第5話:躍動
6月7日。
拓真がトレーニー卒業試験をジャック長官の計らいで免除され、アプリンティスに昇格する日。
談話室では拓真と美月の姉弟の他には笹倉、クリスティーヌが集まった。
「拓真くん、今日でトレーニー卒業の日だね。」
「卒業試験は長官の計らいで免除してもらいましたけど・・・。
そもそも卒業試験ってどんな事をやるんですか?」
すかさず美月が答えた。
「トレーニー卒業試験は
マジエンス 常巡-要は全身に魔力を流せてるかの確認をまずはするんだよ。
次にカーテンの魔法をかけるかを見られるんだよ。
最後に素手で戦う人は手足全体に、
武器で戦う人は武器全体に魔力を流せるかをテストされて終わり。
私は空手とサーベルどっちも使うから
両方やったけどね。」
「カーテンの魔法、テストではできたのにこの前かけ忘れたのか」
「うっさいわ!あの時はお前のことで必死だったんだよ!」
美月のツッコミに笹倉とクリスティーヌがクスクス笑った。
閑話休題として拓真は笹倉、美月、クリスティーヌと共にマニュアルの内容を確認した。
美月が弟とその同級生のためにゆっくり読み上げた。
「改めて、基本の魔法は
ファイアボール
アイスボール
ウォーターボール
サンダーボール
ショックボール。
防御魔法、要はバリアが
いちばん軽いのがガード。
真ん中がプロテクト。
硬いのがシールド、だね。」
「ふーん・・・」
と拓真はマニュアルを上から下まで目を通しながら呟いた。
「ファイアボール、アイスボール、
ウォーター、サンダーボールはまあ
イメージつきやすいでしょ。
ファイアボールは燃やしたいものを燃やして、アイスボールは敵をしばらく凍らせる。
サンダーボールは相手を痺れさせるんだ。ウォーターボールは・・・。
大体はファイアボールミスしたら火を消すのに使われるのはくらいかな。
ショックボールは、衝撃波を出して相手を吹き飛ばす魔法だよ。
とりあえず、ここまではついてけてる?」
美月は拓真と笹倉に視線を送った。
二人ともゆっくり頷いた。
「なら防御魔法説明すれば終わりだね。
ガードはパンチ1発程度の威力を耐えるバリアだよ。
プロテクトはこの前笹倉ちゃんが貼った通りある程度固いバリアだね。
シールドはいちばん固いけど、
結構魔力を使うんだ。」
「なるほど・・・。
なら、戦う時はプロテクトを使えば大体ケガしませんかね?」
と笹倉が尋ねた。
「そうだね。でも、魔物を早く倒せばバリアなんて貼る必要ないし、攻撃できる人はタイミング見計らってプロテクトってとこかな。バリアを貼るのに集中してくれる人がいるならその辺気にしないで動けるかもね。」
クリスティーヌが声をかけた。
「魔法をかける時は手のひらを相手に向けてね!」
「わかりました」
拓真と笹倉はそれぞれ答えた。
美月は安堵して胸を撫で下ろした。
すると、美月の携帯が鳴った。
美月は中座して電話に出る。
「もしもし、ペーターくん?
もうこっち来てたんだ。
・・・へぇ。4日前から?
それで日本の時差ボケに慣れたんだね。
今から来るの?弟子のカーリーちゃんと一緒か。わかった。じゃあね。」
女子校出身の姉の口から異性の名前が出るとは思わなかったので、拓真は思わず声をかけた。
「誰と電話してたの?」
「この前話した、長官の息子。
もう日本に来てるみたい。」
「知り合いなの?」
「同期だよ。
2年前、パンデミックにギリギリ被らない時期に入隊したからね。
ドイツ人だけど、入隊したときから日本語教えてたし、日本語ペラペラだよ。」
「へー。」
クリスティーヌも口を開いた。
「私とペーターくんは2年前から
美月ちゃんに日本語を教わったの。
だから日本語は喋れるわ。」
「そうだったんですね」
「今から30分くらいで来るみたい。
長官の息子だからってビビらずに普通に接してね。」
拓真はわかったと答え、笹倉も頷いた。
「あ、ちょっと待って。」
クリスティーヌが思い出したように
声をかけた。
「ペーターくんのこと、苗字じゃなくて名前で呼んであげてね。
お父さんが長官だってこと本人は全然言わないけどすごく気にしてるみたいだから。」
拓真と笹倉は再び頷いた。
30分後、美月がエントランスにペーターを出迎えに行った。
美月の後から電話でペーターと呼ばれたであろう青年と、その後ろにドレッドヘアの黒人女性が控えていた。
青年は一歩前に出て拓真に向かって口を開き、流暢な日本語で話した。
「君が美月の弟か?」
「はい。向かう前に姉から話を伺いました。
姉がお世話になってます。」
そう言って拓真は会釈した。
「こちらこそ、君の活躍は父から聞いて注目してるよ。」
拓真に会釈を返した後、ペーターは改めて自己紹介した。
「俺はペーター=ジョルジュ・フォン・クラウス。
この組織のトップ、ジャック・クラウスの息子だ。
ここには美月と同じく70期で編成されてるけど、普段は故郷のドイツのハンブルクで活動してる。
しばらくは日本にいるからよろしく頼む。」
「よろしくお願いします」
拓真はお辞儀をして改めてペーターを観察した。
180cm近い身長に、父のジャック長官譲りの茶髪が似合っている。
肌は日焼けしているのか、少し小麦色で
ミントの葉のように爽やかな緑色の目をしていた。整った容姿なので話しかけづらいと思いかけたが、頬にはそばかすがあり
それが愛嬌あるアクセントに映って見えた。
「こっちは弟子のカーリーだ。
日本語は俺が教えているが、まだカタコトなんだ。」
ペーターが言い終わると、ペーターの後ろで控えていたドレッドヘアの女性が笑顔で会釈をした。
「カーリーって言います。
ケニアから来ました。
よろしくネ!」
「よろしくお願いします」
と拓真と笹倉は会釈を返した。
すると、カーリーはあいさつは今ので十分済ませたと判断したのか、堰を切って話し始めた。
「
同い年だけどもうちょっとでマスターになるナイトなノ!」
「カーリー、その辺りにしろ。
俺は自慢するつもりでスレイヤーをやってるわけじゃない。」
ペーターがニュートラルな表情のまま嗜めた。
ペーターは改めて拓真と笹倉に向き直った。
「すまない、うちの弟子が元気すぎて。」
「仲良しでほっこりしました」
と笹倉がゆっくり首を横に振りながら微笑んだ。
拓真も笹倉の言葉に頷いた。
「改めて4月の終わりに入隊した阿久津拓真と言います。」
「同じく、拓真くんと美月さんに助けられて入隊した笹倉未来です。
所属先は医療班ですが、
よろしくお願いします。」
「クリスティーヌ、後輩ができてよかったな。」
ペーターは口角を緩めてクリスティーヌに気さくに笑いかけた。
「ええ。妹ができたみたいに思ってるの。」
クリスティーヌも穏やかな笑顔で返した。
拓真は
同期である美月とクリスティーヌはペーターとは何も起きないだろうが、この笑顔で微笑まれたら異性はさぞ魅力的に感じるだろうなと思った。
「君の話も父さんから聞いてるよ。
この前の戦闘でプロテクトを成功させたらしいじゃないか。」
「あの時は必死でした・・・。
でも、なんとしても美月さんを助けたいという想いで必死でしたので。」
「なるほど・・・」
ペーターが笹倉を一瞥した後に声をかけた。
「美月、彼女に杖を持たせてやったらどうだ?
その方が魔法をより効率良く使えるだろう。」
「わかった。笹倉ちゃん、近いうちに杖屋さんに行って杖を見ようか?」
「この後予定が無いのなら今すぐにで良いと思う。
俺はあんたらが外出しても構わない」
「いいんですか?!」
笹倉がはしゃぐ寸前の声を出した。
クリスティーヌが声をかけた。
「私も一緒に行くわ。」
「本当ですか?」
美月が親とピクニックに行けるとわかった子供のように嬉しそうに言った。
クリスティーヌは笑顔で頷いた。
「ええ。杖仲間が増えるのは嬉しいもの。」
「クリスティーヌさんも杖を持ってるんですか?」
拓真と笹倉が同時に声をあげた。
「持ってるわよ。」
そう言いながらクリスティーヌは杖を覗かせた。
「あ。自分の誕生石はわかってる?
杖は誕生石を中に入れて作られるのよ。 そうしないとただの枝になっちゃうの。」
「把握してますよ。
私の誕生石はエメラルドです。
ミサンガ代わりに足首につけてます。」
笹倉は頷いて右足を軽くあげた。
足首に緑色の宝石がついたミサンガ風のアクセサリーが顔を覗かせた。
「そう言えばみんなの誕生石って何だっけ?」
拓真が今更ながらおずおずと質問した。
美月が口を開いた。
「私は8月生まれだからスピネル。
ペンダントがいちばんしっくりくるから
それで付けてる。」
美月はペンダントとして首からかけている赤いスピネルをいじりながら答えた。
次にクリスティーヌが口を開いた。
「私はダイヤモンドよ。
髪飾りでつけてるの。」
そう言いながらクリスティーヌはブロンドの髪を少したなびかせた。
ダイヤモンドが光を反射してきらりと光った。
「クリスティーヌさんと笹倉さんはオシャレですね。」
拓真は思わず感動した。
「姉を飛ばすな!」
と美月はツッコミつつ愚痴ったが
本人も地味だと思っているのかそれ以上の言及はなかった。
次にカーリーが口を開いた。
「私の石も同じ!
5月19ネ!
ミクと一緒!」
カーリーは笹倉を見つめながら笑顔で答え、手を掲げた。
カーリーの左腕にはエメラルドをあしらったブレスレットがついていた。
「本当だ!お揃いですね!」
笹倉がカーリーに思わず駆け寄った。
「・・・一応俺も、同じなんだ。
誕生日が5月28だから」
とペーターが呟き、空の手をちらつかせた。
ペーターは左手の人差し指に指輪をつけていた。
目の色と同じ宝石、エメラルドが穏やかに光を受けていた。
「師弟で同じ誕生石なんですね!」
と笹倉が目を丸くした。
最後に拓真が
「俺もある種カーリーさんとお揃いですね」
と右手を見せた。
右腕にはアレキサンドライトのブレスレットが煌めいていた。
「その宝石、確か光によって色が変わるのよね」
とクリスティーヌが口を開いた。
「推理小説で読んだことがある」
と美月も呟いた。
「ただシンプルに面白そうだから選んだだけだけど・・・」
と拓真は呟いた。
「何にせよツウだな」
とペーターが頷きながら小さく口にした。
「よし、誕生石は確認できたし杖屋に行こう!」
美月が声をあげて提案した。
拓真、笹倉、クリスティーヌ、ペーターは頷き、カーリーは「
杖屋には車で行くことになったが、美月のパッソでは6人は狭すぎるので美月川辺に連絡してアルファードを借りていいか尋ねた。
川辺は傷つけなければ自由に使っていいと快諾してくれた。
運転席には美月が乗ってナビに杖屋の位置を入力した。
助手席にはこの中でいちばん免許の歴が長いクリスティーヌが座り、後ろには拓真、笹倉、ペーターとカーリーの師弟コンビが乗り込んだ。
ペーターは「クリスティーヌがいるから
心配はしてないが、何かあったら運転を変わる」
と後部座席から美月に声をかけた。
美月は「大丈夫だよ。アウディに若葉マークは合わないし」
と返した。
「そりゃあまだ3か月しか経ってないけど
そっちもまだ1年経ってないんじゃないか?」
とペーターはぼやいた。
「今月でちょうど1年だよ。
去年クリスティーヌさんがホラ、
医学部卒業試験合格したのと同時期に
取ったから」
と返したことでペーターはなるほどと呟いた。
「杖屋さんまでは割と距離があるわね」
クリスティーヌがナビを見ながら呟いた。
「美月ちゃん、疲れたらすぐに運転を変わるわ。」
クリスティーヌが美月の目を見ながら労った。
美月は咄嗟に猫のようにややオーバーにのけぞった後に首を横に振りながら
「いえ、気持ちだけで十分だから・・・!」
と返しつつ、シートベルトをして
誤魔化すように
「みんな、準備はいい?」
と車内全体に声をかけた。
拓真は頷き、笹倉は大丈夫ですと声をかけた。
カーリーは陽気にOKと返し、ペーターは少し吹き出しかけた顔をしつつも問題ないと返した。
美月は車を発進させた。
心なしか拓真は姉の車の運転がどこか
お行儀良く振舞っているように見えた。
そのおかげで車内では話に花が咲き始めた。
美月が車を運転しながら笹倉に向かって口を開いた。
「杖を作るのはいいんだけど、高いんだよね・・・。メリットとしては、
自分に合った杖を使えば普通に手のひらから魔法出すよりも強い威力の魔法が使えるんだよ。」
「そうなんですね」
笹倉が納得した。
「私も去年までは杖を持ってたんだよ。
ヒノキでできたやつでね。
値段は5万5000円、だったかな・・・」
「美月ちゃん、重要なことを言い忘れてるわ。」
「え?」
「杖はどこかの作品みたいに不死鳥やユニコーンの体の一部なんて使わないでしょう?」
「そうでした・・・」
改めてクリスティーヌは自分の杖を取り出した。拓真と笹倉は改めて彼女の杖に目を凝らした。
ぱっと見は長さが20cm前後の少し中央がぷっくりしているが、木材の杖だ。
「真ん中が膨れているのは誕生石が入ってるからよ。
この杖は月桂樹っていう木で作られてるの」
クリスティーヌは膨れている部分に手を添えながら言った。
「値段は、そうね・・・。
私は40万を振り回しながら戦っているわ。
とだけ言っておくわ。」と苦笑いしながら言った。
「マジかよ・・・」
拓真の口から思わず単調な驚きの声が漏れた。
笹倉も
「40万・・・?!」
と値段を反芻した。
カーリーも「Wow・・・」
と呟く声が聞こえた。
ペーターが
「月桂樹は杖の材質の中でもトップだと聞いたことがあるが、そんなにかかるとは」
と肩をすくめながら口にした。
美月が
「月桂樹が最高ランクなのは欧米だったっけ」
と苦笑いした。
美月が前方に数秒目を凝らした後
「お店が見えてきたよ」
と声をあげた。
笹倉は「どこですか?」と座席から軽く身を乗り出し、食い気味に尋ねた。
「あそこだよ」
と美月は指差した。
「木材店・・・。
材木のお店が杖屋さんなんですか?」
「林業とか、材木を扱う仕事をしてる人が裏で杖屋さんやってるんだよ」
「秘密のお店・・・。
なんかカッコいいです!」
笹倉はぱあっと笑顔になりながらも座席に座り直した。
程なくして美月は車を材木店の駐車場に停めた。
店の周りには丸太や木材が積まれており、
ぱっと見は典型的な木材関係の店だ。
美月は躊躇いなく店内に入っていった。
「いらっしゃいませ」
店主なのか、高齢の男性店員が進み出て淡々と挨拶した。
「材木を葉っぱ抜きでお願いします。」
美月がそう告げると、店員の目がきらりと光った。
「そちらの御用でしたら、どうぞこちらに。」
店員は全員奥に案内した。
奥に行くと、広い部屋に案内された。
壁には杖が展示され、周りには木材が
並べられていた。
「杖が欲しいのはどちらで?」
「彼女です」と美月は笹倉を一瞥し、
笹倉が「私です」と口にしながらおずおずと前に出た。
「わかりました。なら、お嬢さんはこちらに。今から杖の元になる材木を調べましょう」
「あの、この飾られている杖は何ですか?」
笹倉は杖が飾られている壁を見ながら尋ねた。店員は即座に答えた。
「この工房で作られた杖の複製です。
美月さんの杖もございますよ。」
そう言うなり、店主は美月の杖の複製を手に取った。
「試しにこの杖で診断してみましょう。
初めての方はヒノキの杖がよく馴染みやすいので」
「わ、わかりました・・・」
笹倉は恐る恐る杖のグリップに手をかけた。
その時、笹倉の掌と杖の間でバチン!と何か強いものが弾ける音がした。
「ひっ・・・!?」
笹倉は悲鳴をあげて杖を取り落とした。
「笹倉ちゃん!?」
美月が真っ先に声をかけた。
美月と同時にカーリーも
「ミク?!」と声をあげた。
「大丈夫か?」
ペーターが一歩踏み出しながら笹倉に声をかけた。
クリスティーヌが即座に駆け寄って
笹倉の背に手を添えた。
「怪我はない?」
「大丈夫です。びっくりしただけで・・・」
笹倉は目を丸くしながらもクリスティーヌに添えられてゆっくり背筋を伸ばした。
拓真はクリスティーヌがついてるなら問題ないと胸を撫で下ろした。
「とりあえず、笹倉さんに怪我がなくてよかった。大丈夫?」
「うん。心配してくれてありがとう。
店主さん、今のは?」
「相性が合わないと、杖が君を拒否したんだ。なんと珍しい。
君には他の木の方が相性が良さそうだ。」
笹倉は杖に触れようとした手をさすりながら
「はぁ・・・」と呟いた。
「こちらの材木がある所へどうぞ。」
店主は笹倉を案内した。
「そっちの材木はどんな感じなんですか?」
と拓真が声をかけた。
「カタログがありますのでご自由に見てください」
店主は笹倉の杖選びに集中したいようで、やや淡白に返事が返ってきた。
美月が言葉を聞くや否、カタログに手を伸ばした。
「確かに、日本の杖の材質が何なのか気になるわ」
とクリスティーヌが呟きつつカタログを持つ美月に近づいた。
ペーターとカーリーもそれに合わせてカタログを見た。
・杖の材質一覧
初心者向け:ヒノキ
中級者向け:もみじ(カエデ)、イチョウ、桐、白樺、欅など
上級者向け:松、楠、栗の木など
最高位:桜
と書いてあった。
「ふーん・・・」
ペーターがカタログに目を通し終わった後に呟いた。
「フランスとは少し違うわね」
と今度はクリスティーヌがつぶやいた。
「欧米ではどんな木が使われるの?」
と美月が質問した。
「欧米だとね・・・」
とクリスティーヌが言いかけた辺りで
店主の歓声があがった。
「凄い・・・。
凄いぞ!お嬢さんは桐だ!」
全員が声のした方を振り返る。
そこには、頬を上気させた店主と
ホクホクした表情を浮かべながら桐の枝を握りしめる笹倉がいた。
「この若さで桐が適合するとは思わなんだ。さあ、もう一度見せてあげてください。」
笹倉は頷いてもう一度枝を握りしめた。
すると、桐の枝が笹倉の手に吸い込まれるように馴染んだかと思うと、薄いピンクと黄色の混じった温かい光を発した。
「杖の素材が適合してる。
懐かしいな、私もヒノキの時はそうだったよ」
と美月がしみじみと呟いた。
「今の時代は死語な表現かもしれませんが、昔は女の子が生まれると桐を植えると言ったくらいには保存がよく効くものです。」
と店主が口にした。
「今の時代に笹倉ちゃんのスタイルは少々和風な組み合わせですね」
と美月が呟いた。
店主は笹倉に向き直り、更に奥の部屋に勧めようとした。
「桐の在庫は十分揃っているので
これからデザインとかのベースを決めちゃいましょう」
笹倉が答えようとした途端、美月のスピネルから魔物出現の連絡が聞こえた。
「山奥で大型の鳥型の魔物の出現を確認。想定はレベル5。スレイヤーはただちに急行せよ。」
「わかりました、すぐ向かいます」
と美月は答えた。
「ごめん、行かなきゃ」
美月は申し訳なさそうに笹倉に告げた。
「鳥型、か。なら空中戦は避けられないな」
とペーターが淡々と呟いた。
「空飛ぶのは久しぶりネ、
カーリーが楽観的に答えた。
美月は「確かに。拓真にポーションの説明だけすればとりあえず問題ないかも。
ペーターくんがいるし、戦力は十分でしょう」
と納得した。
「それなら私が未来ちゃんのことは引き受けたわ。一旦本部でポーションの説明して、その後の彼女の杖には私が付き添えばいいかも」
とクリスティーヌは頷いた後に改めて笹倉に声をかけた。
「未来ちゃん、一旦私たちは本部に戻るから戻ってくるまでここにいてくれる?」
「はい!店主さんと杖をすぐ作れるようにお話しときます!」
笹倉は即座に答えた。
「ありがとう。すぐ戻るからね」
クリスティーヌが言い終わりきらないうちに美月は
「一旦失礼します」
と店主に声をかけて駐車場に向かった。
ペーターとカーリーも即座に後を追い、拓真とクリスティーヌも乗り込み、関東本部に引き返した。
本部に戻り、改めて詳細を聞いた。
すると、前からカラスの動きが活発な山があり、カラスたちから魔力の流れを感じていたようだ。魔力の流れがあるだけなので様子を静観していたが、大きな魔力の流れを感じたので急行せよとのことだった。
クリスティーヌが人数分のポーションを取りに行き、箱を持ってやってきた。
「お待たせ。ポーション持ってきたよ」
そう言ってクリスティーヌはポーションと呼ばれた透明な液体が入っている瓶を4つずつポシェットに入れて美月、ペーター、カーリーの順番に渡した。
最後に拓真に渡した時にクリスティーヌは口を開いた。
「これはマジックポーションって言うの。
シンプルに言うと、魔力をすぐに回復する飲み物よ。
飲んだら瓶をすぐにポシェットの中に入れてね。
そうしたら新しいのが継ぎ足されるから。」
「わかりました。」
拓真、美月、ペーター、カーリーの4名はそろそろ行かねばと思い、車に乗り込んで現場に赴いた。
「みんな、気をつけてね!」
クリスティーヌが手を振って見送った。
山に向かい、頂上が近づいてきた。
「頂上についたらカーテンの魔法をかけよう」
とペーターが呟いた。
「4人でかければ問題なさそうだね」
美月も頷いた。
「4人でかけたら・・・160m!
なら今からでもかけようヨ!」
「160もあれば十分そうですね。
俺も賛成です。」
と拓真は頷いた。
「なら、あと50m歩いたらかけるぞ」
ペーターは先を歩きながら声をかけた。
「了解!」
全員歩きながら頷いた。
すると、絶叫が辺りをつんざいた。
その場にいた面々は耳を抑えながら音の出どころを確認した。
突如として、黒い雲が森林の上を覆った。
拓真と美月は顔を覆いつつも雲を見つめた。眩しさを減らせてありがたいと思うが、雨などを警戒したためだ。
だが、雨などは降らなかった。
その代わりに羽ばたく音が聞こえ、よくよく見るならば動いている黒雲かと思ったそれは巨大なカラスの形をした魔物だった。
「現れたか!
・・・いや、このままカーテンをかけるぞ。」
ペーターが指示を出して3人は従った。
4人は鳥の後を追いながらカーテンの呪文を唱えた。
「逃してたまるか!
先に変身するね?」
美月はペンダントに手をかけながらペーターに尋ね、ペーターは言葉の代わりに頷いた。
「さぁ、マジえるとしますか!」
美月はペンダントの誕生石を押して変身した。
拓真も姉に便乗した。
「変身!」
「Let's Fight!」
カーリーも前向きな声色で叫んで
エメラルドを押した。
「なら、3人で囲んどいてくれ。
俺はアイツの後を追いながら向かう!」
「わかった!」
そう言いながら美月は右の腰に差していたものを抜き取った。
ぱっと見は赤いリボルバーのように見える。
美月は枝の太い木に銃口を向けて引き金を引いた。
銃口からはワイヤーが弧を描いて飛び出した。銃からは何かを巻き取る音が聞こえ、 美月は助走をつけて地面を蹴った。
すると、ワイヤーを射出した赤い銃が、ワイヤーを巻き取り始め、美月は宙に浮き始めた。
これはいわゆる・・・。
「フックショットか。そんなの持ってんのかよ」
「拓真!」
拓真は急に姉から振り返られて声をかけられ、一瞬びっくりした。
「来るなら来て!
一緒に飛ぶ!」
そう言って美月は手を差し出してきた。
「わかった!」
拓真は手を握り返した。
あの魔物を逃す方が厄介だ。
あんなバカでかい鳥が街に降りて暴れられたら犬の時よりも地獄絵図になるだろうことは想像に難しくない。
「まずは3人でレッツゴー!」
カーリーがその場で嬉しそうに飛び跳ねて
鳥の後を追った。
美月は弟がしっかり自身に掴まってるのを確認すると、徐々にフックショットの巻き取るスピードを跳ね上げていった。
森の開けたところで鳥が降り立った。
途中で美月は拓真の手を離し、
分かれて鳥を挟むことにした。
そのため、降り立った鳥を拓真、美月、カーリーが3方向から囲むことになった。
「良いぞ。
このまま継続だ」
ペーターが上空から声をあげた。
「俺も続く。これから変身してな。」
拓真は改めてペーターを見た。
まだ私服のままだった。
美月がニヤニヤしながら声をかけた。
「カッコつけて怪我しないでよ?」
「ただ変身するだけだ。
『着手し、完了する』」
ペーターはそう口にして指輪についている誕生石を押して指輪を掲げた。
光がペーターを包み込んだ。
上半身は黒いインナーに緑色のオイルクロスパーカー、下は黒いコンバットパンツに
同色のコンバットブーツの戦闘服姿となった。
拓真は引き続きペーターの姿を観察した。
ペーターが背中に手を伸ばして何かを引き抜いた。
見てみると、裁判官が叩くような形のハンマー(後から調べてみてわかったのは、それはガベルと言うらしい)を巨大化させたような戦鎚が出現した。
「行くぞ」
ペーターが先陣を切り、カーリーと美月、姉に続いて拓真が動いた。
鳥は咆哮をあげながら翼を広げた。
翼から羽根がはらりはらりと落ちていった。
落ちていった羽根は地面に舞い落ちることはなく、構えられたダーツのように羽根はスレイヤー達に向かって飛んで来た。
「ちっ・・・!」
拓真は銃剣を構え直し、一気に薙ぎ払った。
美月もサーベルを抜き、弾き落とすことに専念した。
ペーターは自分に羽根が飛んでくる前に
弟子の名を呼んだ。
「カーリー。」
「はいよ、
カーリーがペーターの前に躍り出て
腰からククリ刀をそれぞれの手で引き抜いた。そして、飛んできた羽根をはたき落とした。
「負けてられないな・・・!」
美月はサーベルを納刀し、技名を叫んだ。
『兎のステップ!』
美月はサーベルを抜刀した。
すると、通常の兎よりも2倍ほど大きな白兎が登場して戦場を駆け巡った。
羽根はバラバラと散乱し、勢いが弱まっていった。
「羽根は俺とカーリーさんでなんとかする。上に行けよ、姉ちゃん!」
拓真が声をかけながら羽根を避けつつカーリーと合流しに向かった。
「わかった!」
美月は全身に魔力を流して宙に浮いた。
そして、フックショットを鳥の足元に刺して弧を描いて飛んだ。
鳥は悲鳴をあげながら美月を睨みつけ、蹴落とそうとしたが、美月はワイヤーを抜いて腰にしまい、技名を叫んだ。
『バレット・ギロチン!』
美月はサーベルの居合いで鳥の右翼の根本を切断した。
「よくやった、美月。
これで一息て決まる」
ペーターの声が響いた。
拓真はカーリーと並列して羽根を落とす中、ペーターの声が聞こえたので空を見た。
ペーターは鳥の頭上よりも高く飛んでハンマーを構えていた。
『正義の鉄槌』
ペーターは技名を叫んでハンマーを振り下ろした。
地響きのような重く鋭い音が響き、砂埃と枝が舞った。
拓真とカーリーは思わず顔を覆った。
美月も慌てて上の方に飛んで行ったのが見えた。
拓真は砂埃が治ってくると、目を開けて鳥の魔物を確認した。
鳥の魔物は搾り終えられた雑巾のように全身がひしゃげていた。
だらしなく開いた口から舌がだらりと垂れ、黒目のなくなった目玉は今にもこぼれ落ちそうだった。
文字通りの一撃必殺。
これがナイトの力か。
「死んでる・・・。
一撃で倒したんだ、あの人。」
ペーターと美月が空から降りてきた。
「また、腕をあげたね、ペーターくん。
でも、翼斬ったことは討伐補佐にちゃんとカウントしといてよ?」
「もちろんだ。討伐は終わったし帰るぞ」
美月が魔物討伐を報告した後に車に乗り込んだ。
車の中で拓真は美月に声をかけた。
「あのさ、姉ちゃん」
「何?」
「トレーニー卒業テスト、やっぱ受けたいんだけど駄目かな?」
「何で?」
「テストの内容聞いてたら
やっぱり大事だと思った。
現場に出て経験積めば慣れるだろうけど
今のままじゃ普通に足手まといだし」
美月だけでなく、ペーターも目を丸くした。
「だから、どうしても受けたい。
受けられるように何とかすんの手伝ってくれる?」
「拓真・・・。
わかった。私も一緒に上に掛け合うから。」
ペーターが割り込んだ。
「俺が父さんに掛け合っておく。
拓真、お前のその心掛けなら俺は全力で支持する。」
その後、阿久津拓真のトレーニー卒業試験は2週間後の6月17日に開催が決定した。
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