第3話:初陣
俺が体操服に着替え終えて廊下に出ると
エステルさんとウィリアムさんが2人で待っていた。
まずはエステルさんから教わることになり、彼女は俺を訓練室に連れて行った。
案内された部屋は先ほどマスターさんたちの自己紹介を受けた部屋だった。
「ここが訓練所なんですね。」
「そうね。ここで大体の武器のトレーニングをやるのよ。
銃火器の訓練はそれ専用のお部屋があるからそこでって感じ。
廊下で話した感じ、あなたは銃剣に興味があるみたいだから、今日はそれをやっていきましょう。」
「よろしくお願いします。」
「まずは銃剣について説明するわ。
シンプルに言うなら、ライフルの先っぽにつけるナイフのことよ。
国によって名前や形が少し違うんだけど、
私の場合は故郷、アメリカのM9を使わせてもらうわ。
このM9は軍で普及してるライフル、
M16と相性が良いの。
ま、私は拳銃使うんだけどね。」
「エステルさんは軍にいたってことなんですか?」
「母親がね、軍人なの。
だからその影響で私も長く兵士だった。
私は陸軍で、兄のウィリアムは海兵隊だったわ。
私と兄は見ての通り辞めたけど、
母は今でも軍にいるのよ。」
「兄妹揃って兵士なんですね。」
「それはあなたたちもでしょう?」
とエステルさんはクスクス笑った。
「さあ、お話はこれくらいにして、
レッスンをまた始めましょうか。」
そこからは銃剣の基本的な取り扱い方と
基本の型を教わった。
褒めて伸ばすタイプの人のようで、
常に笑顔で、丁寧に説明してくれた。
訓練が終わると、エステルさんは
コーラの缶とカードを1枚渡して来た。
「お疲れ様。
今日は良くがんばったわね。
この後はウィリアムの元でライフルの訓練でしょう?
しっかりリフレッシュしてね。」
「わかりました。
コカ・コーラだ・・・。」
「兄に伝えておいて。
コカ・コーラこそコーラの中で
ブランドNo.1だってね。」
「わかりました・・・。
あと、このカードは何ですか?」
「私、表の顔はアメリカ料理の店をやってるの!」
言われてカードを見てみる。
そこには店の名前と住所が記載されていた。
「お腹空いたら食べに来てね!
出来立てをたくさん用意して待ってるから!」
「ありがとうございます。
今度、部活のメンツ誘ってお邪魔しますね。」
身体が落ち着いて来たので、
俺はウィリアムさんの元に向かった。
教えてくれた部屋に向かうと、
ダーツに使うような円形の黒い的と、
人間の形をした黒い的がいくつも固定されている部屋だった。
アクションもののハリウッド映画に
こんな感じの部屋で銃を撃つシーンが
あった気がする。
ウィリアムさんが軽く帽子の鍔を下げて会釈した。
「よろしく。これからお互い、友好な関係を築けることを願う。」
「よろしくお願いします。」
「銃を選んだか・・・。
日本人の割にあんなに即決するとは思わなかった。」
「理由はさっき話したのがメインです。
あとはまあ、銃はやっぱり日本だと
中々使えないから使ってみたいのもありますね。威力が高いからすぐに魔物を倒せるでしょうし。」
「そうか・・・。
理由はどうであれ、俺個人としては銃を扱うやつは心の優しいやつだと思ってる。」
「と、言いますと?」
「銃というのは、外せない武器なんだ。
外したら最悪仲間に当たるか、
果ては暴発して自分を傷つけるかだ。
そんなものを問題なく扱える人間は
他者のことを常に自分より何倍も気にかけられる人間なんだよ。
お前の使いたい銃は何だ?」
「狙撃銃です。」
ウィリアムさんはゆっくりと俺の方に歩いてくると、ライフルを見せた。
「俺はこれでしか教え方を知らん。
だから俺のある知識全てをお前に伝える。」
「押忍。」
会話はそこで締め括られ、
あとは丸1時間、スナイパーライフルの
レクチャーが始まった。
改めてウィリアムさんと向き合ってみると、アメリカ人の割にだいぶ無口でクールな人だなと思った。
というか、むしろ淡々と教えてくるその姿はある種、銃を撃つことに特化したアンドロイドみたいな無機質さを感じた。
でも、銃のスタンスを話した感じ、
この人の身体の内側には常に熱いものが流れている、優しい人なんだろう。
歳を取ったらこんな渋い男になってみたいと思った。
レッスンが終わると、俺の両腕はくたくたでぷるぷるしていた。
明日からしばらく筋肉痛不可避だろう。
「お疲れ。
疲れを取るためには甘いものが良い。」
ウィリアムさんがコーラの缶を渡してきた。
エステルさんからも貰ったのになと思いつつ、好意を無下にするわけにもいけないので一応受け取る。
パッケージを見てみると、ペプシコーラだった。
そう言えば・・・。とエステルさんが伝えてたことを思い出し、口を開く。
「エステルさんから伝言です。
コーラはコカ・コーラが1番だって・・・」
それを聞いたウィリアムさんの目の色が変わった。
「アイツめ、まだそんな戯けたことを。
覚えておけ、阿久津 拓真。
コーラに相応しいブランドは
クソったれコカインのブランドではなく、
このペプシだと言うことをな。」
「あっ・・・」
ウィリアムさんの言葉を聞いて思い出した。
そう言えばコーラにはきのこの山たけのこの里みたく、ペプシvsコカ・コーラという2つの派閥があったことを。
迂闊だった。俺自身、コーラはどっちも美味いから気にしたことなかった。
次からこの話は控えるようにしよう。
「とりあえず、エステルさんからの言葉は
伝えましたので・・・。」
そそくさと会話を切り上げ、家に帰った。
訓練を積んで2週間後、学校終わりに川辺さんがまた俺を呼び出した。
用件は何か聞いてみると、
川辺さんはいつも通りニコニコしながら口を開いた。
「やっほー。こんにちは。
元気してる?」
「訓練ばっかで筋肉痛ですよ。
でも、魔力を身体に流してるからか
治りが早い気がします。」
「筋肉痛が起きてるなら健康に身体を使えてる証拠だ。けっこう結構。」
「それで、用件は何ですか?」
「君を襲った犬のこと、覚えてるかな?
表向きは君が4人目の被害者になった
野良犬騒ぎだよ。」
「覚えてますよ。というか、忘れずに
あの時の光景は焼き付けてます。」
「実はあの犬、君のお姉ちゃんが追ってるんだけど少し調査に骨が折れてるみたいでね。調査くらいなら魔法が使えなくてもできるから手伝ってあげてくれないかな?」
「あの犬、姉ちゃんが追ってたんですか?」
「そうそう。私も手伝うと言ったんだけど、
一人でやれる所までやりたいと言っていたからね・・・。
ただこれ以上は美月ちゃんのキャパオーバーになっちゃうだろうし、
なんならアイツ、また他の人襲いそうだしね。」
「確かに、それじゃあ本末転倒ですね。」
「君がよければ、手伝ってくれるかな?」
「はい。独りじゃないし、受けようと思います。」
「ありがとう。このことは君の初任務としてお給料を出すように上に掛け合っておくよ。」
話していると、姉が入ってきた。
「お疲れ様です、川辺さん・・・
って、どうしてアンタもいるの?」
「私が呼んだんだよ。
調査を手伝ってもらおうと思って。」
途端に姉は顔を顰めた。
「しかし・・・。」
「気持ちはわかるよ。
君が動いてくれてるから
犬の襲撃は死者が出ず未遂で終わってるけど、
倒せないせいで被害は出てるからすぐ解決した方がいい。それに・・・。
君、本調子じゃないでしょ?」
「本調子?」
思わず疑問に思って口に出した川辺さんの言葉に川辺さんはクスクス笑って答えた。
「君の姉さん、二日酔いなの。」
思わず姉を見つめた。
姉は酒がまだ抜けてないのか、こめかみを押さえている。
姉は何か言いたげだったが、川辺さんの
正論パンチに根負けしたようで
一瞬黙ってから口を開いた。
「・・・ごもっともです。
拓真と共に事件を解決します。」
「拓真くんにも言ったけど、
調査なら魔法が使えなくてもできるからね。2人とも、気をつけて行っておいで。」
姉と共に礼を述べて任務に向かった。
俺と姉ちゃんは犬に襲われた人の聞き込みのため、病院に来た。
聞き込みをする人は3番目に襲われた人
調べていくと、一つの共通点が浮かび上がってきた。
笹倉産婦人科という病院に出入りしていた記録があるのだ。
流石に襲われた男の人の方は自分が通院してるわけじゃないけど、子供を産んで経過観察で入院中の奥さんに面会した帰りに襲われたらしい。
笹倉という名字に俺は引っかかった。
部活のマネージャーの笹倉さんと同じ名字だし、両親は医者だと言うからその関係者だろうか?
一応姉にその事を伝えた。
「なるほどね・・・。
これからどうするつもり?」
「まだ夕方だし、宿題忘れたていで学校に戻るよ。
それで笹倉さんに接触を図って一緒に帰ろうと思う。」
「わかった。
なら、車の中で待ってるから。」
「了解。」
姉ちゃんに校門近くまで車で送ってもらい、校内に入った。
宿題はカバンの中に入れてはいるが、
アリバイを立証するために机の中をがさごそと漁る。当然ながら机には無いことを確認して隣のクラスに向かった。
隣のクラスに入ると、時間が時間なこともあって人はまばらだ。
クラスを覗くと、片倉さんがカバンを机の上に置いて身支度をしていた。
今が千載一遇のチャンスと思い、
笹倉さんが教室を出るまで待つ。
そして、意を決して偶然を装い、声をかけた。
「おす、マネージャー。」
「拓真くん、やっほー。
どうしたの?」
「今から帰ろうと思ってるんだけど、
最近物騒だし、よかったら一緒に帰りたいなと思って。あーでも、帰り道真逆だったっけ?」
「いいよ。今日は帰り道同じ方角なの。」
「今日はこの後なんかあるの?」
「叔母さんの病院のお手伝いするんだ。」
「叔母さんも病院やってるんだ。
何科?」
「産婦人科よ。」
「そのお手伝いとかめっちゃかっこいいね。」
「手伝いと言っても、受付やるだけ。
赤ちゃんのことは流石に大人になんなきゃやらせてくれないかなぁ。」
「さすがに高校いる間はそういうの手伝わせてくれないか・・・。
でも、少しでもお手伝いするのはすげーよ。」
「ありがとう・・・。」
何を言おうか考えていたら小腹が空いてきた。
「ごめん、お腹すいたから病院行く前にコンビニ寄っても良い?」
「いいよ。私もなんか買いたくなっちゃった。」
そろそろ病院に向かおうかと言うこともあり、俺たちは学校を後にした。
コンビニに寄った俺はアイスを買うことにした。
笹倉さんはチキンを買ったようだ。
これを機にもっと彼女と仲良くなりたいと思い、分けれるタイプのアイスを買った。
「よかったら、どうぞ。」
と買い終わった後にアイスを1つ差し出してみる。
「いいの?」
「これからお手伝いだし、多く食べてエネルギー作った方がいいんじゃないかな?
それにチキンって脂っこいものの後に
甘いもの食べたら口の中さっぱりするだろうし。」
「ありがとう。」
と笹倉さんはにっこり笑いかけてきた。
彼女の地毛の茶髪とくりくりした目でふわっと笑いかけてくる笑顔が夕日によく映える。
可愛い。
その想いが顔に出てバレないようにするために早足で歩く。
ふと、襲われた時と同じく、地面から何かが飛び上がる音が聞こえる。
犬だ!どこにいる?!
全身に神経を張り巡らせて犬の姿を探す。
「拓真くん?」
すると、前から飛び込んでくる犬の姿があった。
犬が前足を大きく振り上げる。
身体をひねって避けると、さっきまで自分がいたところからミシミシという音が聞こえ、コンクリートの地面にはヒビが入り、クッキーみたいにガラガラと崩れ去った。
そして最悪なことに、
壊れた道の破片は笹倉さんに降り注いだ。
「笹倉さん!」
俺は全力でダッシュして彼女を抱き上げた。
「やばい、頭から血が出てる!」
俺はハンカチを取り出して彼女の血を拭い、頭に巻いた。
躊躇うな。手間をかけるな。
そうしなきゃあの犬が今度こそ殺しにくる!
ハンカチを巻き終わったので犬の方を睨んで確認する。
すると、車の音が聞こえてきた。
姉ちゃんが来たのか。
そうだ、俺は一人じゃない。
車が減速して俺の横に止まった。
俺は即座に笹倉さんをおぶって車に近づいた。
姉ちゃんが入れ違いで車から降りてきた。
何故かニマニマしながら姉ちゃんは俺に向かって口を開いた。
「その子を離すなよ?
優しく車に乗せてあげてね。」
「わかってる!」
姉ちゃんが後部座席の扉を開けた。
犬の方に歩きながら、姉ちゃんは背中越しに告げた。
「あんたは車の近くにいて彼女を守って。」
「了解」
姉ちゃんは余裕そうに一度ニマッと微笑むと、ペンダントの宝石を押した。
「さて、マジえるとしますか。」
服はこの前見た王子様みたいな服に変わり、腰には剣が出現した。
その様子を見て川辺さんと会話したことを思い出した。
「スレイヤーが魔物と遭遇した場合、
魔物の攻撃を受けても効きにくい戦闘服を着て戦うことになるね。」
「姉ちゃんが変身してたやつですか?」
「そうそう。あんな風に、
まずは戦闘服を装着させる魔法となる合言葉を言うの。そうしたら誕生石がスイッチの役割を果たすようになるから柔らかくなる。
それを押せば変身完了ってわけ。」
「なるほど・・・。」
「でもまだ、君は戦闘服を製作中だからね・・・。
この前、誕生日と服の上下のサイズを聞いた時に、デザイン案も出してくれたからもうちょいでできると思うんだけどね。」
「もし戦闘服が無いのに襲われたらどうするんですか?」
「その時は魔法の出番だよ。
服に魔力を纏わすと服が破れにくくなる。
あとは、食らったらヤバそうな魔物の攻撃はバリアの魔法をかけるといい。
手を伸ばして、手のひらに魔力を張り巡らせて。受けるダメージを減らしたいと常に願うんだよ?
詳しくはこのマニュアルに書いてあるから。」
と川辺さんは冊子を渡してきた。
「わかりました。」
「君のことは、私はもちろん君の姉さんが
君を守るから基本的には安全だろう。
だがもし、自分の身を自分で守る必要が出て来た時は、マジエンス 常巡を意識しなさい。」
「常巡・・・?」
「要はいつも全身に魔力を流しておいて欲しいわけ。非常時になんとかなるようにね。
魔力を常に身体全身に流し続けるルーティン。それがマジエンス 常巡さ。
マジエンスの基本中の基本だよ?
スレイヤーはみんな身につけてる。
忘れないでね?」
「なるほど・・・。」
「戦う時は魔力を流し続けることを考えて。そうすれば君の攻撃はどんなに弱くても、魔力を纏った肉体、武器は対魔の効果をもたらすことになる。」
川辺さんとの会話を思い出しながら
姉ちゃんの動向を見ていると、
姉ちゃんが歩きながらカーテンの魔法の呪文を唱えた。
『彼のものから我と汝を覆い守り、
秘め事を包み隠したまえ』
それを見て俺にも戦う勇気が沸いてきた。
「・・・よし!」
やってやる。俺だってやってやる!
ここからライフルを使って姉ちゃんをサポートする。それで犬をさっさと倒して帰るんだ。
右手を開いて、手の中に武器があることを強くイメージする。
来い!現れろ!
すると、手の中にバヨネットのついたライフルが出現した。
武器は問題無く出せた。
これで自分の身を守れる。
あとやる事は・・・。
また、川辺さんから説明された事が思い浮かんできた。
「もし魔物と遭遇したら3つの事を守ってね。
1.戦闘服に服を変えること。
まだ君は服ができてないから、
戦闘服の無いトレーニーは自分の身を守ることを優先すること、かな。」
「了解です」
「2.カーテンの魔法をかける事。
この魔法をかけると一般人は本能的に
この魔法がかかっている場所を避けてくれるんだ。だから巻き込む事はない。」
「範囲はどのくらいなんですか?」
と質問してみる。
「一人がかけるなら半径40mだよ。
この魔法は何度もかけて威力と範囲を重複する事が出来るんだ。
トレーニーはカーテンの魔法をかけることを任されるねえ。」
「わかりました。
戦闘になったら忘れないようにします。
姉ちゃんみたいに。」
「ははは、姉さんに厳しいね?
でもまあ、心構えはそんな風にしっかり頼むよ。」
「最後の1つは何ですか?」
「それはね・・・。
生き残る事を諦めないこと。
どんな状態になっても、生きていれば何とかなるからさ。
だから必ず帰ってきてね?」
「はい・・・!」
また会話を思い出して心の中を勇気で満たし、改めて周りを見渡す。
姉ちゃんが犬を押してるから、
戦局はこっちが優勢のようだ。
このまま見守れば勝てそうだな。
一応、カーテンの魔法はかけておこう。
必ずかかれと強く念じて呪文を唱える。
『彼のものから我と汝を覆い守り、
秘め事を包み隠したまえ』
これで半径は80mに広がった。
もっと暴れられるぞ?姉ちゃん。
魔法がちゃんと出てるのか上を見てみる。透明な膜のようなものが空に広がっていくのが見えた。
よかった。魔法の発動はちゃんと成功してるみたいだ。
姉ちゃんもそれを感じ取ったのか、ふっと不敵に笑うと、犬への攻撃を連続で行った。
犬も爪や牙で応戦していたが、やがて、
猛攻に耐え切れず、剣の一振りを捌けずに体勢が大きくぐらついた。
その隙を見逃さずに、姉ちゃんは1歩大きく踏み込んで犬の腹を刺した。
「よっしゃ!」
と姉ちゃんはこちらき向き直りながらガッツポーズをしてきた。
「まだ生きてるよ!」
「わかってるって!大丈夫。
アンタは私が・・・」
姉の続きの言葉は犬の吠え声にかき消された。
「むげっ・・・?!」
姉の驚いた悲鳴と血の匂いを感じる。
・・・血の匂い??
どこか怪我をしたのか!?
「姉ちゃん!」
と駆け寄ろうとする俺に向かって姉は怒鳴る。
「来るな!
大丈夫、傷は浅い方だからっ・・・!」
姉ちゃんは犬に剣を突き立てて牽制した。
「ガウッ!」
と犬が怒鳴り後ずさる。
「くっ・・・!」
と姉ちゃんが噛み殺した悲鳴をあげながらふらつく。
様子を見てみると、左の脇腹を噛まれたみたいで、そこを大事そうに押さえていた。
「クソッ!」
怪我をしたなら、実力が互角とは言え
ここから均衡がもっと崩れたら姉ちゃんは負ける。最悪死ぬ。
なら・・・。
「おい、デカ犬!
俺が相手だ!こっちを向け!」
犬に向かって怒鳴る。
奴の耳が動いてジッとこっちを見つめてきた。
来た・・・!来る・・・!
「くっ・・・!」
俺はライフルを構え、照準を犬の心臓と思われるところに定めた。
犬がジリジリと足を踏み出して近づいてくる。
まだだ。まだ撃つな。引きつけろ。
引き金に指をかけていつでも撃てるように身構える。
犬が徐々に駆け出してくる。
ライフルを構えなおして重心を安定させる。
「バウッ!」
犬が地面を踏み締めて、吠えながら飛びかかってきた。このまま俺を食い殺すつもりだろう。
今だ!
俺は引き金を引いた。
ズドンと勢いよく弾丸が射出される低くて重い音が聞こえ、反動の衝撃が腕を伝って腹にまで響いてきた。
「キャイン、キャイン!」
犬は尻尾と身体を丸めて悲痛な悲鳴をあげている。
当てどころはビンゴのようだ。
頼む。このまま倒れてくれ。
しかし、犬は丸めていた体勢をゆっくりと立て直し始めた。
見ると、胸の辺りが焼けこげて血が滲んでいる。しかし、最期の悪あがきなのか、
俺を睨みつけて牙を剥き出しにして唸っている。
「クソッ!仕留めきれてなかったか!」
ライフルを構えなおして引き金を引く。
引き金の軽い音が響く。
弾切れだ。ここで一気にこのライフルの装弾数は1発であることを思い出す。
「ヤバっ・・・」
一気に死を感じたけど、即座に姉の声が打ち消した。
「いいや、よくやった!」
姉はいつの間にか剣を鞘に収めている。
「このまま倒せる。」
と姉はにこやかに叫んだあと、意識を集中させるためか、目を閉じた。
そして、何かを叫んだ。
『バレット・ギロチン!』
そんな声が聞こえたかと思うと、姉の姿が消えた。
先ほどの前向きな発言から、逃げた訳じゃないだろう。
この一瞬でどこに行った?
姉の姿を探していると、目の前の犬と目が合う。
犬も姉の姿を探していたようだが、
俺の姿を捉えてホッとしたように見えた。
改めて、犬が俺の方に歩みを進めるべく、前足を踏み出した。
その途端、上空から姉が斜めに降りてきて、犬の首を斬り落とした。
ゴトン、と犬の首が重い音を立てて地面に転がる。
ギロチンの如く、文字通り一撃で犬の首を落としたようだ。
頭を失った犬の身体は、横にばたりと倒れて動かなくなった。
切断された首の断面図と吹き出す血を見て、目の前で生き物がやや惨たらしく殺されたという事実が今更ながら痛感する。
「グロっ・・・。
今のは何?」
と姉に聞いてみた。
「必殺技だよ。
たくさん考えて生み出した、私だけの技。」
「魔法に慣れるとそんな事もできる様になるんだな••・。
というか、早く帰ろう。
噛まれたとこを診てもらわないと。」
「うん・・・。
まあ、傷は和らいでるけど。」
と姉は返した。
そう言えば噛まれたところを気にはしているものの、傷を庇ってはいなかった。
「魔法でどうにかしたの?」
「再生魔法っていう魔法があるんだよ。
傷を受けたら瞬時に塞がる魔法がね。
それで少し治した。
後は自戒にする。
ぼさっとしてたから噛まれたしね」
姉はぼやきながらも改めて犬の死体をしばらく見ていた。
すると、表情が急に険しくなった。
「どうしたの?」
「コイツからまだ魔力の流れを感じる!
生き物は死ぬと魔力が流れなくなるのに!」
そう言いながら姉は剣で魔物の腹を裂いた。
すると、中から影が3つ動いているのが見えた。
姉は傷ついているし、気持ち悪いけど
五体満足の俺が確認するしかない。
そう思いつつもなんだかんだ断行する姉と一緒に影に触れて、犬の腹の中からそれを出してみると、
それは3匹の子犬であることがわかった。
「子供だ・・・。」
「さっきこいつから感じた魔力の流れは
この子達だったのね・・・。」
「子犬たちはどうするの?」
「このまま引き取る。
魔物の子供は生け捕りにするルールなの。
それで生態とか研究するんだって。」
「わかった。なら、早く回収して組織に戻ろう。」
「待ってね、魔法でタオルとかごを生み出すから。」
姉が魔法を使ってる間に、俺は子犬たちを一点に留めておいた。
そうして、子犬たちをタオルで包んでカゴに入れて持ち帰って保護することにした。
事件の処理が終わると、川辺さんが
事の詳細を教えてくれた。
姉ちゃんも呼び出されたようで、部屋に入るともう既に川辺さんと談笑していた。
川辺さんが穏やかにニコニコ笑いながら声をかけてきた。
「いやー。よくやったよ。
初陣で死者無しか。
最高だよ!はなまるあげちゃう!」
「ありがとうございます。」
「これで痛感しただろうけど、
これからは美月ちゃんは二日酔いが任務と被らないようにしてね?」
「はい・・・。」
「まあ、とりあえず。
二人とも生きて帰ってこれたし結果オーライかな。
あ、そうだ。今回の任務で君たちが助けた子。その子も入るみたいだよ?」
「マジですか?笹倉さんが・・・?!」
「魔法を覚えて色んな人たちの力に
なりたいんだって。
彼女は中学生の時から医学に触れてたらしいね?だから回復系の魔法の適性があることもさっきわかった。」
「すげぇ・・・」
「じゃあ、笹倉ちゃんはクリスティーヌさんと同じく医療班になるって事ですか?」
と今度は姉ちゃんが川辺さんに質問した。
「そう言う事。
しかも彼女、精神科医を目指してるらしいね。もちろん、彼女はまだ学生だから
サポートはこっちで万全にするとも。
とは言え、これで肉体と精神、どっちもケアできることになるねぇ、この組織は。」
「これから大躍進ですね。」
川辺さんに続いて、姉ちゃんも笑顔になる。
まさか彼女も巻き込まれるとは。
でも、これでもっと関われる機会が増えて悪い気はしない。
たまに非日常を味わえるこれからの日常にこっちも内心、楽しまずにはいられなかった。
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