第五話 『女神メルナ様のハイヒール』


 食堂で振舞われている三時のお菓子の飴玉を頬張りながら、壁際の窓に映る相変わらずの雲海を見下ろす。

 少し前に聞かされた世界の真実を聞いた今になって見下ろす景色は、どこか世界全体が暗く見えるのは気のせいではないと思う。

 この視界に映る全ての世界が、恐怖の女神様の所有物。

 まったくもてヘルトピアという言葉が似合う世界だ。


 今、大人たちは礼拝を行っている時間。

 食堂には子供たちと、その子供たちの面倒を見る数人の大人しかおらず、残りの全ての大人たちは隷属教会の礼拝堂で礼拝を行っている。

 昨日までの私は、礼拝なんてそんな必死にならなくてもそこそこの頻度でやればいいじゃん、と疑問に思っていたが、いやはや何事にも理由はあるもんだね。

 いつ虫けらのように踏みつぶされ、弄ばれるかわかったもんじゃないなら、みんな必死に命乞いのように祈りたくもなるってもんか。

 

 大人たちの三時の礼拝が終わり次第、教えの儀が執り行われる予定だ。

 周囲を見渡すが、何も知らない子供たちはワイワイガヤガヤ、キャッキャウフフと楽しそうに談笑している。

 この無知の平穏こそ、この世界の子供の特権なのだろう。

 

 そんな子供たちから視線を外し、窓枠に映る雲海を眺めていると後ろから誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 その足音は私の横にやってきて、女の子の声が話しかけてくる。


「私は外の景色を眺めながら、横に来た少女に「なんか用か」と言った」

「おう、なんか用か? マリ」


 小説のモノローグのような事を言いながら横に立つマリに、そう返す。

 マリを見ると、相変わらず清ました顔で私が見ている窓の先を眺めていた。

 外を眺めるマリの瞳は、何処か遠い所を見ている。

 きっと、自身のスキルの説明を受けたのだろう。

 窓の外を眺めながら、マリは呟く。


「私、これから春を売って生きていかないとならないのね……」


 そう呟くマリの瞳は、何処か諦めを滲ませていた。

 ほんと、なんて声をかけてあげればいいのだろう。

 マリは、これから沢山の男性に股を開く商売で生きていく事を、古の神々から押し付けられたのだ。

 今世は私も女の子の身。

 想像するだけで、身震いする。


 私たちを包む静けさ。

 それをマリは振り払う様に、話題を変え私に聞いてくる。


「そういえば、レミフィリアのスキルは何だったのよ」

「うっ…… それは……」


 マリの問いに、つい言葉が詰まる。

 あの後に神官姿の男性と神父姿の男性に忠告されたのだが、私のスキルは絶対に口外しないほうが良いとの事だった。

 知っている人が聞けば避けられるし、最悪は命を狙われるらしい。

 だから、どんなに親しい間柄の相手でも、絶対に口外するなと念を押されていたのだ。

 

 口ごもる私に、何かを察したのかマリは言う。


「……そう。レミフィリアも、人に言いにくいスキルを得てしまったのね」


 マリはそう言うと、私の肩を抱きかかえた。

 そんな私も、マリの肩を抱く。

 まったくもって二人して、まったくもって波乱万丈なスキルを得てしまった。

 言葉無く肩を抱き合う私たち。

 思ってくれる人が居るって、こんなにも素晴らしい事のか。


 そうして肩を抱き合っている私たちの耳に、何処か遠くから音が響き始めた。


ズン…… ズン……


 規則正しく響く、低い音。

 その音は次第に大きくなるが、周囲を見回してもそんな音が鳴る音源など見当たらない。

 マリを見るも、不思議そうに辺りを見回している。


ズゥン…… ズゥン……


 響く低音は、この食堂を包む程の大きさになってきた頃、その音を聞いてか子供たちの面倒を見ていた大人たちが大慌てで窓に駆け寄る足音が響く。

 大人たちを見るも、その顔は強張り、恐怖の顔を浮かべていた。


 そんな顔で外を見て、いったいどうしたのだろう。

 外を見る大人たちは必死の形相だ。

 大人たちは口々に言い始める。


「ま、まさか……」

「そんな…… そんなまさかだ……」

「お、落ち着いてッ……! まだわからないわよッ……!」

 

 大人たちの言葉を煽る様に、次第に規則正しい低音は大きくなり、やがて低音は激しくなってきた。


ズゥウウウウン! ズゥウウウウン!


 その荒々しい重低音ともいうべき音に、大人たちは窓の外を食い入るように見つめ始める。

 いったい、外に何が見えるのだろうか。

 大人たちにつられ、窓の外を見る。


ドッズゥウウウウウウウウゥゥゥゥン! ドッズゥウウウウウウウウゥゥゥゥン!


 飛行船は空を飛んでいる筈なのに、私たちが居る食堂が揺さぶられ始め、そして――

 目の前の広大な雲海の向こう、二つの大陸の上に、空を覆うように巨大な何かが落下してきた。


ズッドォオオオオオオオオォォォォオオオオン!


 それは私の視界いっぱいに広がる、超巨大な黒いハイヒール。

 広大な世界の雲海である筈の景色を更に見上げても、くるぶししか見えない程の、超巨大な脚。

 圧倒的な存在に、まるでアリにでも成り下がったような光景が、そこにあった。

 そんな絶対的なハイヒールを履いた足に向かう、大人たちは叫び命乞い。


「ああああぁああああああああッ!! 女神様!! 女神様ぁああああ!!」

「踏みつぶさないでください女神様ぁああああ!!」

「許してぇええええ!! 許してください女神様ぁああああ!!」


 大人の大絶叫は、次第に飛行船のあらゆる所から響いてくる。


「踏みつぶさないでくだされ女神様ぁああああ!」

「どうかッ!! どうか見逃してくだされ女神様ッ!!」

「まだ生きていとうございます女神様ッ!! だから踏みつぶさないでッ!!」

「死にたくないッ!! 死にたくないぃいいいい!!」


 周囲から響く女神様への命乞いの言葉。

 そんな地獄を前にしたような光景に、横から声が聞こえる。


「な、何よ……! あれ何よッ……! 怖い……! レミフィリア……! あれ何よッ……!」


 震える声で恐怖を滲ませるマリの声。

 飛行船のいたるところから聞こえてくる叫びや命乞いの言葉にはどこ吹く風で、その超巨大な黒いハイヒールは持ち上がる。

 その超巨大な靴底の下に見えたのは、見たことも無い程の大穴。

 確かにそこには遠目で大陸が二つあったのが見えていた筈の場所には、それを覆ってもまだ大きく余る程の巨大な奈落が刻み込まれ、周囲の海水がなだれ込んでいた。


 こ、これが女神様の力……


 そのハイヒールが履いた足は遠くに歩いていく。

 やがて全体像がはっきり見えてくる。

 黒のゴシックスカートを履き、白いシャツを着た上半身には胸元を押し上げる大きな爆乳。

 まるで誰も手が出せないだろうと言わんばかりに、胸元を大きく開けて谷間を見せびらかしている、その絶対的な雰囲気で世界の上を練り歩き、周囲を見渡している女神様。

 ウェーブかかった桃色のロングヘアを靡かせ、周囲を見渡す瞳は桃色。

 その容姿を、私は知っている。


「あれが女神メルナ様か……」

 

 つい呟いてしまったが、周囲を見渡しても誰も聞いている様子は無い。

 周囲の叫び声にかき消されたようで、よかったよかった。



○○



 周囲の壁には巨大な女性が人々を踏みつぶしたり、縄で吊るし上げて持ち上げる姿が描かれており、そんな異様な光景の部屋の奥には大きな女神像が二体置かれた祭壇がある。

 ウェーブかかったロングヘアのカジュアルな服装の像は、おそらく女神メルナ様。

 長いロングヘアを靡かせて高貴なドレスを着ているのは、おそらく女神シルフィーナ様。

 二体の女神像が設けられた、この部屋こそ、隷属教会の礼拝堂だった。


 そんな異様な雰囲気に包まれた礼拝堂の中、目の前の長椅子には教えの儀に参列している沢山の子供たち。

 私が居る後部の席からでもわかる程に、子供たちは緊張しているのが見て取れる。


 あの後、女神メルナ様の姿を見てか、子供たちは怯えたりパニックを起こし、あれはいったいなんだったのかと大人たちに必死に聞いていた。

 女神様の姿を一度でも見てしまったのなら、もう隠し通せない。

 教えの儀は十二歳の成人の儀に行う神聖な儀式だが、一度でも女神様の姿を見てしまったのなら、特例として年齢に関わらずに教えの儀に無理やり参列させられるそうだ。


 祭壇の前に立ち、子供たちに語り掛けているのは、私の種族を鑑定した隷属教会の神父姿の男性。

 先ほどまで残酷な世界の真実を子供たちに伝えていた神父姿の男性は言う。


「では、皆さん。私が言う言葉を復唱してください。女神様への祈りの言葉です。必ず覚えて下さいね」


 子供たちが頷く。


「世界を統べる女神メルナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」

「「「「「世界を統べる女神メルナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます……」」」」」


「世界を統べる女神シルフィーナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます」

「「「「「世界を統べる女神シルフィーナ様。我らはただ、貴女の気まぐれで生かされております。どうか、明日も生かしていただきますよう、お願い申し上げます……」」」」」


 神父姿の男性が教える祈りの言葉。

 子供たちはすすり泣きながらも、神父姿の男性の言葉に続いている。

 昨日まで世界はキラキラて見えたであろう目の前の子供たちだが、明日からはどう映るのだろうか。

 脳裏に蘇るのは、目の前で二つの大陸が空を覆うような黒いハイヒールの底に消えた瞬間の光景。


 礼拝堂の中は子供たちの絶望が充満している。

 そんな光景を眺めていると、目の前の神父姿の男性が上層の客室層の会議室で言った言葉を思い出した。


『間違いありませんね…… レミフィリアちゃん、 ――いえ、レミフィリア様。貴女の種族は、巨神族で間違いありません』


 その言葉が、私の頭から離れてくれない。

 私も、あんなふうになっちゃうのか……



――――【あとがき】――――


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 もしエタっても、その二か月後や三か月後には再開していると思います!

 それぐらいにはキッチリした起承転結プロットが存在するので、良ければ長く楽しんでください!

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