自然の定義3

 確認を終えて来た道を戻る。半分ほど来た頃には空は夕焼けに包まれ始めた。天海の夕焼けがそのまま下へと映るのだ。

 それに気付いた時、知らないことを知ることが嬉しかった。

 オールを漕ぐ手が少し早くなり、鼻歌まじりになる。いつもならば上司の牛丸が一緒に調子っぱずれの歌を唄い、二人してゲラゲラ笑う所だ。

「夕焼けが好きなのか?」

 微笑む鳶丸に問われて、三号は恥ずかしそうに笑う。

「はい、人間の頃も好きでした。まさかこっちに来て、また見られるなんて思いもしませんでしたけど」

「そうだな。……三号よ」

「はい」

 鳶丸は自分の長袖をぐうっと上げて真っ赤に染まった腕を見せる。

「俺もお前と同じ、鬼のゲームを勝ち残った者だ」

「ああ……赤い」

 この気味の悪い色の腕は鬼のゲームの勝者の証でもある。色が違うのは人間が五色に分かれているからで、殺めた者に影響して腕の色が決まる。

「お前は役に立つと牛丸から聞いている。これから地上へ降りる、お前も来い」

「へ?」

「牛丸には許可は取った。まあ……牛丸は俺の部下だがな」

 ふむと三号は頷き、オールを動かし続ける。牛丸が許可したのならいいんだろう。

「あの……私の仕事は……」

「子鬼がしてくれる。奴らも働き者だ」

 ああ、と仕事場を離れる時に棒を渡した子鬼を思い出す。子鬼は人間の子供のようだが、子供ではない。地獄に住む子鬼という一族で、細かな雑務を請け負ってくれるありがたい存在だ。口数は少ないがとても賢く、甘いものが大好きである。

「では……お土産など買って帰るといいですね」

 三号が笑うと鳶丸は声を上げて笑った。

「そうだな。きっと喜ぶ」

「はい」

「では、このまま天海の端へ向かおう。そこの滝から下へと降りられる」

「わかりました」

 ぐっとオールを漕ぐと、潮の流れに乗ったのか速度が上がった。オールを上げて三号は天海の端を見つめた。そこは滝になっている。下へ向かう流れと、上へ向かう流れがあり、今回は下へ進むことになる。

「下は初めてです」

 三号は上へはお使いで行ったことがあった。

「そうか。鬼のゲームではその場で地上に飛ばされるからな」

 船は潮に乗って下へと降りていく。投げ出されはしないのが神の計らいだろうか。それでも二人は船に捕まって進行方向をじっと見つめている。

 下の流れには魚もおり、あれが地上の海に落ちて、見たことのない魚とされているのだろう。

「あのう……聞いてもいいですか?」

「うん?」

 三号は少し笑顔を作ると頷いた。

「鳶丸様は何をなさりに地上へ行かれるのですか?」

「ああ、それか。近頃神たちの様子がおかしいのだ。やたらと雲を動かしたがる……鬼のゲームはすでに開始されている。しかし参加した者の補助として神の力は必要だと考えられている。雨がなければ執行者は地上にいられないからな」

「そうですね、水は死者を定着させますから」

「よく分かっているな。でもそれにしては多すぎる。俺達、そして神すら知らない何かが関わっているのかもと言う話になっているらしい」

「……そうなのですか。鬼神様たちは神様とお話はされているんでしょうか?」

「ああ、それは間違いない。けれど……神達の話合いにはそれに該当するようなことは出なかったのだと。互いにルールを持ってやる、それが定義なのだと」

「わかりました。私もお力になれるよう努力します」

 鳶丸は笑うと赤い手を伸ばして、三号の頭をワシワシと撫でた。

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