短編(単話)

【短編】降霊会同席依頼

 日が落ちて暗くなったあたりを照らしている、大きな焚き火台の中に組まれた木材の中で揺らめく炎を半目で眺めながら、ノニは両手で頬杖をついて大きなハンモックチェアに足も体もしまいこんで座っている。髪は結ってはいるがまとめてはおらず、多少跳ねてはいるが炎を反射しながらも黒々として肩に乗っていた。

 郊外というほど都市部から離れてもいない、森の中にあるキャンプ場だ。昔は野生動物や危険な虫なども多くいたらしい暗い森の闇からは、今は生きているものの気配はない。自然の空気は感じられるものの、人工的に危険を排除した無機質な施設だ。

「ノニくん、お茶貰って来たよ。」

 低く柔らかい声音にノニが顔を上げると、炎に照らされて橙色になった金の髪が目に入る。珍しい碧の瞳も、若く青年のような美しい顔も今は同様で、炎の橙を映していた。

「センム、オレのジャーキーはァ?」

 ハンモックチェアの背もたれとノニの間からアライグマのような白い獣が、これも炎を色を反射して橙になった毛並みでごそりと顔を出し、声の相手に手を伸ばした。

「買って来たよ。隣の牧場で色々手作りしてるらしいから、お土産も買おうね。」

 そう言いながらアライグマに大きなジャーキーを手渡すと、獣は「やったー」と言いながらハンモックチェアから転がり落ちて大きな狼のような姿になり、空中に放ったジャーキーを口でキャッチしてむしゃむしゃと囓り始めた。

「セジュラ、そのでかい体をやめろ。失敗をこちらのせいにされたらどうする。」

「失敗続きだからノニが呼ばれたンだろォ? もしダメだったらオレが探して引っ張って来てやるからさァ。」

 狼はふかふかに手入れされた芝生でごろんと寝返りを打ってノニの足元に寝座りをし、歯ごたえが良いのかジャーキーを前脚で挟んでまた囓り、そのまま黙ってしまった。

「依頼は降霊会への同席だよね。成功や失敗は関係ないと思うけど……」

 そう言いながら獣にセンムと呼ばれた男は、保温性の高い蓋付きのマグをノニに渡して来る。

「成功させないといけないから、わたしを呼んだんだよ、センム。」

 ノニがマグを受け取りながら名を呼ぶと、何故か彼は照れたように目を泳がせてからノニの隣の別のチェアに浅く座った。チェアの高さはそれほど変わらないが、センムの身長、特に脚の長さが違うせいでノニとは姿勢の差が見て分かるほどに出来る。

「……名前、本当に正式に占術や神域でつけなくていいのか?」

「ずっとこの役職の方が呼ばれ慣れているし、違和感がなくていいかな。」

 ノニは頷いてマグに口をつけたが中のお茶の温度があまりにも高く、唇をすぐに離した。

 焚き火台を囲むように、今回ノニへ依頼をして来た研究者と他に学生と大人の混じった5人の人間が立っている。その横には、恐らく今回の客……否、出資者と思われる年配の女性が立っていた。

 心霊研究というものは研究分野としては狭く、ほとんどオカルト扱いなのは昔と変わらないが、心理研究分野でセラピーやショック療法として用いる研究者が稀にいるため、エンタメ以外でも細々と研究はされている。

「映画で見ただけだけど、降霊会って室内でやるものだと思っていたよ。その……小道具とか……?」

「大体詐欺だからな。」

 センムが小さな声で濁した言葉をノニがあっさり言うと、彼はきゅっと目を開いた。

「降霊は出来ないわけじゃない。ただ………」

「『誰かの霊』ってのは、まだ現世にいるかどうかわかんねェからなァ。どうしてもなら、盆、死者の日、とにかく先祖供養なんかで向こう側から現世に出て来られる時にやるしかねェんだ。」

 セジュラが半分ほどになったジャーキーから口を離してノニの言葉を続け、不意に白い猿の姿になってセンムに両手を伸ばす。センムはそれに応えてセジュラを抱き上げて膝に乗せ、ノニを見て首を傾げた。

「今回は代わりに喋る……ええと、依代? っていう人もいないみたいだけど……」

「憑依じゃなくても意思疎通が出来れば問題はないんだ。」

 そこで合点がいったのか、センムはノニの顔をまじまじと見て、ああ、と言うように頷いた。セジュラが「クッ」と小さく笑う。

「この目の状態ならセンムも見えてるぜェ?」

「……見え、てる?」

 言われた言葉に、抱いたセジュラと頬を合わせながらセンムは焚き火台の方を見つめて、また首を傾げた。

「ああいうモノは人が多い方が紛れやすいから、こういう人気のないところよりは都心の雑踏、祭やパーティーが好きなんだ。その代わりが、あれだよ。」

 ノニがセンムの鼻先に指を持って行き、そのまま炎がチラチラ揺れて立つ者の影が何重にもなっている地面へ指先を向ける、揺れる影は人の形をしているが、立っている人数よりは確実に多い。だがそれは揺れる炎によって増えているように見えるだけだ。

「思わせぶりな話でからかわないでよ。」

 センムは少年のようなむすっとした表情でノニを見たが、セジュラをぎゅっとぬいぐるみのように抱き直す。異界からの干渉として体内時間の狂いがあることは理解しているが、三十手前でこの様子は果たして魅力として映るのかをノニは考えた。だがそこで、この男はそれ以外の持てるものが全てを覆うのだということを思い出し、ふと目を細めて笑う。

「そうだぜェ、ノニ。4人しか増えてねェだろ。」

「えっ」

 セジュラがぽそりと言った言葉に、センムが視線をばっと焚き火台の周辺に戻し、そしてもう一度ノニの方を見る。

 ノニはマグを持ったまま、また半眼になって焚き火台の方を見つめた。

「そうなんだよ。さっきからどの人を呼びたかったのかなあ、とか、他3人は何で来たのかなあ、とか考えてるんだけど。全員無関係だったらどうしよう?」

「だってまだ何もしてないのに、もういるの!?」

「先祖供養の時期は降霊会なんかしなくても、何かそこらへんに大勢いるからなァ。」

 ノニはマグに再び唇をつけるが、保温マグのためか中のお茶は全く温度が下がっておらず、しょんぼりとまた口を離す。

 呼び出す霊の事前情報があると偽物と思われるというありがちな理由で、ノニは名前や性別すら聞いてはいない。正直なところ、人工物ばかりの施設で3人程度の少人数でやるとのことだったので、これほど難航すると想像していなかったノニはそれをうっかり承諾してしまっていた。

「あっ、ひょっとして僕を守るためにセジュラくんは抱っこさせたの?」

「あーそうそう、オレを抱っこすると御利益があるから覚えとけよな、センム。」

 二つあるキャンプチェアの周りには事前にノニが簡易結界を作ったので、セジュラがセンムの膝に乗っているのには特に意味はないのだが、その会話に構っている暇はない。

 これ以上時間をかけると、もっと増えそうでノニは困っている。

最終的には人間側に状況を正直に話すか、簡易結界で心霊側を全員閉じ込めてセジュラと尋問していくしかない。だが本当に人間の霊なのか、そのへんの妖怪のイタズラ化けなのではないか、そのあたりも考えなくてはならない。

「ナメてたなー、ハロウィーンを。」

 この仕事が終わったらしばらく行方を眩ますか、稼ぎ時として仕事に尽力するか、ノニはやっと何とか口に含める温度になったお茶を啜りながら考えている。



 了

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