第6話:欠損

 阿久津拓真、その姉美月、ペーター・クラウスとその弟子カーリーがレベル5の烏型魔物を討伐した約1週間後の 

 6月13日、午後14時37分。

 突如として巨大なウツボカズラのような姿をした植物型の魔物が出現した。

 アプリンティス4人前後からなる班が3班

 出動したが、結果はベテランのアプリンティスの班長が殉職する形となった。

 班長は息を引き取る間際に部下にこう伝えた。

「早く、増援を呼べ。できればナイト以上を・・・。

 あの魔物に恐れず立ち向かう

 勇敢で強力なナイトが必要なんだ・・・」


 阿久津拓真が魔物襲撃の連絡を受けたのは帰りのホームルームが終わった後だった。今回の任務においてアプリンティスは必ずナイトと同伴することを念に押されたので、拓真は美月に連絡を取った。

 美月も大学での授業が終わったのでKnight's Taleに向かっていることを伝えた。報告を聞いた笹倉もヒーラーとして拓真に同伴して向かった。

 拓真、美月、笹倉。

 そしてペーターとカーリーの師弟がエントランスに集まり、車で現場に向かった。

 道中、拓真は車の中でぼやいた。

「最悪な誕プレだ・・・」

「ああ、誕生日今日だっけ・・・。

 誕プレ何が良い?」

 美月が声をかけた。

「今は思いつかない。考えとく。」

 ペーターとカーリーが顔を見合わせてから声をかけてきた。

「ハッピーバースデー、拓真!」

 カーリーがにこやかな笑顔を浮かべながら祝った。

「ありがとうございます、カーリーさん」

 拓真は穏やかな笑顔を浮かべて返した。

「何か欲しいプレゼントがあるなら俺にも言ってくれ。」

 ペーターも声をかけた。

「魔物退治が終わったら考えておきます。」

 笹倉もおずおずと声をかけた。

「なら、拓真くん。

 戦いが終わって欲しいものができたら教えてね。

 私も誕プレあげたいから・・・」

「ありがとう、笹倉さん」

 笹倉さんに労われて頑張るモチベーションができた。

「もうすぐ現場に着くよ」

 美月が車窓から外を見ながら声をかけた。

 そこで全員気合を入れた表情になり、

 戦闘準備に切り替わった。

 車からはペーターとカーリーの師弟コンビの後に拓真と美月が降りることになった。

 ペーターは指輪のエメラルドに指を置きながら声をかけた。

「車から降りたらすぐ変身しておけ。

 行く前に戦況を聞いた通り、

 ベテランのアプリンティスが1班壊滅してるみたいだしな。」

「わかった。」

 美月が返事を返し、拓真も頷いた。

 ペーターは指輪の誕生石を押しながら変身の合言葉を唱えて車を降りた。

 カーリーも師匠の後に続いた。

 2人は戦闘服に変身が終わるや否、周りを確認した。

 戦闘服の変身の光を確認したのか

 アプリンティスたちが集まってくるのが見えた。

「状況はひっ迫してるようだね」

 美月はぼやきながらも先に降りて

 ペンダントのスピネルを押して変身した。拓真もそれに倣い、変身しながら車を降りた。

 2人がペーターとカーリーに合流すると、

 ペーターが声をかけた。

「来たな。

 俺たちの目標はアレだ。」

 ペーターは指を指した。

 巨大なウツボカズラが根を張りながらズルズルと前進しているのが見えた。

 周りには茨のような蔦が何本も蠢いているのが見える。

「気をつけてください。

 アイツは危険です。

 コンクリートの瓦礫や車を溶かすほどの酸を吐きますし、何より蔦が多くて近づけない!」

 ペーターの近くにいた男性アプリンティスが忠告した。

「とは言え、準ナイトの美月さんが来たし大丈夫だろうけどな」

 アプリンティスの誰かがそう呟くのが聞こえた。

「マスター候補のペーターさんもいるんだ、勝ち確だろ」

 美月とペーターを取り巻く声がちらほら聞こえ始めた。

「俺たちに任せろ。

 後は報告を頼む。」

 ペーターが指示を出し、アプリンティスたちは従った。

「さて、行くぞ。

 今回は美月とカーリーが前に出ろ。

 拓真は後ろから狙撃で援護しろ。

 俺は真ん中にいる。

 笹倉もそばにいろ。」

 ペーターの指示に全員が納得して返事を返した。

「了解!」 

「なら、指示通り散れ!」 

 美月とカーリーが躍り出て、それぞれサーベルとククリ刀で蔦を切り裂いた。

 拓真は狙撃しようと銃を構えたが、

 蔦のような細い対象に命中させるには自分の技術が足りていないと直感で痛感した。

「ペーターさん」

 拓真は一度だけ声を張り上げて呼んだ。

 ペーターは瞬時に顔を向けた。

「すみません、俺の技術じゃ味方に誤射します。なので俺も近接に移ります。」

 ペーターはそれを聞いてハッとした。

「わかった。なら君の姉さんとカーリーを援護してくれ。」

「わかりました。」

 拓真は銃剣を構えて美月とカーリーの背中に向かって走り出した。

「あー、もう!

 蔦が多いな!」

 美月がサーベルを振りながら呆れた。

「たくさんいるネ!」

カーリーもククリ刀を動かしながら苦笑いした。

「2人とも、俺もやる!」

拓真が銃剣で周りを払いながら合流した。

しかし、拓真の背後斜め左後ろから蔦が伸びてきた。

「危ない!」

 美月が冷や汗をかいて叫んだ。

「プロテクト!」

 笹倉が拓真に手を向かって手を伸ばして叫んだ。防御の魔法が展開され、蔦が弾かれた。

「ありがとう!」

 拓真は笹倉に叫びつつ、近くの蔦を銃剣で受け止めた。

「邪魔だな・・・。」

美月は煩わしそうに呟きつつサーベルを納刀した。

『兎のステップ!』

この前のカラス戦で見た時のように

白兎が現れて蔦の群れに飛び込んだ。

 魔力と斬撃でできた白兎は駆け回るたびに蔦を細かく引きちぎっていった。

 拓真は銃剣で蔦を受け止めた後、薙ぎ払って距離を取った。そしてその後に蔦に向かって刺突を繰り出し、蔦を1体撃破した。

「よし!初めて明確に倒した!」

 拓真は思わず笑みが溢れた。

「ふむ・・・。」

 ペーターはそれを見て蔦の強さを分析した。

 美月の兎のステップで蔦はだいぶ一掃され、拓真もといアプリンティスが冷静に振る舞えば単独でも互角以上に渡り合える。

「蔦は最低でもレベル4はあるな。」

「ウツボカズラの方に行こう、ペーターくん!蔦はあらかた倒した!」

 美月がペーターに声をかけつつ、サーベルを抜いたままウツボカズラの方に走り出した。後ろからはカーリーと拓真もついて行った。

「ああ。」

 ペーターは笹倉に動くよう目配せした後、歩き出した。

 蔦の群れがまた一行の行手を阻んだ。

「どけっ!」

 美月とカーリー、拓真がまた相手をした。

 蔦と拮抗しながら拓真は改めて周りの状況を見た。

 美月とカーリーが同時に斬撃を入れて蔦を弱らせているのが見えた。

 ただし致命打には後一歩のようで、しおらしくもまだ生きている。

 ウツボカズラの根本から蔦がポコポコ生えているのが見えた。

 ベタな推理だけど、あのウツボカズラを倒さない限り蔦は何度でも生え続ける。

 ならば俺のやるべきことは姉やペーターさん、強い人を1秒でも前に送ることだ。

 あの虫の息の蔦どもに今俺の銃剣があたれば。俺の目に見えてる奴らに一撃が当たれば。

 ・・・閃いた。

「2人とも、下がって!」

 拓真は言い切らないうちに銃剣を構えて前に出た。

 美月とカーリーはただならぬ気迫を感じて従った。

目に見える敵に平等に振るう、均等な銃剣の薙ぎ払いの一撃。名付けるなら・・・。

『フェア・スラッシュ!』

 そう叫んで銃剣を薙ぎ払った。

 滑らかな斬撃が美月とカーリーそれぞれが相手した蔦と、拓真の目の前にいた2体の蔦に向かって繰り出された。

 その一撃で美月とカーリーが相手した蔦は絶命し、2体も勢いをなくした。

「俺が道を作る。だから行って!」

 拓真は瞬時に美月とカーリーに向けて声をかけた。

「あのウツボカズラを倒さない限り蔦は何度でも生まれる。

 さっき根元から生えてくるのを見た!

 だから行って!

 俺以外みんな経験長いんだから!

 このままじゃ泥沼になる!」

「わかった!!」

 美月が踏み出した。

「私もやるネ!

 アプリンティスで蔦を止めるヨ!」

 カーリーが拓真の近くに立ち、頷いた。

 拓真とカーリーが先陣を切った。

「俺が倒しやすくします。

『フェア・スラッシュ』!」

 拓真は再び新しい技名を唱えた。

 薙ぎ払った斬撃が蔦を吹っ飛ばし、拓真の目に見えている全ての蔦に均等なダメージを与えた。

「蔦、バイバイネ~」

 カーリーがククリ刀を回して蔦を切り裂いてトドメを刺した。

「もう一回だ、『兎のステップ』!」

 美月が再びサーベルを納刀して白兎を生み出した。

「今だ、ペーターくん!」

 ペーターは切り開かれた道を駆け抜けた。

「全員、感謝する。」

 ペーターは一瞬穏やかな笑みを浮かべると、ウォーハンマーを構えた。

 笹倉は途中で拓真の方に向かって合流した。

 ペーターは笹倉の離脱を確認すると、地面を踏み締めて跳躍した。

『正義の鉄槌!』

 戦鎚の衝撃がウツボカズラの全身を包み込んだ。

 ウツボカズラが揺れ、地上にいた拓真美月、カーリー、笹倉も顔を覆ってる地面を踏み締めて耐えた。

 土埃が入道雲のように舞い上がり、魔物の姿が見えなくなった。

 ペーターはウォーハンマーの柄頭を魔物に向けたまま埃が晴れるのを見守った。

 埃が晴れると、ウツボカズラの姿が見えた。

 ウツボカズラは葉が萎れて落ちていたが、本体はまだ生き生きとしていた。

「む・・・。」

 ペーターはウォーハンマーを構え直しながら分析した。

「全ての葉を犠牲にする代わりに俺の一撃を防いだか。」

「だけど、これで袋の部分が弱点だってわかったね!」

 美月が半分ほっとして声をかけた。

「ああ、あれさえ叩ければ決着が着くだろう。」

 ウツボカズラが再び蔦を生み出した。

「さっさと片付けるぞ!」

 ペーターの号令と共に再び全員が動いた。

 美月とカーリーが再び蔦を切り裂き、

 拓真も2人の後ろから補佐し、フェア・スラッシュが板についてきたようで

 しばらくして前線に移動し始めた。

 ペーターもウォーハンマーを構えて動き出し、カーリーと合流して蔦を減らしに行った。

 しかし、蔦はどんどん生み出され、気がつけば1人ずつ分断されていった。

「はぁっ、はあっ・・・」

 誰が吐いたともわからないため息が聞こえ始め、スレイヤーたちは一旦動きを止めて仲間の位置を確認した。

「数が多すぎるネ!」

 カーリーが肩で息をしながらぼやいた。

「くそっ、これじゃいつまで経ってもウツボカズラに辿り着けない」

 拓真も思わず声に苛立ちを乗せて口にした。

「たくさん蔦を出せる能力と、

 葉っぱを身代わりにしたとは言え、ペーターくんの正義の鉄槌を耐える強さ、もしかして・・・。」

 美月がまさかという声を出した。

「そのまさか、かもな。

 こいつは・・・。

 レベル詐欺の魔物だ。」

「レベル、詐欺?」

 拓真が言葉を反芻した。

「要は想定より強いってことだヨ!」

 カーリーが説明した。

「でも、私たちは負けない。

 勝つヨ!」

 カーリーが笑顔を見せつつも自分と周りに言い聞かせるように口にした。

 それを聞いた全員は頷き、特にペーターは

 誇らしげな様子だった。

 しかし、蔦が隙を見てカーリーの右腕に絡みついた。

「なっ・・・!

 離せヨ!」

 カーリーは左手のククリ刀を使って蔦を引き剥がそうとしたが、蔦がカーリーの関節を締め上げた。

「痛い!

 やめてヨ!」

 カーリーが悲鳴をあげ、右手からククリ刀が離れた。

「カーリーさん、今行きます!」

 拓真が向かおうとしたその途端、蔦がより一層カーリーの腕を締め上げた。

 カーリーは思わずのけぞりながら悲鳴をあげた。

『兎のステップ!』

 美月も嫌な予感を察したようで冷や汗をかきながら兎のステップを繰り出したが、他の蔦に妨害されてしまった。

 まずい、このままじゃ・・・。

 拓真は痛々しい様子に頭から血の気が引き、両足が笑ってしまった。

 全身を叱咤させて奮い立たせ、足を動かそうとした瞬間。

 蔦がギチギチと何かを締め付ける音と、硬いものにヒビが入る音がした。

 間に合わない、最悪の予感がよぎってしまい拓真は思わず凝視してしまい、美月は思わず目を背けた。

 何か硬いものが引きちぎられる音と

 肉が引き裂かれる音がした。

 鉄の匂いが鼻をついた。

「ぎゃああああっ!!」

 その直後にカーリーの絶叫が響いた。

「カーリーっ!!」

 ペーターが明らかに動揺して悲痛に弟子の名を呼ぶ声が聞こえた。

 拓真と美月はカーリーの悲鳴がした方を見て予想が的中したことを知った。

 カーリーは生きたまま右腕を引きちぎられてしまったのだ。

 二の腕を押さえて転げ回っている。近くにちぎられた右腕があった。

「クソッ・・・!」

 目を背けずに見たのだろう、ペーターは青白い顔のまま手から滑り落ちかけたウォーハンマーを握り直し、カーリーの方に一歩踏み出しかけたが、思いとどまって声をあげた。

「カーリーが負傷した!

 誰か援護を!」

「私が行きます!」

 笹倉が声をあげて向かった。

「なら、俺は2人を守る!」

 拓真はまずはカーリーになおも絡み着こうとする蔦に向かってフェアスラッシュを放った後に笹倉を援護した。

 笹倉は拓真のアシストを受けつつ蔦の接近を潜り抜けながらカーリーの元に到着した。

 しかし、

「はあ、それはないでしょ?!」

 美月が反論した。

「カーリーちゃんは自分の弟子でしょ?!

 なら行って助けてあげなよ!」

「この中で1番強いのは俺だ!

 だから俺が簡単に動くわけにはいかないんだ!」

「それはそうだけど、ペーターくんが行ってあげればカーリーちゃん安心するってば!」

 美月とペーターは自分に群がろうとする蔦を倒しつつ口論になった。

 ペーターが美月に反論しようとしたところ、蔦が背後から伸びてきてペーターのウォーハンマーに巻きついた。

 そして、ウォーハンマーに絡みついた蔦はモゾモゾとペーターから距離をとっていった。

「しまった、武器が!」

「あっ!」

 美月はやってしまったと青ざめた。

「ごめん、すぐ奪い返す!」

 美月はハンマーに絡みついている蔦めがけて踏み込んだ。

「俺がハンマーを取る!

 姉ちゃんはウツボカズラやっちゃってよ!」

 拓真がその場から声をあげた。

「いいよね、笹倉さん?」

「気をつけてね。」

 笹倉は拓真の武運を祈った後に手のひらを上に上げて唱えた。

「シールド!!」

 厚い膜の防御魔法が展開された。

「これなら蔦に耐えられる。

 いってきて!」

 拓真は頷きながら蔦の方に向かった。

 美月は弟の様子を見てウツボカズラの方に向かった。

「草むしりに剣を使うことになるとはな」

 ペーターはぼやきながらも掌に意識を集中させた。ペーターの右手にブロードソードが出現した。

騎士の舞踏リッタータンツ!』

 ペーターは独特のステップで左右に回り込みながら蔦を切り裂いて行った。

『フェア・スラッシュ!』

 拓真は更に活路を開き、ペーターよりも先に飛び込んでウォーハンマーを掴んだ。

「よし、これで・・・!」

 これで大丈夫だと言い切る前に

 拓真の死角から出てきた蔦が拓真の首に絡みついて絞めあげた。

「ぐっ・・・!」

「拓真!!」

 弟の窮地が目に入り、美月が思わず叫んだ。

 美月は涙目になりつつも拓真の方に向かい出した。

「させるか。

闘牛のトロ・・・・!』

 ペーターは剣を地面と水平に構えて力を貯めるような動きをした。

 その時、ウツボカズラがペーターめがけて球体を吐き出した。美月が対処しようとしたが間に合わず、ペーターは咄嗟に顔の前で両腕をクロスさせた。

 そこに酸の球体が直撃した。

 何かが腐食する音が響いた。

 ペーターは悲鳴を上げながら地面を転がって酸を地面に擦り付けた。

「ペーターさんっ!!」

 拓真は蔦を剥がそうともがきながら声をあげた。

蔦は依然拓真の首に絡んで締め上げたままだ。

「このクソ植物!弟に何をする!」

 美月が声を荒げながらサーベルを納刀した。

『バレット・ギ・・・っ?!』

 美月は技名を言い切る前に声色に驚愕が交じった。

 美月の右足首を蔦が貫いていた。

「ぐあっ?!」

 美月は噛み殺した悲鳴をあげながらその場にくず折れた。

「やめてぇええ!!」  

 笹倉も思わず叫んで拓真を絞めている蔦めがけてショックボールを放った。蔦は吹っ飛んだが、別方向から蔦が伸びてきて

 拓真を今すぐ絞め殺す気なのか、最初から強めに締め上げてきた。

「やめろおおおお!!」

 美月は絶叫しながら思わず落としたサーベルを拾おうと手を伸ばした。

 助けろ、助けろ!!

 和解したばっかりなのに。拓真とはこれからなんだ。

「ぐっ・・・」

 拓真は銃剣を突き立てようとしたが今更ながら無いことに気づいた。

 今更だけどとっくに銃剣が手から離れている。もうどこに落ちたのか自分で

 首を動かして探せない。

 視界が暗くなって狭窄してきた。

 もう抵抗する方法が何も思いつかない。

 俺はこのまま死ぬのか??

 今日は誕生日なのに命日になるのか??

「させはしないよ、そんな事は」

 ふと、優しくも力を孕んだ声が聞こえて視界の隅に黒い影が現れてふわりと後ろから優しく包まれた。

そして、後ろから半分指が出てる黒い

コンバットグローブをつけた手が伸びて来て、首に巻きついた蔦をビニールひもでも破くように引きちぎった。

蔦が外されたと同時に拓真は真っ先に酸素を体内に入れた。

「大丈夫かい、拓真くん?」

 普通に呼吸ができるようになってきたので拓真は改めて助けてくれた人の顔を見てその名を呼んだ。

「ありがとうございます、川辺さん・・・」

 川辺は今この場に2人しかいないかのように穏やかに笑いかけた。

 ポケットチーフの赤い部分が太陽の光を反射して優しく照り輝いていた。

蔦が視界の隅で躍り出るのを感じたので

拓真は落ちている銃剣を拾って構え直した。

川辺も笑顔は絶やさないものの、蔦を一瞥した。

 その時、

『雀の小躍り』

 茶色くて丸っこい雀の群れが拓真の視界に飛び込んできた。

雀たちは勇敢に蔦に立ち向かっていき、

蔦は粉々にちぎれて行った。

その後に靴音がして茶色い羽織に

黒い袴、黒いブーツを穿いている男性がこっちに歩いてきた。

 あれは、確か・・・。

 3話で川辺さんの右隣に立っていた男の人か。

 川辺さんがその人を一瞥して声をかけた。

はじめくん、ありがとうね。」

 川辺が名前を呼んだことで拓真は思い出した。武器のレクチャーにも書いてあった宍戸さんだ。

 宍戸は蔦を見据えながら声をかけた。

「蔦は任せろ。

 さっさとあの植物を枯らすぞ。」

川辺は言葉の代わりに頷き、改めて拓真に向き直った。

「今更だけど・・・、お待たせ。

 増援を連れて来たよ。」

 その言葉と共に2人の男と1人の女、計3人のアプリンティスが飛び出して来た。

「彼らはアプリンティスだけど

魔物を倒すのが大好きなグループでね?

だからその辺のナイトよりも血の気が多くて勇敢なのさ。」

確かに遠目から

「足りねぇな、もっとかかってこいや!」

と3人の中でいちばん派手な格好の男が叫んでいるのが聞こえる。

「アタシら全然ビビってねーし!

3人でかかればイチコロでしょ?」

カットラスを構えて笹倉と共にカーリーの保護をしている女も叫んだ。

飛び出してきた3人のうちのひとりである銀縁メガネをかけている男は淡々と

蔦に向けて発砲していた。

宍戸はしばらく蔦の相手をしていたが、

美月に駆け寄って肩を貸した。

「すみません、師匠2号・・・」

美月は一息ついてから礼を述べた。

「そのあだ名で呼ばれるのは久しぶりだ」

宍戸は表情こそ変わらないが、声にはにかんだ表情を乗せた後、美月に肩を貸した。

「このまま医療班の車に運ぶ。

一度に2人運びたいからおぶるぞ。

このままペーターを回収する。」

「その必要はありません。」

ペーターが声をあげながら立ち上がった。

酸がかかっていた腕には再生魔法が機能しており、皮膚のただれが弱まっていくのが見えた。

「このまま大した成果も上げれずに撤退は自分を許せませんから」

ペーターは返しながらウォーハンマーを拾った。

「私も同感です。」

美月は足に意識を集中した。

再生魔法が始まり、貫かれた右足首の傷が塞がり始めた。

「揃いも揃って頑固者が」

宍戸はため息混じりにぼやいた。

「一くん、アイツどっちがやる?」

川辺が声をかけた。

「レディーファーストだ。

どうぞ」

宍戸はペーターと美月を見守りつつ返した。

「ありがとう」

川辺が礼を返した直後にペーターが川辺に声をかけた。

「俺が弱らせますからとどめをお願いします!」

ペーターはウォーハンマーを構えた後に呟いた。

「サンダーボール、チャージ・・・!」 

一瞬で電流が鋭く走る音が聞こえた。

ペーターの周りには蔦が集まりかけていたが、宍戸が妨害し、その隙に美月は足首の傷をほとんど治した。

「溜まった!そろそろ大人しくしろ!」

ペーターは跳躍し、戦鎚を振り下ろした。

『裁きの雷槌!』

衝撃と共に電流がウツボカズラ全体を覆った。ウツボカズラは痺れているようで、苦しそうにのたうちまわった。

「私だって!何かしら貢献したい!」 

美月が歯を食いしばりながらその場で

強く足を踏み締めた。

ほとんど塞がったとはいえ完治していない右の足首から血が流れ出ているが、

気づかないふりをして

美月はサーベルの切先をウツボカズラの根元に向けて狙いを定めた。

「るおおおおお!!」

美月は体力、気力を全て使い切る勢いで地面を蹴り、サーベルを投擲した。

サーベルはダーツのように安定して弧を描いて飛んでいき、柄の根元まで深々とウツボカズラの根元に刺さった。

「よくやった、2人とも!

あとは任せな!」

川辺は高揚した声をあげながらウツボカズラの袋めがけて飛び込む勢いで地面を蹴り、跳躍した。

拓真はその様子を見守った。

『一蹴』

 格闘技のマニュアルの見本技のように綺麗なフォームで回し蹴りが繰り出された。

 ウツボカズラ型の魔物は木っ端微塵になり、地面に崩れ落ちた。

魔物は最後の足掻きとして酸の球体を吐いた。

「おっと・・・。

 もう一発か?」

 川辺さんはもう一発蹴りを放とうとしたが、宍戸さんが刀に手をかけたまま前に出た。

「十分だ、俺がやる」

 宍戸さんは球体の前まで進み出て位置を調整すると、即座に抜刀した。

瞬水閃平しゅんすいせんぺい

いつの間にか宍戸さんは抜刀していた。

風景と同化した立ち筋から斬撃が横一文字に放たれて酸の球体を直撃した。

球が横一文字に真っ二つに割れて霧散した。そのおかげで被害は全く出なかった。

 これがマスタークラスの力か。

 増援に来た先輩たちと裏方の人たちが

 歓声を上げた。

「師匠・・・!」

 美月は宍戸に肩を借りたまま声をあげた。

「弟を守ってくれてありがとうございます!」

「いいってことよ。

しかし君、その場からとは言え足を完治させないままサーベルを投げるなんて。

 ペーターくんも。

弱らせてくれてありがとう。

一蹴じゃダメでしたってダサいことに

ならなくてよかったけどさ、

 2人とも相変わらず無茶するねえ」

 川辺は少し困ったような顔をしつつもヘラヘラ笑った。

 川辺さんは俺たちが手も足も出なかったのに文字どおり一蹴して倒した。

 いや、違う。

姉ちゃんはなんだかんだ気合で動いてサーベル投げてたし、ペーターさんも技を繰り出して弱体化させていた。

手も足も出なかったのは俺だけか。

「クソッ・・・」

やるせなさから思わず悔しさが喉をついた。周りに聞こえない程度の声量で呟いたつもりだったけど、川辺さんが聞き取ったようで相変わらず穏やかな笑みを浮かべながら声をかけて来た。

「来る前に戦況を聞いたよ。

君、技を生み出したんだって?

入隊して1ヶ月半ほどで必殺技の開発。

君の姉さんも成し得なかったことだ。」

それを言われて拓真はハッとした。

「大丈夫だよ。焦らずに行こう。

強くなりたい。そうやって前に進むモチベーションと努力を重ねる行動力があるのなら君は必ず強くなれるよ。」

川辺は言いたいことを言い終わったと言わんばかりに背を向けて歩き去った。

「はい・・・!」

拓真は帰還するために川辺の後をついて行った。

こうしてレベル詐欺の魔物は討伐完了として収束を迎えた。

拓真、美月、ペーター、カーリーは帰還して手当を受けた。

右腕を粗雑に引きちぎられたカーリーだったが、笹倉の応急手当てが功を奏したようで、クリスティーヌの魔法により

カーリーの右腕は無事に接合した。

これにより全員に安堵が広がった。

病室では穏やかにカーリーに笑いかけていた美月だったが、病室から出て談話室に向かった瞬間、

「おい、そばかすハンマー!」 

美月は声をあげてペーターに掴みかかり、胸ぐらを掴んだ。

ペーターは咄嗟のことで対応できず、目を丸くするばかりだった。

美月はペーターの反応は気にも留めず

そのまま壁に押し付けた。

「よくも弟を危険な目に遭わせたね?

 もう少しでうちの子は首が絞まって死ぬとこだった!

カーリーちゃんのこともだよ。

アンタさ、スレイヤーのことものだとでも思ってんの?」

ペーターは顔を顰めながら声を絞り出した。

「もの扱いはしてない。

 スレイヤーは財産だ。」

「人間だよ。

スレイヤーは変えのきく部品でも財産でも無い!」

「わかってないのはお前だ!

 いいか、美月。

スレイヤーは組織の共有財産なんだ。

金のため、理想のため、愛する人のため、自分のため。

目的は個人によって色々あるだろうが

スレイヤーとして身を置いてる以上

どんな危険に見舞われ、命が晒されても

 遂行する義務がある。

 俺たち組織が勝つために。」

正論だと思ったのか、美月の力が緩まった。

「わかってるよ!でもだからって、

 今回の件は許せない!」

 今度はペーターが声を荒げた。

「お前は弟を想っているが、じゃあなんだ?今回死にかけたのが拓真じゃなくても同じことを言ったのか?

 アプリンティスや、同期だったとしても同じ言葉を投げかけたのか?」

 すると、美月は即座に口を開いた。

それと同時にまた掴む力が強くなった。

「言ったよ!!

 誰が相手でも、必要以上に危険に晒されない方がいいって言ってんの!

 舐めんなよ?年下のくせに!」 

それを聞いたペーターが低い声で美月を睨んだ。

「なんだと・・・?」

拓真は冷や汗をかきながらそろそろと2人に近づいた。

 やばいな、このままじゃ一即触発は時間の問題だ。これ以上はマズい。

拓真はまず美月に声をかけた。

「やめろよ、姉ちゃん。絞め殺す気か?

 ペーターさんを離せ。」

「俺は自分の意思でペーターさんを援護した。

それで死にかけたのは流石にビビったけど

川辺さんが助けてくれたし結果オーライだってば。」

「拓真・・・。」

美月はペーターの胸ぐらから手を離した。

それを見て拓真は胸を撫で下ろした後にペーターに向かって口を開いた。

「ペーターさん。アンタの意見はわかりました。俺は改めて自分が恵まれてるって再確認できましたから。

俺は今まで姉ちゃんに守られてたし、

俺にはある程度才能があるみたいだから

今日まで大した怪我はしなかった。

認識が甘かったんだ。

アンタのおかげで俺は今一度、スレイヤーとしての認識を改めて、しっかり活動しようと思います。

ただ・・・。

もう少しスレイヤーのことは人間扱いした方がいいと思いますけどね。」

「フン・・・。」

ペーターは鼻を鳴らして美月が掴んだ部分を整えた。

「アンタがそこまで言うなら・・・。

わかった。これ以上はもうペーター君に何も言わないから。」

美月が引き下がった。

クリスティーヌが2人の方に近づいてきた。

「2人とも、もう落ち着いた?」

「なんとか・・・。

すみません、クリスティーヌさん。

でも、いくらあなたの頼みでもこれは譲れない。

弟とはこれからなんだ。」

「そう・・・。」

クリスティーヌが苦笑いしつつも眉間に皺を寄せた複雑な表情をしつつ、美月との会話を切り上げてペーターの方に向かった。

ペーターは相変わらず美月に掴まれたところを押さえつつ

「姉さん気取りか?」

と半ば八つ当たりのように口にした。

クリスティーヌはクスクス笑った。

「そうね。私には兄弟はいないわ。

でも、妹や弟がいたらこんな喧嘩をしてるのを見てたんでしょうね。」

それを聞いたペーターは面くらったのか、目を丸くしながら

「そうかよ・・・」

と引き下がっていった。

それ以降は談話室で何も会話は起こらなかった。

拓真と美月は関東本部から家に帰ろうと廊下を歩いていた。

途中でペーターの部屋の前を通りがかった。その際にジャックの声が聞こえた。

「ペーター=ジョルジュ・フォン・クラウス。」

その声を聞いた拓真と美月は思わず足を止めた。前に聞いた時とは裏腹に、明らかに苛立ちの様子が声にこめられていたからだ。

「今の声って長官だよね?」

拓真は思わず姉に尋ねた。

「うん、キレてるね。

あとアンタは海外ドラマ見ないだろうから言うけどさ、海外の人が相手をフルネームで呼んでる時ってシリアスな時だから

長官間違いなくキレてるよ」

拓真と美月は思わず好奇心が勝り、

聞き耳を立てた。何故かドアの隙間が少しあったのでそこから中も覗いた。  

ペーターがパソコンの前で背筋を伸ばして

画面越しにジャックと向き合っていた。

「今回の魔物は確かにレベル詐欺の個体だったがレベルを改めて分析するなら

当初はレベル5、実際はレベル6程度のものだ。マスターが出動するようなレベル7以上ではない。」

「改めて俺もそう思います。」

「常日頃から言っているだろう?

もっと余裕を持て。

お前が終始冷静だったらあの程度の魔物は

お前の実力の範疇に十分収まる個体だ。

何故お前をこの国に派遣したかわかるか?」

「・・・マスター昇格を内定させるため?」

「そうだ。わかっているじゃないか。

わかっていてこの体たらくなのか・・・」

ジャックは思わず頭を抱えてため息をついた。ペーターは

「申し訳ありません・・・」

と項垂れた。

その姿を見ていたたまれなくなった美月は思わず乱入した。

「お言葉ですが、長官!

必要以上にペーターくんに厳しすぎでは?」

「バカ!」

拓真はその場から声をかけたが時すでに遅しだった。

2人の乱入者に父子は目を丸くしたが、ジャックが改めて声をかけた。

「2人ともまだいたのか。

もう帰りなさい。

怪我を治してもらったとはいえ

疲れただろう?」

「ええ、まあ・・・」

拓真は返事を返しつつ姉の様子を伺った。

ジャックは拓真の返事を聞いて満足した後に美月に向き直った。

「普通の家に生まれていたらこの子は

普通に育てたさ」

ジャックはどこか自分に言い聞かせるように口にした。

「だが、この子は私の家に生まれたのだ。私の子だ。だから後継者に相応しいように育てているんだ。」

「改めてペーターくんが後継者・・・」

美月はやっぱりというようにペーターを一瞥した。

「わかってもらえたかな?」

ジャックは美月に声をかけた。

「はい・・・。

会議の邪魔をしてすみませんでした。」

美月はおずおずと引き下がった。

ペーターは一息ついた後にジャックに向き直って声をかけた。

「とりあえず、すぐ巻き返せるようにします

。」

ジャックは頷いて会話を切った。

会話が終わったので拓真もおずおずと数歩室内に足を運んだ。

ペーターは誰に言い聞かせるでもなく口を開いた。

「薄々気づいてるんだ、父さんは俺にスレイヤーのことしか期待してないこと。」

拓真と美月は顔を見合わせてペーターにかける言葉を探したが、見つからなかった。

「ナイトとマスターの昇格方法として、

ナイトは昇格を宣言してから3年以内に

レベル4~6までの魔物を30体倒す必要がある。あとは必殺技を最低1つは持っておくことだ。そして、自分を育成してくれたマスターと、それ以外のマスターから昇格の承認がいる。ただし、承認は1人でもいい。」 

拓真が

「なるほど・・・」

と呟き、美月が

「そうだったね」

と呟いた。

「マスターは昇格を宣言してから5年以内に

レベル4~6の魔物を100体討伐がノルマだ。そして必殺技は最低5つは編み出さなきゃならない。

あとは今現在マスターとして活躍している人の全員から承諾を受けられなければなれないんだ。

そして、昇格時に討伐した魔物の数はそれぞれ別だ。

だからナイトからマスターになるには

合計130体魔物を討伐する必要がある。」

「ペーターさんはいくつ魔物を倒してるか聞いてもいいですか?」

「この前のカラス魔物がカウントされて90体。

ナイト昇格時の30体とと合わせて

合計120だ。」

「カーリーさんの言う通り、ほんとうに

 マスターに近いんですね・・・」

「マスターになるまでもうひと頑張りってとこだな。

現場の最高峰である階級に立てば、

少しは父さんの見てる景色が見えると思うんだ。それであの人を理解できるかもしれない。」

ペーターは表情に変化は無かったが、

声に期待と自信を混ぜて呟いた。

「ペーターくんなら必ずなれるよ」

今度は美月が自信をもって伝えた。

「おう」

ペーターははにかんで返した。

それ以降は互いに気まずくなり、

互いに帰路について身体を休めた。


 1週間後、大きな出来事としては

カーリーの不調が起きた。

拓真が授業中の間、魔物が出た通知が関東本部に通達され、ペーター、カーリーの指定コンビが出動となったが

カーリーが明らかに右腕を押さえて怯え出した。ペーターが「行くぞ」

とカーリーの右手を握ったところ

カーリーは半狂乱になって医務室のベッドに飛び込み、布団を被った。

「魔物に右腕なんか取らせやしない!

私の腕よ!私の腕よ!!」

とひたすら叫んだため、クリスティーヌと控えでいた美月が2人がかりで取り押さえることになった。

美月はカーリーにかける言葉を終始考えていたが

クリスティーヌは

「そうね、あなたの腕はあなたのものよ。

怖いところに行かなくていいのよ。

でも落ち着いてね?」

と穏やかに声をかけていた


結局ペーターが単独で出動したため魔物はなんとかなった。

任務は無事に終わり、任務から帰還後、

ペーターは弟子にこう告げた。

「カーリー、お前とは3年間やってきたが

それではもう酷だ。

今日でお前との関係は解散する。」

ペーターとカーリーの師弟関係解散はあっという間に伝わり、拓真と笹倉は授業が終わり次第すぐに向かった。

ペーターは2人に理由を淡々と述べた。

「一度魔物の恐怖に屈した者は二度と立ち上がれない。日付が浅いとはいえ

心があの損傷具合じゃなおさらだ。」

拓真と笹倉は顔を見合わせたが何も言い返せなかった。

「カーリーはケニア出身だ。

改めて故郷で思う存分休んでもらうことにする。別れの言葉を考えておけ。」

そこからカーリーの帰国はスムーズに決まった。

空港に向かい、クリスティーヌと笹倉がカーリーを優しく抱きしめた。

美月は手を振ってカーリーを見送った。

拓真も「元気でいてください」

と無難ではあるが、シンプルな言葉を選んだ。

ペーターは「向こうでも達者で暮らせ」

と一言を告げて搭乗口に行くよう促した。

カーリーの背中が小さくなるのを見送った後、美月はペーターに声をかけた。

「3年一緒にいたのにあっさりしすぎじゃない?」

「俺は口下手だからな。かける言葉は咄嗟には出てこない。」

笹倉が思わず割って入った。

「咄嗟にってことは、よく考えた言葉はあるんですか?」

ペーターはしばらく沈黙した後にはにかんで答えた。

「まあな」

ペーターは返事を言い切らないうちに指を鳴らした。

ここからは後でカーリーが送ったことで知ったことになるが、この時カーリーのリュックの内ポケットに手紙が現れた。

カーリーは空の長旅のお供に読むことを決めた。飛行機の中でカーリーはゆっくり丁寧に封を切って手紙を読んだ。

「 親愛なる元弟子へ

お前に伝える言葉を色々考えたが、洒落たものは思いつかなかったし、

直接言うのは性に合わないから、

これを書いている。

 お前がどう思っているかはわからんが、

出会ってから3年間、お前と一緒に戦えて、本当に幸せだった。

 俺の方が師匠だったはずなのに、お前から教わることも多かった。

 魔物に両親を奪われ、魔物によってお前の目の前は暗くなった。

 魔物に翻弄されたお前の人生の中で、 俺が少しでもその暗闇を緩和できてたらと願う。

 これからは、魔物にも任務にも左右されずに自分の心の従うままに生きろ。

 これからは肩の荷を降ろして達者で暮らしてくれ。

 それだけは願ってる。


 敬具

ペーター=ジョルジュ・フォン・クラウス」

師匠マスター・・・」

カーリーは搭乗員が心配して飛んでくるまで号泣していた。

カーリーから手紙の内容を聞いた美月は

改めてペーターに声をかけて謝罪した。

「ペーターくん、改めてこの前のレベル詐欺の時は本当にごめんなさい。

私がテンパらなければペーターくんはハンマーを取られずに最後まで戦えてたよね?」

「胸ぐら掴まれたしおあいこにしとこう」

「ありがとう。

とはいえこのまま有耶無耶にするのは気が引けるから何かお詫びの品を贈りたいな。」

ペーターはしばらく考えた後に口を開いた。

「なら、プレミアムモルツをボックスで頼む。日本のビールだとあれが1番美味い。」

「さすがドイツ人だね・・・」

美月は苦笑いした。

いつのまにか拓真と笹倉が2人の近くにおり、2人が雨降って地固まったのを見守っていた。

2人ははにかんだ笑顔を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SLAYER'S TALE Sunツリー @mkn-dbl

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ