第16話『象徴となる犬。そして、世界の揺らぎ』

 モカの初任務が終わった翌日。

 SNSでは「癒しの犬」「奇跡のチワワ」「感情を救う存在」として話題になっていた。

 テレビでは特集が組まれ、


 「この犬は何者なのか?」「人間の心に干渉する力とは?」と、専門家たちが議論を始めていた。

 飼い主は、スマホを見ながらため息をついた。


「……お前、完全にバズってるな」

 モカは、第三形態のまま静かに座っていた。


「あたしは、ただ隣にいただけだ。でも、世界は“意味”を求める。それが、揺らぎを生む」

 そのとき、魔界ブリーダーが再び現れた。

 表情は、いつになく硬かった。


「モカ様の存在が、“象徴化”され始めています。人々が、モカ様に“救い”を求めすぎている。それは、危険です」

 飼い主は、眉をひそめた。


「危険って、どういうことだ?」

「象徴は、崇拝される。崇拝は、依存を生む。依存は、世界のバランスを崩す」

 モカは、静かに言った。

「あたしは、神ではない。ただの犬だ。ちょっと変わっただけの」

 飼い主は、モカの隣に座った。


「じゃあ、どうすればいい?お前を隠すか?それとも、世界に“普通”として見せるか?」

 ブリーダーは、懐から一枚の札を取り出した。


【魔界提案】

 モカ様の姿を“人間界仕様”に制限。

 第三形態を封印し、見た目を完全なチワワに戻す。

 力は保持されるが、干渉は最小限に。


 飼い主は、札を見つめた。


「……お前、また“普通”に戻るのか?」

 モカは、少しだけ笑った。


「あたしが“普通”に見えるなら、世界は落ち着く。でも、お前があたしを“異質”として愛してくれるなら、それでいい」

 飼い主は、札を受け取った。

 そして、そっとモカの頭に触れた。


「……見た目が変わっても、お前はお前だ。俺の犬だ。それだけは、変わらない」

 その瞬間、札が光り、モカの姿が変化した。

 第三形態の神々しい姿は消え、

 そこには――クリーム色の、くりくりした目のチワワがいた。


「……ただいま」

 飼い主は、そっと笑った。


「おかえり、モカ」

 その夜、ニュースでは「奇跡の犬、姿消す」と報じられていた。

 でも、飼い主の隣には、変わらぬモカがいた。

 “象徴”ではなく、“家族”として。

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