10.翔くんはちょっと意地悪
早くも五月の大連休になりました。
守司本家に引っ越してもうすぐ半月が経ちますが、まだまだ慣れないことだらけです。
さて、大連休といえば遊びの予定がいっぱい……だったはずなのですが、よっちゃんもあっちゃんも急な予定が入ってしまって、一緒には遊べなくなりました。
仕方なく、お妙さんに教えてもらいながら屋敷の中のあれこれを勉強することにしました。
ここは誰の部屋で、あれは何に使う部屋で……中には「絶対に入ってはいけない部屋」なんてものもありました!
一体何の部屋なのでしょう? 気になります。
――それはさておき。
お台所の使い方も教えてもらったので、その内お料理やお菓子作りもやりたいと思います。
おじいちゃんや蓮治くんたちは、「おいしい」と言ってくれるでしょうか? 今からドキドキです。
他にもお勉強をしたり、引っ越した時から段ボールに入れたままだった荷物を整理したり。そこそこ忙しく大連休は過ぎていきました。
そんなある日のことです。
「あれ? 翔くん……?」
中庭の見える縁側に通りかかった時、翔くんがメガネを外したまま例の庭石をじっと見つめているのに気付きました。蓮治くんが「念動力」で浮かせた、あの庭石です。
メガネを外しているということは、「透視」の能力を使っているのでしょうか?
「翔くん、何をしているのですか?」
「……玲那くんか」
私の声に、翔くんはきちんとメガネをかけ直してから振り向きました。
確か、あのメガネのは能力のオン・オフの為にかけている伊達だと言っていました。万が一にも私の服が透けて見えてしまわないように、気をつかってくれたみたいです。
「能力の訓練をしていたんだ」
「訓練、ですか?」
「ああ。スポーツや楽器の演奏と同じさ。意識して、毎日使っていないと、精度が落ちる。暴発することもあるからな」
「ぼ、暴発!?」
「もし仮に、自転車で走っている時、気付かぬまま『透視』が発動したら、どうなる?」
「それは……危ないですね」
翔くんの能力は、色々な物が透けて見えるものです。もし、街中の色々なものが透けた状態で自転車を走らせたら……想像するだけで恐ろしいです。
「僕の場合、このメガネをかけていれば能力は発動しない。が、不意にメガネがズレてしまうこともあるからな。念の為、だ」
「なるほどです」
「超能力」は、もっと思い通りに操れるものと思い込んでいました。使いこなすには日々の練習が必要なのですね!
けれど同時に、ある疑問が湧いてきました。
「そういえば、翔くん。皆さんの超能力は、やっぱり特訓などをして目覚めさせたのですか?」
「特訓? ……いや、そういうことはしていないな。おおむね、思春期に差し掛かる辺りに、自然に発現するようだ」
「あ、そうなんですね……」
どうやら、自然に目覚めるものみたいです。私も特訓すれば超能力が使えるかも? なんて、一瞬期待してしまったのですが。
「……もしかして、玲那くんも超能力を使いたいのか?」
「ええっ!? どうして分かったのですか? もしや、翔くんも『精神感応』をお持ちで?」
「いやいやいや。見ていれば分かるさ」
あ、あう。私、そんなに分かりやすいんでしょうか?
「それにな、玲那くん。能力は一人に一つだけだし、同じ能力の持ち主が同時代に現れることもないんだ」
「そ、そうなのですか?」
――翔くんの話によると、守司家には昔、もっと沢山の超能力者がいたそうです。
でも、その時代にも他人と同じ能力を持った人はいなかったし、複数の能力をもった人もいなかったそうです。
「理由は分からないが、どうやらそういう仕組みらしい。だが……そうだな。特訓で能力が目覚めた例も、無いわけじゃない」
「おお! じゃ、じゃあもしかして、私も目覚めたりしちゃうのでしょうか」
「そうだな……僕も詳しいわけじゃないが、少し特訓してみるかい?」
首が外れるほど私が頷いたのは、言うまでもありません。
***
翔くんに教えてもらいながら、私は特訓を始めました。
「そう。目をうっすら閉じて、ゆっくり深呼吸して……」
特訓と言っても、何か特別なことをするわけではありません。
リラックスして、精神を落ち着ける。いわゆる「瞑想」をするのです。
「庭石だけを見て……僕の手の感触は忘れて……」
庭石を薄目で見つめ続けます。肩には、後ろに立つ翔くんの手。その手のぬくもりを意識せず、自然なものとして受け入れます。
……と、言うは易しです。男の人に体を触られているのですから、どうしても気になってしまいます。
しかも翔くんはとってもイケメンさんで、私の許嫁候補なのですから、余計に。
(ダメです! 集中集中!)
雑念を振り払って、庭石に集中します。深く深く、静かに、静かに……。
すると――。
(あれ? なんだか視界がぼやけて……?)
私の視界に変化が現れました。
目に映るものすべてがぼんやりと形を失い始め、庭石の姿も揺らいでいきます。
疲れ目……? いやいや、これはそういうものではなく、なんだかすべての物が透けて――。
「うわぁ!?」
「えっ!?」
その時、後ろの翔くんが悲鳴を上げました。肩に置かれた手も離れていきます。
振り返ると、翔くんはすっかりこちらに背を向けてしまっていました。
「しょ、翔くん? 何かあったのですか?」
「いや、なんでも……。いいや、違うな。こういうことは正直に言わないと、不誠実だ」
翔くんが、ゆっくりこちらに向き直りました。メガネをかけたまま、目を閉じています。ちょっと危ないです。
「翔くん? なんで目を閉じているんですか?」
「すまない、玲那くん。実は先ほど、メガネをかけたままなのに何故か『透視』が発動して、だな……」
「ええっ!? メガネをかけている間は、発動しないのでは?」
「そのはず、なんだが。僕にも原因は分からないが、しっかり透けて見えてしまった。すまない!」
翔くんが目を閉じたまま深々と頭を下げてきます。
……ああ、なるほど。私の後ろに立っていて「透視」が発動してしまったのなら、私の服も透けて背中が見えてしまった、ということになります。
それでこんなに謝っているのですね。見れば、耳も真っ赤です。
「だ、大丈夫ですよ翔くん! 恥ずかしくない……というのは流石に嘘ですけど、私は気にしていません!」
「だ、だが……」
「大丈夫です。翔くんのこと、信用してますから! 頼りになるお兄さんだって!」
「むっ……それはそれで、なんだか納得がいかないな」
「え?」
「玲那くん。僕だって、君の許嫁候補なんだぞ?」
「うっ」
――そうなのです。ついさっき、肩に手を置かれてドキドキしていたばかりなのです。
翔くんは私の許嫁候補で、優しくてかっこいいお兄さんなのです。
そういう人に「透視」で背中を見られたら、やっぱり、とっても、恥ずかしくて頭から火が出そうです!
「ふふ、少しは恥じらってくれたかな?」
「も、もう! 翔くん、実は意地悪さんなのです!」
そんな言い合いをしている間に、翔くんの目は元に戻っていました。
一体何だったのでしょう?
それに、翔くんが悲鳴を上げる直前に私が見た、あの光景。
まるですべての物が透けて見えるような、あの感覚。あれは「透視」……?
でも、同じ能力は一時代に一人しか持たないと言いますし。謎は深まるばかりです――。
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