第七話 『児童労働は当たり前』


 カーヴァン村に来てから、凡そ一週間。

 雲一つない空から差し込む日光の下、作業員姿の女性から手渡された、この汚れた鞄を肩に下げ、村の奥に進んでいく。

 歩みを進める先に見えるのは、なだらかな勾配の坂道の先の、穴のように窪んだ土地。

 その一番下の階層の岩壁に開けられているであろう大きな坑道が、この鞄の届け先だった。

 なんでも、この鞄の中にはS型エネルギー出力筒なる、掘削機械の動力源の装置が入っているのだとか。


 そんな訳で、この鞄を坑道の中にある補給物資の集積場に積み上げる仕事が、今日の私の仕事だ。

 孤児院で勉強もしているが、この村に来てからというもの、スキルを得た子供は労働にも駆り出されている。

 一応だが少なくない賃金も発生するので、やる気の維持はできている物の、こんな子供の体で労働するという今の環境が、前世の私の価値観に合致してくれない。

 十二歳で成人するこの世界には、労働基準法は無いみたいだ。

 今世は女の子の私ですら、こんな労働を強いられる世界。

 男の子として生まれていたら、いったいどんな重労働を強いられていたのやら。

 

 村の中を歩き続け、坑道のエリアに入る。

 坂道を下り、穴の一番下まで来ると、入り口の横に山積みされた安全帽を一つ手に取り、被った。

 そして岩壁に空く大きな坑道の入り口に足を踏み入れると、そこは明るい照明が照らす岩肌の世界。


 奥へ奥へと続く岩のアーチの一本道を進み続け、やがて広々とした空間に出た。

 掘り出した鉱石が木箱に収められ、中央で山積みになっている。

 そんな場所の隅にあるのは、様々な物品が並べられている場所。

 壁に掛けられた看板には『支給品エリア』と書かれていた。


 何かの交換部品やらライトやらライトの電球やら、そんな消耗品が沢山置かれた支給品エリアに行き、肩に掛けた鞄を開いて中の物を取り出す。

 手に持ったのは、円筒の形をした黄色の装置。

 S型エネルギー出力筒という、この世界の魔力で動く装置に魔力を流す為のバッテリーらしい。

 それを指定の場所にポンポンポンと取り出しては置いていく。

 全部が置き終わり、その場を後にする時に、この支給品エリアに来たであろう男性に後ろから声をかけられた。


「おおっ、レミフィリアちゃんか。配達お疲れさん。まだ若いっていうのに、こんな大人顔負けの仕事を任されるなんて凄いねぇ」


 その言葉に振り向くと、居たのはゴツい筋肉の中年男性。

 確か孤児院の近くに住んでいるご近所さんだっけ。


「こんにちは! お仕事お疲れ様です! いやぁー何故か大人の人からの信頼が厚いんですよねー私」


 私の返答に、ゴツい筋肉の中年男性は笑って言う。


「がははっ、そうかそうか! レミフィリアちゃんは明るく元気なのに、何処か大人の雰囲気がもうあるからねぇ! これからも頼りにしているよ!」


 そう言うとゴツい筋肉の中年男性は支給品エリアの棚からS型エネルギー出力筒を一つ手に取り、去っていく。

 まあ、実質大人みたいな感じだからね私。

 そらぁ大人の雰囲気ぐらいは漏れてしまうさ。

 転生者って、そういうもんだもんな。


 坑道の奥へ消えていくゴツい筋肉の中年男性を見送った後、来た道を引き返して坑道の出口へ向かう。

 スタスタと来た道を戻り、外へ出た。

 うん、空気がうまい。

 この照り付ける感じの太陽こそ、外に出たって感じがするよ。


 それから坑道から続く坂道を上り、一番上まで来て振り向いた。

 窪んだ地形の一番底の壁に開く、坑道の入り口と、その近くで運搬作業をしている複数人の人たち。

 そんな光景から顔を上げる。


 遥か彼方の地平線の、その向こう。

 きっと遠くと思しき場所の、その先に、世界を分断しているのかと疑う程の、大きな霧の壁が立ちはだかっていた。

 何処までも天高くに続く巨大な霧の壁。

 それが視界の端から視界の端まで、ずっと遠くまで続いている。

 そんな景色を眺めていると、つい呟いてしまう。


「これが世界の壁か……」


 そう。

 この光景こそが、この世界の最南端である事を示す、明確な世界の壁なのだ。

 平面世界であるから、世界の端には壁がある。


 そらそうだ。

 平面である限りは、必ず何処かに限りがあるのは当然。

 無限に続く世界は、基本的に球体でしか起こりえない。

 そう考えると、元の世界の宇宙にも、きっとこんな感じの壁が存在するんだろうなぁ。

 まあ、いまじゃあ、私もこの世界の住人だ。

 前世の世界を考えても仕方ないが、それでも宇宙というのはロマンだよ。


 そんな感じで世界の壁を眺めていると、ふと低音が響き始めた。

 小さく、されど体感できる低音が、確かに私の体を揺さぶる。 


ズン…… ズン……


 その低音を聞き、反対側の空を見る。

 周囲の鳥が騒ぎだし、人々がその場に立ち止まって辺りを見回している光景に、つい言ってしまう。


「ああ、またか」


 つい呟いてしまった言葉の先に、それは現れた。

 ウェーブかかった桃色のロングヘアを靡かせ、暇そうに桃色の瞳で周囲を見渡している、特盛の爆乳を揺らして歩く、その超巨大な絶世の女神様。

 きっと足元では一歩で百億単位の人々が踏み潰されているであろう事は容易に想像がつく、圧倒的な大きさ。

 そんな超巨大な絶世の美女が、こちらに歩いてくるのだ。


ズゥウウウウン! ズゥウウウウン!


 足音は大きくなり周囲が揺れる。

 そんな圧倒的な女神様と、少し目が合ったような気がした。

 すると超巨大な女神様は進路を変え、私が居る場所を迂回して進んでいく。

 話には聞いていたけど、本当に私が居る場所を知っているみたいだ。


 そうして超巨大な女神様はそのまま、私から見て坑道がある方角、世界を隔てる霧の壁へ入っていった。

 女神様の姿が霧に隠れる。

 そして次の瞬間それは起こった。


 世界を隔てる霧が、女神様を中心に、一斉にブワリと晴れたのだ。

 現れた新たな空間の奥には、後退した世界の壁が見える。

 この光景こそ、この村に来てから何度も見た景色。

 女神様が行う世界の拡張。

 今この瞬間、世界の端が、また一段広がった瞬間だった。


 礼拝の時間に私は将来の女神様になる為の勉強をしているが、そこで聞いた話だと、一度の拡張で凡そ大陸群ブロックが二十五個は作りだされるらしい。

 世界を生み出すとは、本当の意味で女神様だ。


 今しがた世界を拡張した女神様は、そのまま横に進んで範囲を広げていく。

 さながら前世で遊んだブロックの世界を旅するゲームでの、拠点つくりの為の整地作業の様だ。

 邪魔なブロックを横一列に消していく様に、目の前の女神様は世界を隔てる霧を一列に消滅させていく。


 今回の拡張で、きっと何百という大陸群ブロックが生成されるだろう。

 そして私が居た孤児院のように、全世界の住民からランダムに選出され、強制的に新たな大陸への入植が始まる。

 ほんと、すごい世界だ。


 遠くになっていく女神様の姿。

 世界の住民は、全てが女神様の為の資源であり玩具であり消耗品。

 この世界に生まれた時点で、全人類には希望など在りはしない。

 そんな基本的人権も無く、所有資産も無く、尊厳も無い世界で、私だけが将来の女神様として全てを持ち合わせている今の境遇には変な感じがする。


 ほんと、すっごい世界だよ。

 

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