外法1

 ミズナギとレイモンドは傘を差して歩いている。時折会話を交わすも、それは雷に遮られて、次第に口数は少なくなっていた。

 住宅地を抜けて街路樹の並ぶ道を進む。手前に電車の降下が見えて入り込むと傘を閉じた。辺り一面、雨は地面に跳ね返り霧のように煙り、その上にどす黒い気配が立ち込めている。

「酷いですね……」

「ああ」

「今朝のニュースではこの先で死体が発見されたとありました」

「同時に二人だったか?」

「はい」

「濃いな……」

 ミズナギは目を細めて遠くを見やる。それをレイモンドも追うように見た。

 確かに濃い。今までの執行者たちはそれほどではなかった、そう言えてしまうほどにどんよりと空気が重い。レイモンドは袖のボタンを外すと少しだけ捲り上げた。

「万全だな」

 向こうから人の歩く音がして二人は目を向けた。黒い影はゆっくりと近づいている。パーカーのフードを被り、何かを引き摺ってこちらへと向かって来る。

 二人はそれを静かに見つめながら、パーカーのそれが引き摺るものを見た。

 女だ。血まみれの女が足を持たれて引き摺られている。もう長いことそうされているのか両手が上がり、されるがままだった。

 数十メートル先でパーカーは立ち止まる。雨に煙る中、ゆっくりと顔を上げると二人を捉えた。男の顔だ……かろうじて。執行者は殺める人数が多くなると、容姿が崩壊していく。

 男はフードを脱ぐと、両手を広げて頭を下げた。やはり執行者はいつもおかしな行動をする、とレイモンドは思う。けれどそれ以上に、気味の悪い気配が腕を粟立たせている。

 なんだ……これは。そう思ったのはレイモンドだけではない、ミズナギも男の様子を伺いながら一歩下がった。

 その時、男の足元にいた女が小さくうめいて体を動かす。

「生きている……」

 小さく呟いたレイモンドをよそに、ミズナギが動いた。神速と言われるもので一瞬で男の傍に近づき、男が気付くより早くミズナギの右足が高く舞い上がり円を描く。男の頭頂部に踵が強打すると、体がくの字に折れる。ミズナギは振り下ろした足を地につけて、そのまま回転し男を強く蹴り飛ばした。

 その隙にレイモンドが女を抱えて降下に入る。女は酷くやられたらしく、顔の原型はとどめていなかった、腫れ上がった唇から小さな懇願が漏れている。

「大丈夫です。落ち着いて」

 レイモンドの声に安心したのか女は気を失った。

 一方、吹き飛ばされて膝をついていた執行者はゆらりと立ち上がる。

「……」

 ミズナギの髪からぽたりと水滴が落ちると同時に、執行者が走り出す。両腕が伸び地面につくと高く飛び上がった。視線を上げたミズナギの手にはすでに銃が握られている。両手で構えると男の軌道に合わせて弾き金を引いた。

 パンという音と共に男の額に穴が開く。が、くるっと回転してミズナギの頭上を通り越していく。

「やはり……」

 まるで曲芸のような動きで男は降り立った。ミズナギに振り向くと額を指差す。

「腕がいい」低い声でそう言い、口元をもごもご動かすと何かを吐き出した。地面には銀の弾が転がり、少しして空気に溶ける。

「楽しいなあ……」

 男が言葉だけを残して、その場から消えるとミズナギの後ろに立ち、首を掴んだ。赤黒い手が白い肌を撫で回し、シャツの襟元を引きちぎる。ミズナギは片手に銃を持ったまま、男の様子をじっと伺っている。銃は追尾弾が込められている、その名の通り必ず命中するのだ。だから地面にそれを放ったとしても、執行者には当たる。しかし何か様子のおかしい男に二度は無い。

 男の手がミズナギの体をまさぐり膝をつかせた。両手が美しい顔を覆い、赤黒い指がミズナギの口に挿入されると、男の顔が嬉しそうに歪んだ。

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