【短編】河川捜索依頼
海の近くの河口付近で、大きな白いワニの姿になったセジュラが泳ぎ回っている。ノニはキャップを被って、黒く長めの髪はポニーテールにまとめて後ろ側から出し、足を取られない浅いところでゴミ溜まりを見つけては拾ってゴミ袋に入れている。初秋とはいえまだかなり暑い。河原には他にもゴミを拾っているボランティア達がいて、全員に事情は説明済だ。
「ノニーーーー! 何だったァ、じいさんのやつ!」
「金剛杵だ、五鈷杵のやつ! 見つけてもお前は触るなよ、バケツ渡すから掬え!」
セジュラが泳ぎながら水音の中を大声で確認して来るのを、ノニも大声で返事を返す。
ボランティアの中にいる子どもは数は少ないものの、セジュラを見てはしゃぎながらゴミ拾いをしている。ボランティアのメンバーは昔の依頼人で顔なじみではあるので、特にセジュラを気に留める様子はない。
「金剛杵って仏像が持ってるバトンみたいなやつだよね?」
同じようにキャップを被って金の髪から汗を滴らせながら、サングラスをかけたセンムがノニに尋ねて来る。ノニは「ああ」と返事をする。
「金属製だし、沈んじゃう気がするけど……ここまで流れて来るかな?」
センムの言う通りではあるのだが、少し事情はある。
神社の宮司も務めている、ノニと同業ともいえる半端な霊能者をやっている老人がいるのだが、川の上流で定期的に行う、過去の大水で建立された祠の祭事の終わりに持っていた金剛杵を川の中に落としてしまったとのことだった。
当時川は台風直後の雨で増水しており、白波のようなものが多く見失ってしまったらしいのだが、普段老人に追い祓われて苦渋を舐めている水妖が流してしまったのではないかとノニは考えている。老人もそれに同意した。
「水妖も縄張りがあるからな。川の水妖なら汽水域から海の方へは行けないだろうから、このあたりのはずなんだ。」
「ノニ、美味そうなの見つけた! 喰っていいかァ!?」
セジュラの楽しそうな声が聞こえてノニが振り返ると、川の水面からバスと同じ大きさのある黒い大蛇が跳ね上がり、水面に叩きつけられて沈む。
「そいつがモノの場所を知ってるかもしれんから、聞いて言ったら喰ってやるな!」
黒い大蛇はボランティアの面々には見えないようで、子ども達も特に怯えた様子はない。怯えているのはその大蛇と、ノニの隣にいる見えてしまって指差ししながら震えているセンムだけである。
「あれ、ノニくん、あれ、何……?」
「じいさんが定期的に祓ってた水妖だよ。まだあんまり大きくはないが。」
「あれで? あれでまだ、大きくない?」
「水妖は水とほぼ同じで大きさの限界がないからな。上流から下流まで、川と同じ大きさになると溢れて水害になる。」
「あれを退治すれば水害がなくなる?」
当然の疑問としてセンムが言うと、ノニは首を振った。
「水と同じだから集まるところにはまた集まるし、水害全てがあれのせいじゃない。戦国時代とかはあれと戦うための治水がずいぶん大変だったらしいが。」
ノニはそう言いながら川の岸に溜まったゴミを火ばさみで拾う。
「荒れた天候や人間の治水の未熟さ、何もかもあれのせいにして来た歴史はあるが、そんなに悪いモノじゃない。まあヒトや橋はよく沈めるけど。」
「結構悪いよ、それ。」
センムの言い分にノニは「うーん」と生返事をした。
「水の中にヒトを沈めて喰うのはあれだけじゃないしなあ。異界への穴もいっぱい開いてるし、ヒトだけじゃなく陸上生物は水には全然太刀打ち出来ないぞ?」
ノニの言葉に悩むような顔をしたものの、センムは納得はしたのか「そうかあ……」と返事をしてセジュラが泳いでいる方向へサングラスの中の碧の瞳を向ける。
センムは今まで見えなかった世界から、見える世界の側へ来てしまった人間だ。ノニが危惧していたよりはずっと落ち着いて受け入れてはいるのだが、人間としてのルールで物事を見てしまうのは仕方ないことだろう。
普通の人間にとって基本的に怪異は理不尽な脅威であり、勝てる可能性はほとんどない。何が起こったか分からない内に、命を含めて「何か」をただ奪われる。昔は定住しない夜盗や野生動物がそのような立ち位置で、神隠しもほとんどどちらかの仕業と言われてはいるが、統治を経てそれらの数が減っても理不尽な脅威の数は消えない。
だが人間と同じく怪異にもルールがあり、それを見極めて対処すれば脅威を避けることは可能で、それがいわゆる今の霊能者のような職業だ。
「あんまり見るなよ。基本は目を合わせないことだ。」
「あ、うん。………掃除のシステムを導入すればいいのかなあ……?」
センムの持っている肩書きや権力を駆使すれば、この川もあっという間に透明になり、人間の手作業のゴミ拾いなど必要なくなるだろう。だが研究者は嫌がるに違いない。
「そう単純でもないだろう。あまりに美しい川には魚も住めなくなるらしいからな。」
「ああ……そうか、そうだよねえ。」
そう言ってため息のようなものを吐いて、センムはゴミ探しの作業を再開するように視線を足下に向けた。
セジュラがワニの姿のままのそのそと川から上がって来て、日干しで動かないワニそのもののようにしばらく止まる。セジュラだと理解していても近付くのが躊躇われる姿で、子ども達が駆け寄って来て、少し離れた位置で止まる。
「聞けたか? バケツいるか?」
ノニが声をかけると、セジュラはカワウソのような水かきのある小動物に姿を変え、体についた緑色の水草を器用に剥がして地面に投げた。
「バケツより袋だなァ。対岸にある。」
ノニはジッパー式の大きな袋をポケットから3枚取り出して細く巻いて紐状にし、セジュラの体に巻き付けた。
「やっぱりお前のためのバッグを用意すべきか? お前すぐでかくなるからな……」
「あれだ、あれ、前に見た宙に浮いてついて来るヤツがいい。」
「いつもいつも、すぐに高いものを要求するな。」
「買おうか? うちの系列のやつだし、PRに使うためなら貰えると思うけど。」
嬉しそうな顔のセジュラと、「甘やかすな」と渋面のノニが同時にセンムを見ると、彼は苦笑して言葉を続ける。
「ベルトの伸縮性が高い防水ポーチがあるから、今度持って来るね。」
セジュラは「ちぇー」と言いながら袋を体に巻き直して水の中へ戻って行った。セジュラの体は小さいのに、また大蛇が水面から跳び上がり、そして逃げるように上流へと泳いで去って行く。
「ノニくん、そのおじいさんはどうしてあれをいちいち追い祓うの? 退治屋さんとかと繋がりはあるんでしょう?」
センムの言葉にノニは一度振り返り、そして泳いでいくセジュラの後ろ頭を見た。
「それは、わたしにセジュラを退治しろと言っているようなものだよ。お前の家だって座敷童とか龍を飼ってるじゃないか。」
そう言ってノニはふと笑い、水妖の去って行った先を見る。
「僕の家は飼ってるというか、住んでるというか……他の人に見えなければいいってこと? 人間側に利益があればいい?」
ノニはセンムの疑問に思わず声を漏らして笑い、細めた目でセンムの方へ顔を向け笑いながら言う。
「あの水妖は、じいさんが飼ってる鯉みたいなもんだ。祠の祭事も水妖と遊ぶのも、じいさんの趣味。」
センムはますます分からないという顔をする。
「相手のことが多少分かるなら、共生は出来るんだよ。遊んでやることも出来る。まあ、あまり良い趣味ではないけどな。」
そう言ってノニは近くに置いておいた水のタンクの方へ向かう。水から上がったセジュラを洗ってやらねばならないのだ。
了
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