第15話『初任務。そして、守るということ』

 ある日、魔界ブリーダーから連絡が入った。


「モカ様に、守護獣としての初任務が発令されました。対象は、“感情波動異常区域”――人間界の都市部にて、感情の乱れが空間に影響を与えています」

 飼い主は、スマホを見ながらつぶやいた。


「……感情の乱れって、要するに“ストレス社会”ってことだよな?」

 モカは、第三形態のまま立ち上がった。


「あたしが行く。でも、お前も来い。あたしは、お前の隣でしか“守護”になれない」

 飼い主は、深く頷いた。


「……じゃあ、行こう。俺も、守るよ。お前の“居場所”を」

 向かったのは、都心の駅前。

 人々が忙しなく行き交い、スマホを見ながらため息をつき、

 誰もが“何か”を抱えていた。

 モカは、静かに歩き出した。

 その姿は、誰の目にも“犬”に見えた。

 でも、通り過ぎた人々の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。


「……なんか、癒されるな」

「かわいい……」

「ちょっとだけ、元気出たかも」

 飼い主は、モカの後ろを歩きながら思った。


「守るって、戦うことじゃないんだな。ただ、そこにいるだけで、誰かの心が変わる」

 そのとき、空間が揺れた。

 近くのビルの屋上に、黒い霧が集まっていた。


「……感情の暴走だ。誰かが、限界を超えてる」

 モカは、屋上へと跳び上がった。

 そこには、一人の青年が座り込んでいた。

 顔は伏せられ、周囲には魔界の気が漏れていた。


「……誰も、俺を見てない。俺なんて、いなくてもいい」

 モカは、静かに近づいた。

 そして、青年の隣に座った。


「あたしは、お前を見てる。お前がここにいることには、意味がある」

 青年は、顔を上げた。

 その目に、涙が浮かんでいた。


「……犬が、しゃべった?」

 飼い主が屋上に駆け上がってきた。


「うん、それ俺の犬。ちょっと変わってるけど、優しいんだ」

 青年は、しばらく黙っていた。

 そして、ぽつりとつぶやいた。


「……ありがとう」

 その瞬間、黒い霧が晴れた。

 空間の揺れが収まり、空が少しだけ青くなった。

 モカは、静かに言った。


「これが、あたしの“守護”だ」

 飼い主は、そっと笑った。


「……お前、ほんとに犬か?」

「四分の一はね」

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