自然の定義2

「どうじゃろうな。我を知る者は多いが、しかし何処にいるのかを知る者はおらんかった。お前は偶然我を見つけたのであろ?」

「はい」

「ならば、色々な偶然が重なっているやも知れん。ナツキの魂といい、我がこの体になっているのも……必然かも知れん。今、水を走らせておる。少し情報が入っておるがまだ解らぬことばかりじゃ。焦っても仕方がないから休息をと思うてな」

 ミズナギは両手を広げると拳を握り、もう一度開いた。

「ナツキのおかげで全快しておる。しかし、この手はもう使えん……」

「……はい」

「お前も気付いておろ?ナツキは本来死んでいた。レイ、お前が会ったあの日に、我がいなければ死んでいた」

 黙り込んだレイモンドを見て、ミズナギは彼の胸に触れた。

「元々死に近い娘ではあった。だから我はナツキに入れたのだ。神の世界は生とは遠く死に近い。お前との契りがうまく行くのも、ナツキが丁度良い存在であるからだ」

「……理解しております」

 ぽつりと呟くレイモンドの服を掴んでミズナギはまっすぐに彼を見た。

「良いか?我が危険であっても、それだけはするな」

 レイモンドが唇を噛んで目を逸らす。返答はないが表情がそれだけは受け入れられないと語っていた。




 天海は珍しく凪いでいる。釣り船を浮かべてオールを持っていた三号は目の前に座る鳶丸を見た。ゆったりと座り、凪いでいる海を優しげな目で眺めている。

 鳶丸は背の高い鬼だ。船に足を折って座っているが余っているのがわかる。

 烏の濡れ羽のような長い髪にその下には整った顔がある。骨格に沿って皮が乗っている程度で痩せ細ってはいるが、三号は初めて会った時に綺麗だと思った。

「ん?」

 鳶丸は視線に気付くと首を傾げた。

「ああ……すいません。ちと緊張してしまって」

 三号はオールを動かすと船を進める。カコンカコンとオールを嵌めた鉄輪が音を立てた。

「……すまなかったな。案内をさせて」

「いいええ」

 今朝になって鳶丸が三号の元にやってきた。三号の仕事の代替の子鬼もいたのでこうして船を漕いでいる。たまには違う仕事をするのも楽しい。

 ふふと笑うと鳶丸は口の端を持ち上げた。上司の牛丸からは鳶丸は相当恐ろしい鬼だと聞いていたが、一緒に過ごすのは数時間程度だが、厳しさはあれど優しく感じられていた。

 天海は地獄と神の国を繋いでいる場所だ。そしてこの下が生者のいる地上になる。天海は地上の海と変わらず、天海の中には神魚もいるし、それを食べることもできる。ちなみに神魚はパサパサした食感で、刺身が一番美味い。

「三号?」

 考え事をしながらオールを漕いでいた三号はハッと顔を上げた。

「は!はい!」

 その声が面白かったのか鳶丸は口元に手を当てて笑った。

「それで、牛丸が玉を落としたのはどの辺りになる?」

「ああ、はい。聞く所によると、もう少し先ですね。あの小さな岩のあるところです。あそこは魚が釣りやすくて牛丸様のお気に入りです」

 指差した先に小さな岩がぽつりとある。

「……けど、天海に落としてしまうと地上に落ちてしまいますから……場所はあんまし関係ないんじゃないですかね?」

「確かにな。今しているのは検分だ」

「検分ですか?」

「ああ、牛丸は玉を落とした事を隠していたからな」

 三号は小さく唸ると笑って見せた。確かに牛丸は隠していたし、三号たちにも秘密にしていたのだ。もしかすると減給だろうか……。

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