
「ボク、いつだって真剣だよ? それに、さ。色んな人と一緒にいると、『あ、ボクって今ここにいるんだな~』って気持ちになれるし~」
「むっ……」
……何故でしょう? 突然、翔くんが真剣な顔をして黙ってしまいました。
それに、景くんの今の言葉。「今ここにいるという気持ちになれる」とは、どういう意味でしょうか?
何かとても、大切なことを言っているように思えます。
すると――。
「玲那くん。今の景の言葉が気になるのか?」
「えっ? あ……はい」
また分かりやすい顔をしていたのか、翔くんにそんなことを言われてしまいました。
どうも私は、考えていることが顔に出やすいみたいです。
「景。玲那くんになら、話してもいいか?」
「え、いいよいいよ~。ボクから話すのもめんどいし~」
スマホをいじりながら顔も上げずに、手の平でひらひらと返事をする景くん。その姿に大きなため息をついてから、翔くんが私に向き直りました。
「玲那くん、僕と景の能力は知っているな? 僕は『透視』で、景は『千里眼』。どちらも似て非なる能力だが、大きな共通点がある。分かるか?」
「ええと……視覚に関係する能力、ですか?」
「そうだ。僕も景も、能力を使っている間は、他人と全く違う景色を見ているんだ。……先日話した、能力の訓練の話は覚えているか?」
「はい。訓練していないと、精度が落ちたり暴発したりするんですよね?」
つい先日、翔くんから聞いた話を思い出します。
能力は普段から使う訓練をしておかないと、思わぬ時に発動して危険なことがあるのだと。
――もし、壁も信号も、道行く人さえも所々透けて見える世界を歩けと言われたら、私は安全に歩く自信がありません。
「僕らの能力は、思春期に差し掛かった時に自然に覚醒した。だが、誰しもが能力を、初めから上手く使えたわけじゃないんだ」
翔くんが景くんのことをチラリと見ました。
でも、景くんはスマホに夢中で、こちらの話を聞いているのやらいないのやら、です。
「想像してみてほしい。十歳かそこらの子どもが、突然なにもかも透けて見える世界に放り込まれた光景を。自分自身の姿が、まるで第三者が眺めているかのような角度で見えてしまう世界を」
「それは……」
私には、想像することしかできません。
でも、これだけは分かります。それはきっと、とても頼りなく、不確かな世界だと。
手では触れられるのに、透けて見えてしまう世界。
確かに自分の体なのに、その姿を第三者視点でしか見られなくなってしまった世界。
それはなんて――孤独で危うい世界でしょうか?
「僕はまだしも、景が能力をコントロールできるようになったのは、最近だ。こいつはその間、自分の視点があいまいな世界に生きていたんだ。だから、自分の体が自分の物じゃない、みたいな感覚にいまだにとらわれることがあるんだ――僕でさえぞっとするような、危うい世界だよ」
気付けば、私は立ち上がって、いまだスマホに夢中な景くんの後ろに膝立ちになると、その小さな体を抱きしめていました。
「わっ!? ちょっと、玲那ちゃん?」
「大丈夫ですよ」
「えっ?」
「大丈夫です。景くんは確かに、ここにいますからね」
「玲那ちゃん……」
小さい、私よりも一回り小さい体をぎゅっと抱きしめます。
何か深い考えがあったわけではありません。そうした方がいいと思ったのです。
「えへ、あったかいや、玲那ちゃんの体」
体に回した私の手に、景くんの小さな手がそっと触れました。
その手はとても温かくて、私は――。
「あー、玲那くん。忘れてるかもしれないが、景は君のたかだか一歳下だぞ」
「はっ!?」
そ、そうでした! 小さくて童顔だから忘れがちですが、景くんはもう小六でした!
歳の近い男の子のことをぎゅっと抱きしめるなんて、大胆過ぎます、私!
真っ赤になりながら、慌てて体を離しました。うう、なんて恥ずかしい……。
――そんな私をよそに、景くんは。
「えへへ、玲那ちゃんにハグしてもらっちゃった! 翔くん、どう? うらやましい?」
なんてことを言っています!
「玲那くん」
「は、はい」
大きくため息をつきながら、翔くんが言いました。
「景はこう見えて中身は結構大人だから、そのつもりで接するように」
「はい……」
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