【短編】廃校舎調査依頼

 学校というものは、どうしても光と闇の思いが入り交じる。生徒が下校し終わった校舎ほど不気味なものはない。廃校舎ともなれば、生徒達が日中向けるイメージによって色々なものが溜まるのは仕方ない。

 今回の依頼で一応話は聞いてみたが、「自殺した子の幽霊が出る」「戦時中に死んだ人が出る」という、ずいぶんと古いイメージからの噂話が多い。廃校舎とはいえコンクリート造りの建物であり、統廃合を繰り返してここが学校となってから三十余年、自殺者は一度も出ていなければ、近年から最後の戦時下で何かがあった記録もなく、全てフィクション作品からのイメージでしかないのだ。だが実際に取り壊し業者には怪我人が出ていて、何かしら要因はあるのかもしれない。

 夜に教師を残業させて見回るのは怪異の相手が面倒なことに加え、労働法的に問題もあるので、部活動のみが行われている週末にノニは廃校舎の調査にやって来た。

 ノニはいつものように黒髪を後頭部にまとめ上げ、セジュラは猫のような姿で肩に乗っている。センムは金の髪に碧の瞳を特に隠すこともなく、服装もジャケットを着ていたが特に教師に正体はばれてはいない。だが付き添いの教師……恐らく教頭も、廃校舎に入りたくないのか入口で待つと言って別れていた。

「実際何もなくても、僕も学校に怪談話は豊富だと思うな。」

「お前、こんな学校来たことないだろ。設備も制度も最先端のところで幼稚園から大学まで行ったはずだぞ。」

 センムの言葉にノニがそう言うと、彼は「……はい、そうです」と返事をして少し残念そうな顔になった。

「でもフィクションも多いし、『学校に幽霊が出る』ってパブリックイメージじゃないかな。」

「まあ、学校に幽霊はいねえわなァ。」

 セジュラがノニの髪に頭をすり寄せながら言い、ノニは「やめろ」と制止する。センムが首を傾げると、セジュラは「クッ」と笑う。

「弱っちーい魂がちょろちょろしてんのはなァ、オレ達みたいなのにとっちゃビュッフェ最高!てなとこ。」

 センムが一瞬怯えた顔をして眉を寄せてセジュラを見る。ノニはため息を吐いて首を振り、セジュラを擁護する。

「こんなことを言っているが、セジュラは幽霊や魂は食べない。……でも、言ってることは本当だ。古い学校であれば人間が病んでしまうような陰気を振り撒きながら、口を開けて待っているヤツもいる。」

「学校だけじゃねェけどな。昔は数が多くて全部にやべえのがいたワケじゃねェけど、これだけ数が減りゃあ、まあ取り合いだろうなァ……」

 セジュラはそう言いながらノニの肩から床にトンと音を立てて下り、床や壁のにおいを確かめるように歩き回った。猫の姿なのに犬のように動き回る。

「セジュラ、でかくなってもいいぞ。」

「ん~? センム怖がってない?」

 ぺらぺらお喋りするので失言は多いのだが、実際のところセジュラはノニよりも気遣いをするし面倒見も良い。センムはセジュラを見て頷き、静かな声音で返事をする。

「……そうだね、セジュラは怖くはないよ。」

「そお? でもこの廊下、石がツルツルで肉球滑りそうだなァ。」

 ノニが片腕を差し伸べると、体の長いオコジョのような小動物になったセジュラがちょろちょろとそこを登ってノニの肩に戻り、また猫に似た姿になる。

 ノニは首をぐるりと回して周辺に視線を投げるが、顔をしかめて首を傾げた。

「何もいないな。」

「いねえなァ。」

 同時にそう言うと、ノニはジャケットを開いて中につけていた細かい収納付きのレザーベストから細長い箱を取り出した。箱には見事なガシャドクロが彫り込まれている。

「ノニくんその服めちゃくちゃかっこいい! お兄さんが作ったの!? 僕も欲しい!」

「作業着でいいだろ。」

 センムが急に目を輝かせて食いついて来るのを適当にあしらいながら、ノニは箱から同じく雁首にガシャドクロの彫り込まれた煙管を取り出してセジュラに咥えさせ、箱をしまって別のポケットから革製の刻み煙草入れを取り出す。中から煙草をつまんでセジュラの持つ煙管の先の火皿に詰めると、セジュラが優雅に床に下りて猿の姿になる。セジュラが刻み煙草に指を当てると、じわっと煙が上り始めた。

「セジュラ。すごく面倒なんだが。」

「やだァ、オレこの煙管じゃないともう煙草吸わなァい。」

 ノニは顔を歪めて歯を見せてセジュラを威嚇してから、周辺のにおいを確かめる。

「前に僕の生き霊を剥がした煙草だね。」

 センムはそう言いながら、ノニのレザーベストを見ている。ノニは呆れた顔でセンムを見ながらレザーベストを指差した。

「ジャケットの下に着られる寸法採寸と必要な皮革の調達、退魔の祈祷もあるから制作はだいぶ時間がかかるぞ。」

「やった、お願いします。」

 ねだり方がセジュラに似てきたなこいつ、と思いながらノニは煙草の煙の隙間から不意に探していたにおいを見つけた。

「………おっちゃんの依頼内容なんだったけェ?」

「『ハンマーが飛び上がって顔面を殴りつけて来て逃げた、教頭も生徒も幽霊がいると言う、絶対幽霊!! どうにかしてくれ。』……センム、前に言ってた新発売の宙を浮いてついてくるバッグ、改造してハンマーとかにも使えそう?」

 急に話を振られて驚いた顔をしてから、センムは頷いた。

「技術自体は別の会社のライセンスで、一般流通はあのバッグが初めてだけど、昔から重量のある荷物を運ぶのにも使ってて付け替えは利く……はず………えっ、あっ? 犯人は人間なの?」

 最後に声をひそめながらセンムが尋ねると、ノニは鼻と口を押さえた。

「煙草で他を排除するとすごいぞ、奥の五感の嗅覚で感じる屍臭は。」

 そう、この廃校舎に幽霊はいない。ただあるのは、骨になった人間の肉体だ。

 それも恐らく一人ではない。

「これケーサツだなァ。取り壊しが決まっちまって困ったンだろなァ。」

「わたしはこのままあの教頭に会うのが怖いな。人を殺せば屍臭は生涯消えない。」

「えっ、推理フィクションの探偵とか警察いらないの?」

 ノニは落ち着いている……というよりは、この場面でさえどこかポカンとした反応をするこの男が時々心配になるのだが、肩書きや立場を考えると、恐らく見た目以上に、そしてノニが想像する以上の修羅場を幼少期からくぐっているのかもしれない。

「そう単純じゃない。推理フィクションによくある遠隔トリックではここまでの屍臭はしないし、わたしは証拠も提示出来ないからな。」

 センムは「そっかあ」と返事をすると、途端に何かに気付いたように慌て始める。

「そうだ、警察に関わったらマカリに迷惑かけちゃう。どうしよう?」

「警察もメンツがあるから、通報じゃなくて知り合いに話を通しておくよ。今日は引き上げよう。」

 ノニはそう言うと、セジュラを抱き上げる。

「灰を落とすなよ。」

 いつもの調子でノニが呟くと、セジュラは「クッ」と笑って耳元で囁く。

「そんなに怖いかァ、ヒトの道から外れたかもしれない人間を、その奥の五感が鋭利になっちまった目で見るのが?」

「うるさい。」

 セジュラを抱え直し、ノニは屍臭が漂う廃校舎の廊下を歩き始めた。



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