第六話 『ようこそカーヴァン村へ』


 飛行船で空の旅をしていたのも、もう数日前。

 私たちの乗る馬車を叩く激しい風音の中、窓枠を覗くと広がる一面の岩肌の景色。

 夕焼けに染まる渓谷の岩肌の地面で稀に咲いている地面の花々を眺めている。

 私が住んでいた場所では見たことも無いような奇抜な植物の数々に、ほんと遠いところまで来たんだなぁと実感できるよ。

 そんな感じで外を眺めていると、出発からずっと先導している孤児院の女性職員が言う。


「そろそろ到着できるらしいので、降りる準備してねー」


 孤児院の女性職員の言葉に、周囲の子供たちは「はーい」と返事をして鞄やリュックを背負い始めた。

 私も自分の荷物を準備する。

 元々の荷物が極端に少ないので、そんなに用意するような物は無いんだけどね。


 そんなこんなで子供たちの準備を眺めていると、視界の端の窓が気になった。

 ふと窓を見ると、そこにはレンガとトタン板を多用した建物が立ち並ぶ景色が見えてくる。

 建物の数や行きかう人々を見る限り、町とはとても言えないが、それでも比較的大きな村のようだ。

 開拓村と聞いていたので、けっこうこじんまりした村なのかと思っていたが、いやはや凄い規模。


 人々の服装は薄着で、皆が半袖。

 掘削機械らしき何かを持つ服が汚れた作業員が木箱に座り、談笑している。

 鉱山があるのだろうか。


 村の景色を眺めていると馬車が止まった。

 馬車の扉が開けられ、孤児院の女性職員が顔を出すと外に居るであろう男性が言う。


「ようこそカーヴァン村へ! 長旅ご苦労様でぇ!」

「ただいま到着しました。お出迎えありがとうございます。私は――」


 孤児院の女性職員が外に出て、外の人々と話し合っている。

 大人の自己紹介と今後の話、といった所か。

 暫くして孤児院の女性職員は馬車の中に顔を入れてきた。


「良い子の皆さん、馬車から降りましょうねー」


 その言葉に子供たちは続々と馬車を降りていく。

 最後に私も席を立ち、扉から出る。

 やっぱり何事も最後ってのが安心するのは陰キャの性か。

 馬車を降りると、目の前にはレンガで作られた比較的大きな建物がお出迎えしていた。

 孤児院の女性職員は子供たちに言う。


「今日からここが私たちの故郷ですから、村の皆さんに失礼の無いようにですよ」

「「「「「はーいっ!」」」」」


 元気いっぱいに答える子供たち。

 私も十二歳のメスガキの筈だけど、なんかああいう元気は出せないんだよなぁ。

 そんな事を考えていると、私が乗ってきた馬車以外も続々と到着してくる。

 その様子を横目に、孤児院の女性職員が言う。


「この建物が今日から寝泊りする孤児院になります。皆さんは先に入って自分の名前が書いてある部屋に向かって下さいねー」

「「「「「わーいっ!」」」」」


 それを聞いた子供たちは元気溌剌で新たな孤児院の入り口に突撃していく。

 まったくもって、この老いぼれた十二歳のメスガキにも、その元気を分けてほしいよ。

 子供たちが中でドタバタと走り回る様子が見て取れるその入り口に、歩みを進める。

 中は外と同じくレンガの壁で、天井には魔力式の暖色系の照明が灯っており、全体的に優しい雰囲気が伝わってくる内装だ。


 そんな新たな孤児院ではしゃぎ回る子供たちを見守るのは、先に入ったであろう孤児院の職員たち。

 走り回る子供たちを一人一人諫めている。

 大人って大変だよね。


 そんな光景を眺めながら廊下に入り、私の名前が書かれた部屋を探す。

 一階の廊下を一通り歩いた感じ、一階には食堂や教室のような皆が集まる部屋が集っている様で、自室は上階からみたいだ。

 階段を上がって二階の廊下を探すも私の名前は見当たらず、三階の奥の部屋でようやく見つけ、扉を開けて中に入る。

 二段ベッドが二つあるところを見るに、この部屋は四人部屋の様だが、扉に掛けられた名札は私一人分しか無かったのを考えると、この広い部屋を私一人が独り占めみたいだ。


 今日からこの部屋が私の自室か。

 四人部屋を一人で占拠とは、中々に好待遇じゃないかな。

 なんでこんな好待遇なのかはわからないけど、こんな事になるなんてラッキーラッキーだ。


 窓を見ると外の夕焼けが随分と暗くなっている。

 とりあえず今は夕食の鐘を待つ必要があるが、生憎と私は本や遊び道具なんて何も持っていない。

 他の子供たちはお小遣いでオモチャや絵本を買っているが、生憎と私は転生者なので、そういう物には興味が湧かなかったので、何も暇を潰せる道具などは買わなかったのだ。

 

 そんなこんなで子供が喜びそうな物に何も興味を示さない、不思議な雰囲気を醸し出す容姿レベルが限界突破した絶世の美少女として、孤児院の職員たちには認識されている様子。

 別に字はそれなりに読めるから本が読みたければ図書室に行くし、何かで遊びたいなら創意工夫でどうとでもなる。

 そう思っていたので何も買う事が無かったのだが、まさかガチで何もすることが無い状態になるとは。

 何かのロマンス本の一つでも買っておけば良かったかもしれない。


 よし、とりあえず、こういう時の為にロマンス本の一つや二つは買えるなら今度買っておくとして、仕方ないから今は布団の中にでも潜るかな。

 やる事が無いなら寝るに限る。


 二段ベッドの下のほうのベッドに潜る。

 いい感じにフカフカのベッドだ。

 良きかな良きかな。



○○



 部屋の扉からノックが聞こえてきた。

 うわぁ…… めっちゃ眠い。

 危ない危ない、夕食を取らずに本当に寝るところだったか。

 ベッドから出て扉に向かい、開けると廊下には孤児院の女性職員が立っていた。


「レミフィリアちゃん、貴女に来客―― って、レミフィリアちゃん寝てたでしょ」

「うぐっ…… うん」


 眠たそうな私を見てか、孤児院の女性職員は少し怒った顔をしている。

 やっぱり寝るのはよくないか。

 孤児院の女性職員が言ってくる。


「夜以外に寝ると、夜中に目が覚めちゃうでしょ。ちゃんと起きてなさい」

「はい、ごめんなさい」


 うぐっ、怒られた。

 ほんまごもっともでございます。

 まあでも素直に謝ったのが功を奏したのか、他の子供たちを叱るように長々と言われる事はなかった。

 大人に素直って、得をする。

 これは大事な処世術だよ。


「それはそうと、貴女に来客ですよ。偉い人だから、失礼の無いようにね」


 孤児院の女性職員はそう言い、廊下に居るであろう人に一礼をして去っていく。

 少しして扉から入ってきたのは、神父姿の男性。

 見たことある人だ。

 私に世界の真実を話し、巨大化スキルを説明した人だった筈。

 名前は確か…… ラドルフさんだっけ。

 神父姿の男性は挨拶する。

 

「夜分に恐れ入ります。ご機嫌いかがでございましょうかレミフィリア様。覚えておいでですかな」

「ああ、こんばんは。確かラドルフさん…… だっけ? 種族の鑑定をした人だよね」

「ええ、その通りです。覚えていてくださり光栄でございます」


 私の返答に神父姿の男性、ラドルフはそう返してくる。

 なんか、こうも遜られると自分が貴族様にでもなったような感じだな。

 てか何でそんなに遜ってるのか。


「なあ、何でそんな様付けなんだ? 私、見ての通り只の孤児院の哀れな少女なんだけど」

「……かくも愉快な御冗談でございます」


 そうラドルフは言い、続ける。


「女神様に成られるお方に、敬意を抜いた態度などとれましょうか?」


 なるほど。

 つまり、私が将来の新たな女神様だから、そんな遜った態度をとっているってことか。

 なんか慣れないなぁ。

 そんなラドルフに聞く。


「まあいいや。で? なんか用?」


 私の問いに、ラドルフは答える。


「ええ、お伝えしたい事がございまして」


 そう言うと、要件を言い始めた。

 なんでも私に頼みたい事があるらしい。

 その頼み事曰く、礼拝に行く時間では他の村人の目を盗んで礼拝所の二階に上がって執務室に来てほしいとの事だった。

 なんでも私は将来の女神様だからこそ礼拝なんて必要ないらしく、更に付け足して高貴なる身分の勉強の時間が必要だと。


 つまるところ礼拝の時間になったなら女神像に礼拝をせず、周囲で礼拝をしている他の村人に気が付かれる事無く、しれっと二階に上がって執務室に来て女神様に成る為のお勉強をしなさい、って事か。

 こう言われると、本当に将来の女神様になってしまったんだなぁと実感するよ。

 ラドルフに言う。


「ああ、わかったよ。 とりあえず、これから夕食があるけど、その後の礼拝の時間も行くか?」

「ええ、お待ちしております。では、失礼いたします」


 そう言って、ラドルフは扉を静かに閉じ、廊下を去っていく足音が響く。


 ほんとに私、女神様に成っちゃうのか。

 さっきのラドルフの遜った態度に、ここ一番で実感が湧いてしまった。


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