第9話『帰還。そして、普通じゃない日常の始まり』

 魔界研修を終え、飼い主とモカは人間界に戻ってきた。

 玄関を開けると、見慣れた部屋がそこにあった。

 観葉植物はまだ笑っていたが、それ以外は…まあ、普通だった。


「……帰ってきたな」

 飼い主は、靴を脱ぎながらつぶやいた。

 モカは第三形態のまま、静かに部屋を見渡していた。


「空気が軽いな。魔界より、ずっと柔らかい」

「そりゃそうだろ。ここは“普通の世界”だからな」

 モカは、ソファに飛び乗った。

 その動きは、どこか優雅で、でもやっぱり“犬”だった。


「……なあ、モカ。お前、進化したけど…散歩、行くか?」

 モカは、目を細めた。


「行こう。あたしの進化は、お前との日常のためだ」

 飼い主は、リードを手に取った。

 魔界で強化されたそれは、見た目は普通の赤い紐だったが、触ると微かに震えていた。


「……これ、魔力でできてるんだよな?」

「うん。引っ張ると、時空が歪むから注意しろ」

「散歩で時空歪ませるな!!」

 公園に着くと、いつものメンバーがいた。

 柴犬のコタロウ、トイプードルのミミ、ダックスフントのジョン。

 飼い主たちは、モカを見て一瞬固まった。


「……あれ?チワワだったよね?」

「うん。ちょっと進化しただけ」

 モカは、静かに他の犬たちに近づいた。

 以前は怯えていたミミが、そっと鼻を寄せた。

 モカは、優しく応じた。


「……あれ?仲良くしてる?」

 飼い主は驚いた。

 モカは、振り返って言った。


「あたしも、少し変わった。進化は、孤独を深めるものじゃない。お前がいたから、あたしは“関わる”ことを選べた」

 飼い主は、ふっと笑った。


「……お前、ほんとに犬か?」

「四分の一はね」

 その日、公園では何も起きなかった。

 ただ、モカが他の犬とじゃれ合い、飼い主がそれを見守っていた。

 でも、空の端に、魔界の月がほんの少しだけ顔を出していた。

 飼い主は、それに気づいてつぶやいた。


「……普通って、案外いいもんだな」

 モカは、空を見上げて答えた。


「“普通”は、選ばれた奇跡だ。あたしは、それを守りたい」

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